目的が決まれば、神威はが相談事を請け負うのを相変わらず気に入らないと思ってはいたが、勝手を許すようになった。そのかわりにそれに同席し、いらない茶々入れをする。
「そっかー、彼女にフられたのか、そりゃかわいそかわいそ。」
相談者である若い夜兎の龍山に、神威は軽い調子で適当に言う。はそんな彼に呆れたような視線を向けた。
と神威の部屋の前にはパイプ椅子が三つ、机がひとつ。と神威が隣り合って座り、机を挟んで相談者が座っている。神威の膝の上にはの息子・東がいて、机の上に泣きながら突っ伏している龍山の頭をぽんぽんと叩いた。
「わいそわいそ。」
まだ1歳で分からない東は、神威の言葉をまねして何度も頷いて見せた。
「まだふられてないっすよ。逃げられたんです。この間元老の終月様の所に行った時にそこにいた女性だったんだけど、地球人で、美人だったのに…」
「なんで逃げられたの?彼氏がいたとか?」
は根本的には興味がないので、気のない様子で龍山に尋ねる。
夜兎あるため腕っ節も強く、年齢は神威やより少し年下くらい。顔も悪くないし、どうせ元老の部下とかいっても宇宙海賊なのだからろくでなしの集まりだ。集まる女も逸物を抱えているか、ろくでなしばかりで、ドングリの背比べ。
龍山は条件としては悪くなかったはずだ。何故断られたのだろうか、とが首を傾げていると、ため息をついた。
「どうも、春雨の人じゃなかったらしくて、」
龍山は項垂れて、を見る。
「春雨じゃない?一般人だったの?そりゃだめじゃない。」
神威はあっさりと龍山に言う。
普通の人間なら最初に宇宙海賊・春雨の団員だなんて分かってしまえば、引くだろう。神威もと出会った当初はただの傭兵だった。とはいえ春雨への入団を薦めたのは、自身だが。
「ふぅん。なんで一般人がそんなとこに、」
「そんなこたぁどうでも良いんだよ!どうやったら落とせるかなぁって、」
おそらく龍山がにわざわざ恋愛相談なんかに来たのは、が惚れた女と同じ地球人だと聞いたからだ。ただし、の色恋沙汰に関する助言は多分どこの星の人だったとしても一緒だ。
「まず相手がどういうことをしたい人なのか、リサーチから始めないと。」
は冷静に言う。
相手の好みを知ることが恋愛においては一番大切だ。自分は貴方に気があるんだよ、と言う雰囲気を見せながら、相手にあわせていく。それが普通の恋愛だろう。と、かくいうも生憎、一度もそんな恋愛をしたことはないが。
まさに小説で読んだ程度の机上の空論だ。
「驚かれただけかも知れないから、ゆっくり話をする機会をとった方が良いよ。」
「…わかったよ。」
頷いてとぼとぼと帰って行く自信なさげな姿は、正直最強の戦闘部族の夜兎とは思えない。
「面白いねぇ。馬鹿じゃないの。」
神威は心底くだらないとでも言うように、東に手を振らせて彼の後ろ姿を見送った。
「否定はしないけどね。」
も思わず苦笑して、手元にあった端末をぽちぽちと叩いた。
神威が、第七師団団長・幽玄とやり合いたいと言い出したのは先週のことだ。神威はが相談を受けてへらへら笑っているのが嫌だと言っていたが、は情報収集のために相談を受けている。それはこれからの布石としても重要だ。
その旨を説明すると、神威は百歩譲って、自分も見ている場所なら良いと言い出した。話し合いの結果、神威の部屋の前に椅子と机を置き、堂々と相談所を作って、代わりに神威はの隣でそれを見ていることになった。
「もよくやるよ。第一今の話には欠片の価値もないだろ。」
「そうでもないよ。元老の終月様は前にわたし、坂本のところでちらっと見た気がするんだよね。春雨の元老のところで地球人を見るなんて、なかなか面白い情報だったよ。」
「そんなことないよ。噂では終月は夜兎と地球人のハーフらしいよ。」
神威は気のない様子でに言う。
元老の一人である終月は30代くらいのまだ元老としては若い男で、腕っ節だけで春雨の元老にまで上り詰めた猛将だ。人望も結構ある情にも厚い人物だとの噂で、そういう噂を持つのは社会の屑揃いの宇宙海賊・春雨の中では珍しい。
「混血?」
「らしいよ。怪力とかはもちろん夜兎に劣るらしいけど、太陽の光も平気らしい。頭もそこそこ良いって話だ。俺の師匠だった鳳仙も一目置いてた。」
