「エイリアンバスター?」



 神威の父親である海坊主がエイリアン討伐の協力の報酬を貰いに第七師団に行った時、たまたま彼を見たの息子、東が首を傾げる。




「そうだよ。ほら前にエイリアンが宇宙船に張り付いたことがあったでしょ?あぁいうのを退治するんだよ。」 




 は穏やかな声音で息子に説明をする。



「ついでに神威のお父さんなんだよ。」

「おうさん?」




 父親がいない東にはよく分からないのか首を傾げる。とはいえあまり細かいことは気にしない性格故に、が答えあぐねているとあっさりとそれをスルーして、ソファーに戻ってが与えておいた知恵の輪を外すのに戻る。



「アズマ、何それ、そんなののどこが面白いの?貸してみ?」



 隣に座って寝転がっていた神威が、身を起こして東に言う。



「むいだめ、こわす。」

「そんなの穴を広げちゃえば良いんだよ。」

「だーめ。」



 すねる子どもを諫めるように東は言って、神威の額をぺちっと叩いた。

 どうやらそのままちゃんと知恵の輪を外したいらしい。対して神威はその持ち前の怪力で穴を広げて外せば結果は同じだと思っている。



「本当に、最近生意気なんだから。」

「なまいきちがう。」



 東は反論して、じっと知恵の輪を見ていたが、近くにあったのペンを穴に突っこんで、てこの原理でがっと穴を広げた。



「はずれた!」

「いや、それやり方は違うけど発想は神威と一緒だから!」



 は喜んでいる東に頭を抱える。

 夜兎ではない東は確かに神威のような怪力はないが、発想は神威と全く一緒。外せる場所を考えるのではなくて、無理矢理穴を広げている。



「おわりおわり!」



 東は外れ、目的を果たした途端途端知恵の輪から興味を失ったのか、知恵の輪を放り出す。



「ゴミはゴミ箱に入れなくちゃ駄目。」




 神威はぽんっと東の頭を叩いた。




「ぽい!」

「誰が拾うの。」

「まま。」

「駄目でしょ。自分で拾いなさい。」

「いや、神威も東も間違ってるから、それゴミじゃないから。」




 は二人の会話に冷静な突っ込みを入れたが、それがゴミだという結論に変わりはないらしい。渋々といった様子で東は放り投げた知恵の輪を拾ってゴミ箱に捨て、扉を開く。




「どこに行くの?」

「そと!ふねとまってる。」



 今、宇宙船は星に停泊している。そこそこ大きな星なので、東が興味を持つであろうものもたくさんあるだろう。




「俺も行くよ。」



 神威は近くにあった自分の傘をとって、東とともに出て行く。はそれを見ながら、ため息をついてゴミ箱をのぞき込んだ。



「うーん。壊れちゃってるっぽいな。」




 知恵の輪はどうやら再起不能らしい。の暇つぶしのつもりだったが、ももう既に外し方を理解してしまったし、用はないだろう。

 はため息をついて、書類に戻る。



「あれが嬢ちゃんの連れ子か。元気な子だな。」



 海坊主は不思議そうに神威と東を見送りながら、呟くように言った。

 彼としても神威には思うことは随分とあるらしい。それは当然だろう。なんと言っても海坊主の腕を片方もって行き、殺そうとしたということはも聞いている。

 まぁ思う所がなかったとしても、息子が子持ちの女と恋人同士だと聞けば、それなりに思う所が出来るだろう。




「はい。ちょっと元気すぎるけど、神威が大体面倒を見てくれるから助かってます。」




 神威が東を幼い頃から連れ回しているせいか、東は驚くほどの体力があり、活発だ。体も驚くほどに丈夫で、夜兎ほどの怪力はないがそれを機転で埋めてくる。要するに頭が良いの血をよく継いでいると言えるだろう。

