「おまえ、それ飲むのやめなよ。」
神威がの手からぱっとピルケースを取り上げる。
「別にやばい薬じゃないよ?」
「知ってるよ。」
変な言い訳をしてくるに呆れる。
宇宙海賊だけあってそう言ったものの売買もしており、神威にはよく分からないが、手軽に手に入る。中にはそれにはまって身持ちを崩す団員も多い。だが、別にそんなくだらないことを神威が心配しているのではない。
「それピルだろ。やめなよ。体に良くない。」
神威はそう言ってピルケースをゴミ箱に放り投げる。それは神威の絶妙な力加減で綺麗にゴミ箱の中に入っていった。
は体の丈夫な方だが、やはりピルを飲んでいると体調が狂うのか、頭痛を訴えることが多い。神威と同衾していなかった頃は何もなかったのに、小さな不調が多くなっていた。
「俺はおまえが20歳半ばになってからしか子どもは作らないつもりだから、ちゃんと避妊はしてるよ。」
今日は阿伏兎の所に泊まりに行っているが、には息子が一人いる。前の男との間の子どもで、神威が出会ったときには既にいたし、神威も可愛がっているから別にそれは良い。
ただが子どもを産んだのはおそらく10代半ばだ。
女性の体が成熟するのは20代半ばだと言われているからあまりにも早い。の体に負担をかけて弱くなって貰っても困るので、自分も若いし、が20代半ばになってから子どもを作れば良いと思っているから、一応ちゃんと避妊はしていた。
「うん、わかってるけど、妊娠、怖いし。」
は目じりを下げて不安そうに神威を見上げる。
「何そんなに怯えてるの。二人目だろ?」
仮に妊娠したとしても、にとっては二人目だ。
子どもが神威に殺される可能性もあるが、生憎神威は強くなる子どもを強くないうちに殺す趣味はない。一体何にそんなに怯えているのかわからず首を傾げていると、は「…やっぱり良い」と口を噤んだ。
「言いたくないならそれはそれで良いけど、ピルは駄目だよ。」
「でも、」
「俺にはそこまでする必要性が分からないから協力出来ないね。今日は飲んでないんだっけ?」
神威はわざとらしくの顔に自分の顔を近づけ、間近で笑って見せる。
殺気を向けられようがなんだろうが基本的に怖がらないの怯える顔は見ていて気分が良い。こういう顔をするのは、セックスの最中にイく時と、ホラー映画を見ているときだけだ。それを考えれば、は随分と図太い神経をしている。
「生でやるのもたまに良いかもね。」
後一押しかなと神威が言うと、はぎゅっと自分の膝の上にある拳を握りしめた。
「…ひとりで産んで、怖かったし、死にたかったから、やだ。」
おずおずと口から出てきた言葉に、神威はの体を抱きしめる。
は辛かったことも平気そうに話してみせるけれど、全部が全部平気なわけではない。暗い表情はあまりしないし、悲しさを見せず強がってみせるが、決して本質的に強いわけではない。強がりは自分の弱さを隠すためのものだ。
まだ10代半ばだったは、息子のへその緒まで自分で切ったと言っていた。
産婆もなく妊娠も初めてで、医者としての知識があったとしても、ひとりぼっちで出産した彼女の気持ちは神威が想像できる物では無いだろう。それでも彼女は指名手配犯だったから、ひとり誰かに頼ることも出来なかった。
東の出産の時の事を平気そうに笑って見せていたから、神威は大丈夫だと思っていたけれど、そうではなかったのだろう。
「もうちょっと、おまえは人に上手に頼りなよ。」
は助けてと人に言うのが苦手だ。なんでも一人でしてしまおうとする。
神威は出来ないことは出来ないとはっきり自覚しているし、それを口にする。考える事は全部阿伏兎や任せだ。向いていないのだから、仕方がないと思っている。
は神威のお願いを「仕方ないなぁ。」といつも聞くくせに、自分は神威にあまり願い事をしない。
「ひとりじゃないよ。」
の子どもである東の面倒をよく見ているように、彼女が妊娠したからと言って離れていくことはない。というかどちらかというと子どもを望んでいるのは神威の方だ。子どもが出来たからと言ってを手放すようなまねは絶対したくない。
なんと言っても強いの子どもだ。
「のものは全部俺のものだよ。」
だからこそ、この手ですべてを奪ってしまいたい。
の体を抱きしめて彼女の不安を言葉で溶かしながら、大きな矛盾を抱えることを神威は自分でも理解していた。
避妊悲人