「世の中には強い人がたくさんいるんだね。」
は神威にとっては楽しくてたまらないことだろうなと思いながら、それ自体に興味はないので席を立つ。
どうやら今日の相談者はこれで終わりだったらしい。
机と椅子を片付けようとが椅子を持ち上げると、ふと大きな影が出来ているのに気づいては顔を上げた。
「あ、阿伏兎。」
そこにいたのはばつが悪そうな顔をしている阿伏兎だった。何をしに来たのだろうかと首を傾げ、ふと視線を下げては思わず声を上げていた。
「どうしたの?ってきゃぁあああああああああ!!」
「うるさいよ、。」
神威は既に気づいていたのか、が手に持っていたパイプ椅子と机を部屋に放り込む。
「ちょ、ちょっと東の目をふさいで!」
「もうやってるよ。そんな18禁なトラウマ1歳児に作るのは流石に俺も許せないからね。」
「阿伏兎、早く入って!廊下掃除しないと!」
「って本当にきれい好きだね、」
最初に廊下の掃除か、と少し呆れながら、神威は東を抱きしめて揺らした。
「ちょっと酷くね?俺ここまで来るのに結構必死だったってのに…。」
「何やったんだよ。阿伏兎。」
「いやぁ、ちょっと大砲よけそこなった…」
阿伏兎は簡単に言ってみせるが、ちょっとなんて様子ではない。
ぽたぽたと血が水たまりを作っているし、どうやら左半身が随分とつぶれているらしい。生憎第七師団には医者すらも常駐していないので、医者の免許を持っているとの噂のの元にわざわざやってきたのだろう。
「手当てして上げるから。神威も東を部屋に戻してくれる?」
「わかってるよ。」
医師として処置を施すにしても、女のでは阿伏兎のように大きな体を動かすことは出来ない。東を子ども部屋に置いてこないことには何も出来ないし、血まみれの男の姿など、幼児に見せたい物では無い。
「すまねぇな。」
阿伏兎はふらふらしていたが、やはり限界だったのだろう、床に倒れ込んだ。
東を子供部屋において戻ってきた神威は、いささか乱暴にソファーの上に阿伏兎の体を放り出すと、彼のマントをはぎ取る。外から見ても重傷だとよく分かったが、マントすらも巻き込んでしまっているその傷は、直接見れば骨などもずれており、相当酷い状態だった。
「ねえ、。これ助かるの?」
「大丈夫じゃないかな。神威もっと酷かったし。」
は小さく息を吐いて、棚に入っている医薬品と注射器を出してくる。点滴は必要なので、注射針を阿伏兎の腕を確認して刺す。健康的な夜兎なので、血管も太くて針も入りやすかった。
「本当に、なんで戦闘部隊に医務室がないのかな。」
「あぁ?…仕方ねぇさ。お花畑が見える。」
阿伏兎はやはり出血からの貧血で痛覚が鈍くなっているのか、首を傾げる。
「麻酔だよ。これは手術しないと無理だ。骨戻さないとだし、肺に刺さってる可能性もあるんだから。」
生憎ここはと神威の私室で、が医者としての資格を持っておりある程度の医療的な備えがあると言っても、レントゲンなどの機器はないので、ある程度しか分からない。ただ、少なくともが見る限り肺に肋骨が刺さっているのは間違いなさそうだった。
団員たちがの所に相談に来る原因の半分は、が医師免許を所持しているからだ。
怪我や体調不良、風邪などありとあらゆる医療的な問題は戦闘部隊であったとしても当然のように存在するのに、予算をけちっているため、第七師団に医療部隊や医務室はなく、医師の一人すらも配備されていないのだ。
のことを団員たちが頼りにするにはそういう裏もある。
「どう?」
「生きてるけど微妙。」
神威には小さく答え、棚からメスを取り出してくる。
「微妙ってなんなの。必要なものある?」
「そこの上の段から黄色い色の点滴とって。輸血なんて出来ないから。」
「了解。」
さすがのも輸血用の血液まで常備しているわけではない。変わりの点滴を神威は上の棚から取り出して、に渡す。
は慣れた様子で他の点滴の管の真ん中を取り、切り替えて新たな点滴を管に通していく。ぽたぽたと落ちる点滴は、間違いなく阿伏兎の命を助けていくのだろう。
神威はそれをぼんやりと見つめながら、小さく息を吐いた。
カウントダウン