「・・・またか。」
は眉間に皺を寄せて、請求書を見てこめかみを押さえる。
「あぁ、こっちの船壊されちゃ困るからな。しかもやることねぇからって退屈ごときで。やって良いことと悪いことの区別もつかねぇのかね。おまえんとこの大将はよぉ。」
晋助はかつての自分の妻を見て、ふっと煙草の白い煙を吐き出した。
先日たまたま春雨の提督である神威がちょっと強い奴がいるという噂を聞いて、別の星に行くのに、勝手に晋助率いる鬼兵隊の船に乗り込んだのだ。ついでに何が気に入らなかったのか、船の壁をぶち破ったらしい。
その請求書を、神威が提督になってからは、春雨全体の会計役兼副官提督になっているに渡しに来たというわけだ。
「今年に入ってもう5回目。お金がないわけじゃないけど、予算割くのは本当勘弁して欲しいなぁ。」
はそう言って、請求書を近くにいた青い鬼の天人に渡す。
彼は第七師団にいた時からに兄弟で付き従っている。確か兄弟の方は赤い鬼だった気がするが、詳しいことまで晋助も覚えていない。
「それはそうと、おまえぼろぼろじゃねぇか、」
煙草を吹かせながら、晋助は眉間に皺を寄せて仕事をしているを眺める。
黙々と恐ろしい速度で書類を片付けているが、たまに目がかすむのか目元をこすっているため、目の下の隈と交わって、赤黒い。ちょっとこいつなんかやばいんじゃね?と晋助は見た目から思ったが、書類を片付ける姿からは話しかけんなオーラが漂っている。
それに気づいて眉を寄せ、ふと副官の青鬼を見ると、彼も心配と不安の入り交じった目でを見ていた。とはいえ彼女は気づいていない。
「うるさい、用が終わったら帰って。」
「いや、まだ終わってねぇさ。請求書が本題じゃなくて、密入国が。」
「うるさい。」
冷ややかな言葉は返ってくるが、視線すらもよこさない。恐らく晋助の言葉も騒音としか捉えていないのだろう。
こいつ何様だ、と昔なら頭をしばき倒しただろうが、今はもうそれが出来る関係ではない。かといってこれは止めたほうが良いだろう。とはいえ彼女は今となっては他の男の女だ。腐れ縁とはいえ、口を出すのも憚られる。だがむかつく。
放っておこうか、しばこうか、決めかねてひとまず煙管をくわえると、鉄の扉が吹っ飛んだ。
「…」
晋助は口を薄く開いたまま、固まる。
「なーに引きこもりしてんのさ。。」
そこにはひこひことアホ毛を揺らす、オレンジ色の明るい髪の男がいた。
任務から帰ってきたばかりなのか、荷物をその辺に放り出して、腰に手を当てる。とはいえ、鉄の扉が吹っ飛んだことにも動じず、帰ってきた神威にも目を向けず、は黙々と仕事をしていた。ただ副官の青鬼はもともと真っ青な顔を真っ黒にしている。どうやら神威から元々何か言われていたらしい。
顔を上げないに苛立ったのか、神威の手から放たれた傘が高速でに迫る。だが、彼女は下を向いていたのに、それを慣れた様子で紙一重でよけた。びよよーんと壁に傘が突き刺さる。それにすら目を向けない。
「あ、姉御っ!」
青鬼は書類を持ったまま、から、というか神威の怒りの原因から遠ざかるように一歩後ずさって彼女を呼ぶ。
「あ?…邪魔しないでよ。」
は青鬼の方を振り返って、ぼんやりとした目で言う。
「…え、あ、姉御、こっちじゃねぇっす。」
「は?」
「良い度胸だよネ。」
神威がの書類机に歩み寄り、の頭をがしっと掴む。痛みで少し意識がさえたのか、は顔を上げ、目の前にいる神威を本日はじめてまともに見た。
「いたたたたたた、…あ、神威帰ってきてたの?おかえり。」
「ただいま。一週間ぶりなのに、良い根性だね。」
神威はぱっとの頭から手を離す。
「邪魔しないでよ。仕事増えてるんだから。」
はすぐにまた書類の処理に戻り、視線を書類に戻した。
神威が提督になってから、いい加減そのものだった春雨の事務作業は全てによって収束され、支配機構ができあがりつつある。予算の処理はある意味で各師団の全てを掌握すると言って間違いない。それは正しい。
ただし、生活習慣としては全く正しくない。
「俺、言ったよネ。飯は食う。寝る。それは基本だって。」
「言ったっけ?っていうか、ご飯食べたよ。」
「何日前?」
「え…今日?あれ?…神威が出て行ってから何日たったっけ?っていうか、神威早くない?一週間いないって言ってなかった?」
「姉御、もう一週間たったっすよ。」
青鬼が冷静にに言う。はやっと書類を処理する手を止め、少し考えるように視線をそらし、僅かに首を傾げると、じっと書類の文面を眺める。
「…そう?」
「で、何回食事したわけ?」
神威は殺意にまみれた笑顔をに向ける。はあはははと誤魔化すように笑った。
「風呂には入ったよ。」
「風呂は好きだからね。おまえ。で、食事と睡眠は?」
無言が答えだった。
子供である東が地球の寄宿舎に行くようになってから、はまさに仕事人間になった。元々一点集中型で、仕事人間の雰囲気はあったが、それでも子供のご飯などは必要であるため、時間になれば帰宅したり、ご飯を作っていた。
だが子供がいなくなり、時間を気にする必要がなくなって神威と二人になった途端、は書類が立て込むと食事も睡眠もせずにぶっ続けで仕事をするようになった。元々細かいことの気になり、他人に頼ることが苦手な質だ。
「おいで、」
「まだ仕事終わってない。」
「終わったらまた仕事を作るくせに。黙って来なよ。殺しちゃうぞ。」
神威はの首根っこを引っ張って、引きずっていく。
「…あー、またやってら。」
神威と一緒に帰ってきた阿伏兎が呆れたようにと神威を見送る。晋助も気を取り直して、煙管をくわえて細く煙を吐き出した。
なんだかんだ言って元妻はここでうまくやっているのか、うまくやれていないのか、よくわからなかった。
無理ゲーと痴話喧嘩