少しだけの息子の東が反抗的になったのは、どうしてだか分からないが、いろいろなことが分かり始めたからだろうと思う。




「いーや。ねーない。」




 漆黒の瞳を瞬いて、ばんばんと東は小さな手で机を叩く。




「え−。」




 は困ったように首を傾げる。

 もう既に時間は10時。子どもは寝る時間だ。今日も何故か云業に遊んで貰ってご機嫌で帰ってきたのだから、疲れていないはずはない。と思ったが、寝たくないと叫ぶ。

 これが噂の魔の嫌々期という奴なのか、最近東はなんでも嫌と言い、泣きわめく。

 第七師団で仕事をしており、ばたばたしているはどうしても手早くいろいろなことを澄ませてしまいたいため、正直東の嫌々期に途方に暮れているというのが実状だ



「…もう10時だから寝よう。」

「いーやーーーーー!!」

「…」




 言葉が既に通じない。最近言葉が分かっているはずなのに嫌がる息子に苛立ちすら感じる。がぐっと黙り込んでテーブルに肘をついていると、隣にいた神威がびっと人差し指での方を指す。




、眉間に皺。」




 にっこりと笑われて、思わずますます眉を寄せる。




「あれれ、深くなったよ。」




 神威はなんてことはないとでも言うように笑って、見せた。



「うるさいな。それでなくとも苛々してるんだから。」




 は言って、東が残した食事を片付ける。



「それ、俺が食べるよ。」




 神威はあっさりと言って、口におにぎりを放り込む。東の一食分など神威にとってはおやつにもならない。一口で平らげて、神威は東を抱えて席を立ち、リビングにあるテレビの方へと向かう。

 最近東は何かと我が儘を言って泣き叫ぶようになっており、食事もしなかい癖に、あとで泣き叫んでお腹がすいたという。はそれをいちいち真に受けて苛々するのだが、神威はそうでもないらしい。




「寝ないの?」

「ない!」

「そ。じゃあ俺とテレビでも見ようか。」 




 前までは寝る時間に厳しかったというのに、最近神威は東を無理矢理寝かしつけようとはしない。この間まだ遊びたいとごねたときも、東の体力が尽きるまで相手をしてやっていた。

 子どもなので体力が尽きれば眠る。




「神威って、案外大らかだよね。」




 は思わずそう呟く。が東に苛々するのに対して、神威はそうでもないらしく、ただ遊ぶ時間を延ばすことですべてを対処していた。



「ベビーシッター雇おうかな。」




 がぽつりと言うと、神威がくるりと振り返る。




「なんで?俺が面倒見てるんだから良いだろ?」

「苛々しない?」

「苛々してるのはだよ。」




 彼はあっさりとの心境を見透かしているのか、呆れたような口調で言った。神威は戦闘狂で考え方こそシンプルだが、短気ではない。むしろの方が短気なくらいだ。

 細かいことは気にならないらしく、子どもの相手をしていても、東がごねても全く苛々しないようだ。なのには自分の息子だというのに、東の行動に苛々する。

 昼間はも第七師団で書類仕事をしている。神威は書類仕事を全くせず、任務が入らない限り時間が空いていることもあって、最近では日中もの仕事中も基本的に神威が東の面倒を見ることが多くなっていた。



「難しいね。」



 は少し目じりを下げて息を吐く。

 神威のように大らかに東を見ていられれば良いのにと思うけれど、なかなかそうなれない。本当の母親なのに、子どものことを愛しているはずなのに苛々する。それが母親失格のような気がして仕方がないのだ。



「いいじゃない。おまえが苛々してて、俺は苛々しない。ちょうど良いバランスで問題無いよ。」




 神威はが苛々していることも別に気にしていないらしい。

 はテーブルの椅子から立ち上がり、東と一緒にテレビを見ている神威に後ろから抱きついて手を回す。




「どうしたの。」



 きっと彼はの劣等感も心も見透かしているだろう。なのに、素知らぬ顔で聞いてくる神威が少し憎らしい。でも、頼りになる。



「仕方ないな。」 



 神威はを宥めるように、優しくの頭をくしゃくしゃと撫でた。
嫌々苛々飄々