が謁見を求めたのは、というか会いたかったのは、元老の一人である終月だった。

 地球人と夜兎のハーフだというその男は、鮮やかな銀色の髪と鋭い青色の澄んだ瞳の華奢な体躯で、不思議そうにを見ていた。



「お願いがあるんですよ。人払いをしてくれませんか。」



 が両手をそろえてにっこりと笑う。




「これはこれは、鳳仙の弟子・神威の飼い猫か。しかも子連れで。一体どこから。」



 終月は突然の侵入者に少し驚いたようだったが、嘲るように口角をつり上げた。

 地球の民族衣装である袴姿の彼女は背中に子どもらしきものを負って、武器として二本の刀を腰にさすというあまりに不釣り合いな格好でそこにいた。袴の裾が浅黒い血で濡れている事から、かなり殺してきたのだろう。



「失礼ですね。正面からですよ。」



 は少しむっとした顔をして、彼の質問に後ろを振り返る。そこにいるのは倒れ伏した警備兵たちだった。ぴくりともせず動かない警備兵に不安になり、は鞘でちょんちょんとつつく。幸い息はしているようだった。

 は胸をなで下ろし、ふっと息を吐く。




「忠告はしましたよ。なのに通してくれないから、正当防衛という奴ですよね。」

「それを世では過剰防衛と言うだろうけどね。」




 終月は随分と華奢で、弱そうな侵入者を見て、ため息をつく。ただ実質的に全く弱くない、むしろ相応の実力者であることが、警備兵に対する対処でよくわかる。



「貴様っ、無礼な!」




 終月の隣にいた腹心の部下が叫び、を睨み付ける。



「ただお話をしたいだけで、あまり手荒なまねはしたくないんですけど。」

「既にここにくるまでの行動が手荒なんだけど。」

「そうですか?わたしとしては殺しはしてないし、穏やかなつもりなんですけど。もしかしたらそこの人とは手荒なやりあいになるかも?」



 は彼の部下を見て、左手で刀の鐔を親指で押し上げる。



「黙れ!!」



 体の大きな終月の部下は、女のに馬鹿にされたと思ったのだろう、巨大な剣を持ってに襲いかかる。は男の気合いにも薄い笑みを浮かべたまま一歩もその場から動かなかったが、腰をかがめて刀の柄に左手を置いた。

 その仕草はまったく無駄がなく、かなりの玄人の者で、しかも目に一片の曇りもなく、人を切ることに躊躇いがない。場数は踏んできている。



「やめろ。」



 終月は自分の部下を止めて、ため息をついた。

 人払いの必要はない。今この場にいるのは終月の腹心の部下と、そしてと終月、要するに当事者だけだ。気絶している警備兵にはどちらにしてもそれほどの価値はない。これほど大胆なことをすれば、本来ただではすまないのだから、彼女には度胸も強さも、そして確信があるのだろう。当然、覚悟もある。

 そして終月も宇宙海賊春雨の元老として、潔白だとは言いがたかった。



「何が望みなの?」

「取引をしたくて。」



 は先ほどのやりとりなどなかったかのように穏やかに微笑む。



「神威を第七師団の団長にすることを、認めてもらえませんか。」



 あっさりとした要求だった。



「そのかわり、貴方が裏でやっている秘密取引については他の元老に漏らしたりしません。」

「…」




 終月は一瞬黙り込んで、彼女の目立つ白銀の癖毛を見て、ふと顔を上げる。



「おまえ、そういえば坂本の船で見たかもしれないね。」



 この銀髪天然パーマの女を終月は、取引をしている坂本の船で見た気がする。何故乗っていたのかは知らないが、計画的な終月にしては、ずさんだったかも知れない。おそらく取引内容もある程度把握しているだろう。

 元老は元老同士で覇権争いがある。

 終月はそれを有利に進めるため、他の元老との話あいなしに直接正規の総合商社を通じて取引をしていた。奪う事を旨とする海賊の中で、利益を重視した彼のやり方は、甘すぎる。だからこそ、元老同士の争いでそれがまったくプラスに働かないことを知っていた。