 神威に育てられているせいか、でも夜兎ではないから、天真爛漫気楽で性格もさっぱりしていて、歪んだところはない。



「いつかわたしが産む神威の子どもと一緒に、自分を殺しに来れば楽しいそうです。」



 が笑って言うと、海坊主は複雑そうな顔をした。




「おまえ、いつか神威に殺されるぞ。」




 神威はのことを至極気に入っている。それは一般に言う恋愛感情という奴だが、彼は理解していないだろう。

 強いに自分の子どもを産んで欲しいと豪語する神威は、それが終われば間違いなくを殺す。彼女の力が衰える前に。

 それをは納得して、理解しているのだろうかと、海坊主は言う。



「そう言ったご忠告は何人かから受けましたが、まぁわたしもそう簡単にやられて上げる気は無いですし。」



 阿伏兎にも同じようなことを言われている。

 夜兎族は戦うことでしか愛情をしらない。わからない。だから神威と恋人らしい行為をいくらしても、たまに興奮している神威に戯れに殺されかけることもある。彼にとっておそらく、殺してすべてを自分のものにするという方が、シンプルで楽な解決方法なのだろう。

 それでも今がここに生きているのは、が強いからだ。



「ま、わたしも本気で殺される時、ただで殺されて上げる気なんて無いですし、わたしは神威みたいに優しくないので、腕一本ではすませませんよ。」



 神威が海坊主を殺そうとしたときのように、腕一本ちぎってなんて簡単な事をはしない。本気で神威が自分を殺すつもりなら、自分も彼に消えない傷を残すつもりだ。



「未来を、守るためにか。」

「はい。衰え逝く神威などに負ける子どもであって欲しくない。」



 神威は絶対にが死んでも、子どもたちの力が満ちるまで殺すのを待つだろう。そして子どもたちが完全に成長したとき、刈り取ろうとするはずだ。

 ならば、子どもたちはある程度完成するまで、神威の庇護下で生きることが出来る。



「わたしは、自分の未来の糧になるなら、死んでも良い。」




 が殺されたなら、子どもたちは父親に対して憎しみなりなんなりの感情をはっきりと示すだろう。少なくとも冗談ではなく自分が殺される可能性がある事に気づくだろう。それが強さになる。




「すいませんね。貴方にとっては神威は可愛い子供でしょうに。」



 は目を細めて、海坊主に小さな謝罪をする。にとって東が可愛い息子であるように、海坊主にとっても神威には可愛い子供だ。それを殺す算段をつけているなど、あまり気持ちの良い話ではないだろう。



「嬢ちゃん、あんたも誰かの可愛い子なはずだ。それを手にかけるんだ。俺は嬢ちゃんを責めるこたぁできねぇ。」



 海坊主は首を横に振って、ぽんぽんとの頭を軽く叩く。

 誰かに大切にされてきた彼女を殺す神威の親である自分が、親だからと言う理由だけでを責めることは出来ない。



「…わたしは実の親に会ったことないですけどね。」



は撫でられた自分の頭を不思議そうに触りながら、小首を傾げた。



「嬢ちゃん、孤児なのか。」

「戦災孤児です。兄も、親を覚えていないと言ってましたよ。」



 ちょうどが生まれたのは攘夷戦争が激化した頃だ。

 が気づいたときには既に兄しかおらず、兄もを抱えて戦場で追いはぎをして生活していたらしい。兄も父母の顔を覚えていないという。それがショック故なのかは分からないが、それでもが孤児だったという事実は変わらない。



