「ふぅ、」




 近くの血に汚れていない岩を払って腰を押しつけると、脱力感が心の中一杯に広がる。

 は強いが夜兎ではないから、別に戦ったと言って興奮を覚えることもないし、満足感も全くない。極端な話、あるのは疲れのみだ。

 人を殺して自分の命を長らえる。

 それは攘夷戦争の時のように大義名分のある物では無いが、人殺しに大義などありはしない。変わったのは直接手を下しているか、いないか、それだけだ。




「つまらなそうだね。」




 声が聞こえたので後ろを振り向くと、そこには血で真っ赤に染まった神威が立っていた。



「…貴方は楽しそうですこと。」



 は神威に嘲るような笑みを返して、死体を見るのに戻る。



「冷たいな。この舞台を用意してくれたのは、だったってのに。」



 この星に住んでいたのは新羅と言われる傭兵部族とよく似た系譜の戦闘部族たちで、春雨に長らく逆らっていた。そのため潰すことが今回の任務だった。元は第八師団にふられていたが、神威が戦いたそうだったから、その任務をとってきたのはだ。



「わたしは宇宙船で文官していたいんだけど。」



 は少し唇を尖らせてぼやく。

 頭も良いは基本的に第七師団の任務に出ず、宇宙船で書類仕事をしていることが多い。策を練ることも、円滑にすべてを滞りなく運ぶこともの仕事の一つだ。

 だが、神威は何かと戦場にを連れて行きたがる。



「嫌だよ、」



 神威はにっこりと笑っての隣に座り、の頬にその血にまみれた手で触れる。



「おまえが人を殺している時の、その目が好きなんだから。」

「大層なご趣味ですこと。」



 はため息をついて、神威の手を払った。すると神威は困ったように肩を竦めて後ろからの体を抱きしめた。



「ご機嫌斜めだね。」



 神威の体一杯から血のにおいがする。それを不快だと思う心すらもは失ってしまった。

 ここまで来るまでに、大切な者をいくつも失ってきた。直接手を下さなくても、は屍の上に立って生きてきた。自分で手にかけるようになった。変わったのはそれだけだ。

 あの頃から全く変わっていない白い手は、赤黒い血が張り付いている。



「温かいね、」




 神威はの体を強く抱きしめて、後ろからの肩に顔を埋める。彼の柔らかい髪が少しくすぐったい。




「どこにも行くなよ。」




 耳元で囁かれた言葉に、は肩を揺らす。



「なに、突然。」

「そういうこと、考えてただろ。」

「突飛出過ぎだよ。考えすぎ。」



 鋭いな、と思う。彼は人の感情の機微など理解しようと思ったことなどないだろうに、人の感情を見透かすのが本当にうまい。

 は自分の心中を自分でも気づかぬように目を伏せて、小さく息を吐く。



「わたしは、寒いよ。」



 たまに、心が冷えていくような心地がする。

 彼のようには本能などないから、人殺しは心を削るようだ。たまにふと自分と屍の差を考えたくなる瞬間がある。



「おまえも俺に抱きついたら良いよ。温かいよ。」



 神威は全部分かっているくせに、知らない振りをして言った。



「おいおい、おまえさんら、そんなとこでいちゃいちゃしてないで帰んぞ!」



 少し離れたところから、阿伏兎の呆れたような声がする。



「本当にデリカシーのない奴だよね。」



 神威はから離れて、ため息をついて自分の傘を抱え上げて嘆息した。



「いや、さすがの阿伏兎も神威に言われたくはないと思うよ。」

「そう?心外だな。俺はに対しては細心の注意を払って接してるつもりだよ?」

「どのあたりが?」

「おまえの本心に触れない辺りが、」




 は人に頼るのも苦手だ。弱みは比較的隠そうとする。それは神威に対してもそうだった。

 目の前の男が、不気味に笑っている。そのくせに、澄んだ青い瞳は驚くほどまっすぐ、を射貫いている。

 彼がに向ける感情は、殺意も信頼もいつも一直線でまっすぐだ。



「人に頼らないのも、弱さだよ。」



 頼って、いらないと言われるのが怖いから、は人に頼らない。すべて自分でやろうとする。

 神威は出来ないことは出来ないとはっきり言うし、そういうことをに頼ることに躊躇いもない。でもはどうしても自分のそう言った部分を隠してしまう。



「戻るよ。」




 ぽんと頭に手が置かれて、撫でられる。それはいつもともにいた兄がにしてくれたのと同じで、は僅かに目を細めた。

屍の上で