 とはいえ、終月とて伊達にここまで混血で上り詰めていない。夜兎の中では、というか屑ばかりの春雨の中では終月は頭の良いほうで、人を殺すことにもためらいはない。



「今僕が、ここでおまえを殺すって言う可能性は、考えてないの?小娘。」



 終月は答えの代わりに薄ら笑いを浮かべてをまっすぐ見据える。



「混血とは言え、夜兎だよ。」




 終月にとっては10も年下のただの小娘に過ぎない。ましてや脆弱な地球人だ。

 先ほどの剣術を見ればこの少女が存外強いことはよく分かる。ここまで来るくらいだ、さぞかし勇敢なのだろう。だが、歴戦の武者である終月とその部下一人を相手にして、勝てるとは思っているなら、彼女は浅はかすぎる。



「…情報がどういう形で存在しているのか分からない状態で、賢い貴方がそんなことをなさるとは思いませんが。」

「ならなおさら、おまえら第七師団を潰しておいた方がためになると思わない?」

「それで情報を隠蔽できると思いますか?」



 は冷静さを失わぬ口調で、静かに言う。



「わたしたちは、別に貴方の立場を危うくしたいんじゃない。むしろ私も地球人ですから、守りたいくらいですよ。だから、わたしの目的は神威を団長にする。それだけです。」



 師団の団長になるためには、団員の同意と元老ひとりの賛成が必要だ。

 団員の同意は簡単にとれるとしても、元老の後援を受けることは決して簡単ではない。そのために各師団の団長は元老に莫大な金を払い、買収するのだ。



「それをどうやって信じろと。」



 終月は肩を竦めて、ため息をついた。

 仮にの言うことを聞いたとしても、情報が漏洩されないという補償はない。それでは全くイーブンではない取引だ。恐喝のようなことに屈するくらいなら、終月としてもここでを殺してしまい、元老同士の争いに身を投じた方がまだ堅実である。

 また、神威を第七師団の団長にしてくれと言っている限り、第七師団は今危機的状態なのだろう。ならこの勢いのまま第七師団を取りつぶしてしまうことだって、非常に手間はかかるが、元老である終月には出来ないことではない。



「わたしは、坂本とは旧友なので、彼の利益を損なう気はないんです。だから、情報の話は別で取引をしませんか。」




 は取り直すように終月に言う。今までの話は、本題の前置きでしかないのだろう。




「貴方が欲しい物をわたしがひとつとってきましょう。その代わり、神威を第七師団の団長にすることを認めてください。」

「…へぇ、大見得を切ったね。」



 終月はにやりと笑う。

 要するに彼女は情報の件は話のネタ程度にしか考えておらず、新たな取引を終月に持ちかけているのだ。正当な、ギブアンドテイクの取引を。

 しかしそれは決して簡単ではないはずだ。終月が望むものは、簡単ではないからこそ、終月自身では果たすことが出来ないのだ。



「ならまず、元老・黄白の首。」




 終月は小さく笑って、腰に手を当てた。

 元老・黄白は第七師団の今の団長・幽玄を押した人物であり、元老の中では終月の宿敵だった。今一番誰が疎ましいかと聞かれれば、間違いなく黄白だ。しかし元老だけあって、簡単に彼の首を取ることはできない。

 ましてや同じく元老である終月が彼を暗殺すれば、大事になる。




「約束、してくださいます?」



 はのんびりと、終月の真意を窺うように尋ねる。黄白を知らないのか、それとも簡単だと思っているのか、彼女の声は驚きを全く含んでおらず、平坦そのものだ。



「僕はこれでも取引にはシビアな方だよ。」



 宇宙海賊という組織だけ合って、春雨の元老は屑揃いだ。とはいえ部下たちも屑揃いなのだから仕方がない。社会の屑の吹きだまり。賄賂や謀反、反逆は日常茶飯事で、ばれないとは思えないほど馬鹿で、稚拙な裏切りが吹き荒れている。