「わたしは神威を羨ましく思いますよ。」



 なんだかんだ言っても、彼は息子の神威に愛情を向けている。今もこうしてと長い時間話そうとするのは、神威の今の様子を聞きたいからだろう。

 そんな彼は間違いなく神威の父親だった。


おとーさん

 息子の女であるという地球人は、本当に出来る女だった。



「あ、お久しぶりです。」




 古くからの知り合いである宇宙海賊春雨の元老・終月に会いに来ていた海坊主がばったり会ったのは、第七師団で参謀兼会計役をしているだった。

 前にエイリアン退治で第七師団に雇われた時に出会った彼女は、海坊主の息子・神威の恋人だ。

 子持ちの彼女と神威が出会い、恋人になった理由は全く分からないが、あれからも時々神威の消息を文で知らせてくれる彼女に、正直海坊主は感謝していた。


 自分を襲い、腕を奪っていったろくでなしの息子。


 そのくせに、恋人の彼女は第七師団の事務、会計を一手に引き受け、腕っ節も強い。それ程美人というわけではないがすらっとした体躯の大体なんでも出来る女だった。




「嬢ちゃん、またなんでこんなところに。」



 海坊主が目を見開いて問うと、は小首を傾げた。



「元老の終月様は、第七師団の後見人なので。」



 終月は夜兎と、確か地球人とのハーフだった。も地球人だと聞いているので、その所以もある野だろう。

 春雨の中では珍しく、終月は仁義に熱く約束は守る男だ。

 そのため海坊主も仕事を斡旋して貰っている。が彼に目をつけた理由はよく分からないが、彼の庇護を受けるというのは賢い選択だと海坊主も理解できた。

 緑の着物に動きやすい緋色の袴姿の彼女は腰に刀を2本差していたが、海坊主に警戒するそぶりはない。そしてまた、海坊主も彼女を心のどこかで信頼していた。



「嬢ちゃんは。」

「嬢ちゃんって年じゃないので、と呼んでください。」



 は少しくすぐったそうに軽く笑って見せてから、近くにあった宇宙の風景を見ることの出来る一画のソファーに座った。



「帰らなくて良いのか?」



 神威が彼女を手放すことをきらっているのを、海坊主もよく知っている。ひとりでここに来ること自体、あまり歓迎していないだろう。

 早く帰らなくて良いのかと問うた海坊主には肩を竦めてみせる。



「第七師団の母艦がやってくるまでにまだ3時間あるんですよ。お時間があればお話ししませんか。」



 ここは春雨の母艦で、元老終月の船だ。第七師団の船が春雨の母艦にやってくるまでに、あと3時間時間がある。要するには3時間暇なのだ。

 本当は終月との実務者協議にやってきたのだが、それが存外あっさりと終わってしまい、報告もすぐに終わって退屈していたところだった。

 対して終月に仕事をもらいに来た海坊主も後はどれを選ぶかという問題で、正直暇だった。



「あの坊ちゃんは元気か?」



 海坊主はの近くに立ち、尋ねる。

 の息子である東に会ったのはもう随分前の事だが、神威に育てられているせいか活発で逞しい良い子だった。



「元気ですよ。神威も元気です。」 



 はにっこりと笑って言う。その台詞には言外に神威のことが気になるんでしょう?と尋ねるような響きが含まれていた。

 海坊主にとっては、襲われようが愛した女との間に生まれた、可愛い息子だ。

 それをは痛いほどに理解しているから、文で神威の状況などを事細かに送ってくるのだろう。海坊主はそのことについて、素直に彼女に感謝していた。

 自分から見ても、神威はろくな息子ではない。育て方を間違ったとか、違う道が選べなかったのかなど後悔は沢山ある。正直彼女にもお勧めできるような息子ではないし、強い彼女に神威がこだわるのは自分の子どもを産ませた上で、彼女を殺すつもりだからだ。

 だが、は助けを求めたりしない。神威から離れるつもりもない。



「神威は相変わらずですよ。」

「相変わらず、か。迷惑ばっかかけてすまんな。」

「好きでやってることですから。」




 彼女は自分が殺される可能性も含めて納得している。納得した上で、神威に屈するつもりなどさらさらない。



「本当に、あんたは良い女だ。あの馬鹿なんかにもったいねぇ。」



 強く勇ましく、逞しく、したたかだ。ただで神威にやられる気も無い、良い女、の一言に尽きる。



「そんなに誉めても何も出てきませんよ。」



 はさらりと海坊主の称賛をかわして、宇宙船の外の風景を見やる。

 彼女は孤児だという。だからこそ、親がいる神威に対して思う所があるのだろう。もちろん彼女が神威に何かを言ったところで神威がきくとは思えない。それでも彼女は、神威の意思を尊重しながらも、海坊主が彼を大切に思う気持ちも尊重している。

 それは彼女が、孤児故に親のありがたさをよく知っているからだ。




「何かあったら、早めに言えよ。できる限りは、手助けしてやる。」




 海坊主はソファーに座っているを見下ろして言う。

 もしも長生きしたいならば彼女は間違いなく神威から全力で逃げた方が良い。それに協力してやるのも、海坊主は自分の責任だと思う。

 だが、彼女は肩を竦めてにっこりと笑った。



「大丈夫ですよ。そこは私の腕の見せ所ですから。」



 そういう彼女は人に頼ろうとはしない。海坊主が手をさしのべようとしても、それをはねのけ一人で何でもしようとする。それはきっと、孤児で一人で生きてきたからだろう。頼るべき相手はきっと、本当に限られた相手だけだったはずだ。



「もう少し他人に頼るって事を、覚えないと、苦労するぞ。」



 海坊主はくしゃりとの銀髪の天然パーマを撫でてやる。その手触りは癖が強くて、頑固そうだった。