「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか」
が吟じたその歌に、神威は首を傾げる。
独特の韻律のあるその歌は、どこで聞いたものとも違うし、日頃が歌っている歌とも全く違うものだ。高い声音が紡ぐそれはどこか古めかしくて、もの悲しい。
「何それ。」
「敦盛の舞っていう、辞世の詩だよ。」
「辞世?」
「死ぬときの歌。」
は簡単にわざわざ言い換えて、神威に笑う。
「とある有名な地球の侍が好んだ演目でね、舞だよ。」
「ふぅん。舞えるの?」
「舞えるよ?」
存外彼女は芸事にも明るい。一度第七師団の宴会の時にも、三味線という地球の楽器を使って演奏したことがある。
「どういう意味なの?よく分からないけど。」
神威はぱっと聞いたが、独特の韻律に耳を奪われて内容がよく分からなかった。
「人の世って言うのは50年。下天では一昼夜が50年って言われるから、それに比べたら全部夢のようなものだ。一度生を受けて、死なないものがあるべきか、って意味だよ。」
はできる限りわかりやすく神威に説明する。
今の平均寿命は大分高くなったが、当時は50年でもかなり長生きをしたと言える。ましてや波乱の時代であれば50歳まで生きたり、天寿を全うできる人間の方が少なかっただろう。
「ふぅん、その侍も死ぬ前に歌ったって事?」
「うぅん。彼はそれを歌ってから敗北必至の戦いに行って、帰ってきたんだよ。」
「なに?逃げたの?」
「違うよ。勝ったの。」
圧倒的な戦力差を覆してあっさりと彼は勝利を収めたのだ。人間死ぬ気になればなんでも出来ると言うことなのかも知れない。
「だからこの舞は有名なんだよ。」
は小さく笑って、言う。
「人間五十年なら、俺もおまえも半分もいってないね。」
「その通りだね。」
人間五十年というなら、まだ20そこそこの神威とには全く分からない話だ。しかし、いつか自分たちが死ぬと言うことだけは分かっている。人の命を簡単に奪う職業だからこそ、終わりはよく見知ったものだ。
神威はの細い手にそっと自分のそれを重ねる。その自分より小さな手は確かな温もりとともに存在していた。
敦盛