 しかし、そんな組織だからこそ、汚い手も使いながら、終月は自分の心に決めたルールを忘れたことはなく、比較的ルールや取引にはシビアな方だった。



「なら、交渉成立ですね。」



 は嬉しそうに笑って背中に負ぶっていたものを、終月の前に放り出す。

 丸いそれは子供などではなく、尖った耳に青い肌の天人の頭だった。ころころと床を転がり、その姿を終月の前にさらす。既に事切れて長いのか、切断面から血が滴ることすらもない。白い目には既に生気はなかった。



「…おまえ、」



 子どもかと思いきや、全く違ったらしい。長年の宿敵の首を、終月は呆然と見下ろす。

 どうやら最初の会話を始める前から、彼女は終月が望むものを承知していたのだ。承知した上で取引を持ちかけてきた。彼女が黄白の名前を聞いても全く驚かないわけだ。



「これで神威は第七師団の団長ですね。」

「…あははははは、どうやって殺したんだい?そいつは警戒心の塊みたいな男だって言うのに。」



 終月は笑うしかなかった。どうやら自分も彼女の用意した舞台の上で気づかないうちに踊っていたらしい。



「第七師団団長、幽玄と結託してましたから。」

「それでも警備をびっしりつけていただろ?」

「あぁ、それはわたしが皆殺しにしました。」



 は刀の束に手を当てて、にっこりと笑う。

 彼女は終月の警備兵を一人残らずいのなしたが、殺してはいない。しかし、彼女の袴の裾は浅黒い血で汚れていた。要するに彼女は黄白とその部下はなんの遠慮もなく殺したが、終月の怒りを買わないために、彼の部下は殺さなかった。

 賢いほどに、賢すぎる女だ。そして自分のルールはきちんと守っている。




「おまえは、侍か。」



 かつて、何度か見た存在を思い出して、終月はに問いかける。

 終月はその言葉の意味をよくは知らないが、自分の信念をまっすぐ貫く彼女は、実に清々しく、気持ちが良い。母親が地球人だったというそれだけだが、終月は坂本をはじめ何人かの地球人と交流がある。その中で、何人かの侍を名乗る地球人に会った。

 彼らは別に共通点があるわけではないが、なにか自分のルールを心の中で持っている。屑揃いの宇宙海賊なんて組織にいるせいか、憧れが無意識にあるかも知れない。そういう人間を、終月は好んでいる。



「そういえば貴方は地球人とのハーフでしたね。」



 は刀に手をかけたまま、軽く小首を傾げて見せる。その姿は普通の女そのもので、首が転がるこの場にはあまりに不釣り合いだ。



「母方の祖父が侍という奴だったらしいから、話は聞いてた。でもまぁ、俺の父親に殺されて終わりだったけど。」



 終月が覚えている本当の侍の姿など、ほとんどない。

 ただ父に無理矢理犯され、自分を孕んだ母が、思い出話というよりは英雄のように唱えていた存在が“侍”だった。そして何となく、の姿を見た時、ふとそう思ったのだ。



「まぁどっちでも良い。」



 終月は適当に話を切り上げて、目の前の10ほども若い少女と女の狭間と言って良い年頃の女に笑う。



「僕は約束は守るたちだ。第七師団で踊る君を上から傍観することにするよ。」




 彼女が神威を第七師団の団長にと望むなら、それはそれで良いと終月は思う。

 正直なところ、自分が承認すれば、その師団は承認を出した元老の意向に従うことが多い。終月としては第七師団が元老である自分の支配下に入ってくれれば楽だし、ありがたい話だ。第七師団は多くの手練れを抱えている。それを掌握できるのならば、こちらにとって悪い話ではない。




「ありがとうございます。」




 は深々と頭を下げる。その仕草はやはり落ち着いていた。




「書類ごとが必要ならおまえがおいで。今度はちゃんとその刀がなくても前から通してあげるよ。」



 終月は腰に手を当てて、たまには他人の手で踊るのも悪くないかと思った。

 勝手に踊らされた怒りはどこにもない。ここまで自分の知らないところから手を回され、踊らされればいっそ清々しいというものだ。それよりも終月は目の前にいるこの女の行く末が一体どこなのか、そして彼女がかけた神威という男がどんな男なのか、そちらの方が気になって、仕方がなかった。










理性を携えここに立つ