を自室に放り込んで戻ってきた神威は、の副官である青鬼を睨んだ。



「す、すんません。ただ、姉御、全然人の話聞かねぇし、俺よか強いし、」

「なんでうちにはに勝てる奴がいないんだよ」

「っていうか、提督以外姉御を動かせる人いません。」

「…」



 神威は疎ましそうに青鬼を睨んだが、彼の言うことも納得していた。

 息子である東が地球の寄宿舎に行って二人になってから、は仕事人間になった。第七師団には事務作業が出来る人間がそれほど多くない。それに輪をかけたのが神威の提督就任であり、敵が増えたことで神威が外に出ることが多くなり、対して事務処理のためが母艦にいることが多くなると、は睡眠や食事そっちのけで仕事をするようになった。

 神威も目が届かないので、止められない。だが、これは一度や、二度ではなかった。



「めんどくさ。もういいや、次から俺が外に出るときはをつれてくから、そのつもりで人雇ってヨ。」

「え、姉御怒りますよ。」

が怒ったってどってことないって。」

「どってことないのは団長だけっすよ〜、」




 書類処理の邪魔すると容赦ないんっすから、と青鬼は目尻を下げて泣きそうな顔をした。

 部下たちも仕事人間を心配している。だが彼女は人の助言や話などこれっぽっちも聞かない。しかも剣術の腕でも一流だ。部下たちが束になったって敵わない。神威は実力行使に簡単に出るが、青鬼たちでを止めるのは不可能だった。




「もう良いヨ。じゃ、俺が連れてくから、人雇って。提督の俺が言うんだからそれで構わないだろ。」

「は、はい。良かったッス…。姉御、ちっとも休まないから、」




 恐ろしい顔色で仕事をしているのは、部下たちだってわかっている。本当は止めたかったが、彼女を止めるだけの力が部下たちにはなかったのだ。神威が止めて根本的にどうにかしてくれるなら、ありがたいと思っていた。

 話がまとまったところで、ソファーに座っている男に神威は目を向ける。



「で、何しに来たの。アンタ。」



 後ろにいるのは鬼兵隊の首領である晋助だ。神威と手を組んでおり、面白い奴でしかも強い侍なので、神威は気に入っている。の話では、彼女の元夫らしいが、彼女の過去の男という意味で晋助に興味はない。今が自分のものであるため、嫉妬もなかった。

 彼はソファーに座って腰をおろし、煙草を吸っている。道理で煙いわけだと神威は細い眉を寄せた。



「煙いんだけど。」

「そうか。」



 晋助はあっさりとした口調で答えたが、煙草をやめるつもりはないらしい。



「何しに来たの。」

「密入国の話をしに来たんだがなぁ。請求書で話が止まった。」

「請求書?」

「おまえがこの間俺んとこで壊したやつだよ。」

「あぁ、」



 任務先に行くついでにご飯が美味しいので、鬼兵隊の船に乗せてもらったのだ。その時に退屈でたまらず、小競り合いを起こした結果、動力庫だったかなにかを破壊し、航行不能にしてしまったのを思い出し、ぽんっと拳で手のひらを叩く。



「ま、出直してきた方がよさそうだな。」




 密入国の手続きや、ましてや江戸の手引きを出来るのは、地球についてよく知っているだけだ。複雑な処理は基本的に部下たちに出来ない。そのため、高杉の請求書以外の用件は果たされそうになかった。




「そうだネ。丸々三日ぐらいは休みかな−。俺ご飯欲しいし。」



 神威はの仕事机に、積まれていた書類が崩れるのも構わず腰を下ろし、足を組んだ。

 多分、ベッドの上に放り出してきたから丸一日は爆睡だろう。それからご飯作ってもらって食べさせて自分も食べて、彼女を風呂に入れて、と色々考えたが、まぁが起きてから考えようという結論に行き着いた。

 どちらにしても、を三日は部屋から出す気はない。



「まったくさぁ、俺とアズマのご飯はちゃんと作るのに、自分のことになるといい加減なんだよネ。」



 独り言のように呟くと、晋助は顔を上げた。



「あいつは堅実で、几帳面な方だと思ってたんだがな。」

「…が堅実で几帳面?」 



 神威は青色の瞳を見開いて、きょとんとする。

 確かに彼女は堅実に資格など能力を得ようと努力するし、書類の並べ方などは几帳面だが、堅実さは何かあったらどうしようという恐怖から来ている部分が多い。実生活において彼女は非常に適当だ。面倒なことは嫌いだし、心底だらしない。

 恐らく書類仕事も様々な事柄をまとめて把握した結果、自分でやらないと怖くなっただけだろう。

 は誰かのために頑張るのは得意だ。しかし、自分を大切にするのは得意ではない。賢くて疑心暗鬼になるため、一人が好きな割に、寂しがりで、一人になると何も出来ない、しないのだ。




はびびりなのさ。だから細かいことが気になるんだよ。」




 神威が傍にいなくなると、唐突に几帳面になって色々なことをやり出すのだ。あんなに強いのに、あんなに弱い。様々なことがわかるから、考えるから、怖くてたまらなくなる。賢い故の、弊害だ。

 ただ多くの矛盾を抱えているを、こよなく気に入っているのだが。




「だからまぁ、俺がなんとか、しなくちゃって……あー、なんか色々考えて面倒くさくなっちゃった。」



 元々神威は色々考えるのが得意ではない。ひとまず青鬼たちに任せておいたら、適当にどうにかしてくれるだろう。



「…あー、なんか落ち着いたら気づいたけど、俺たまってるんだよネ。叩き起こそう。」


 神威はぴょんっと机から下りると、くるりと肩を回す。

 あまりに彼女の状態が酷く、怒りですっかり忘れていたが、1週間もから離れてご無沙汰だったため、やりたいからの所に一番に来たのだった。それをすっかり忘れていた。


「提督―!せめてあと8時間!8時間睡眠させてあげて!!」



 青鬼がの状態を考えて、必死で神威を止める。



「8時間とか長すぎるヨ。用事は先に済ませてから寝たほうがもすっきりすると思うんだよネ」

「すっきりするのはおまえだけだこのスットコドッコイ!!」



 阿伏兎が慌てたようで言うが、壁に突き刺さったままだった傘を引っこ抜いて、神威はぶんっとそれを振る。



「丁度良かった、阿伏兎、は1週間再起不能だから、おまえが仕事してネ」

「ちょっ、当初の予定から増えてる!三日って言っただろ!?俺にと同じ仕事なんて出来るわけねぇじゃん!!」

「やれヨ。徹夜でがんばれ〜」



 神威は傘を肩に置き、手をひらひらさせて去っていく。



「姉御、死にましたね。」



 青鬼は元々真っ青な顔をまた真っ黒にして、男性にしては小さなその背中を眺める。一週間貫徹の上に体力馬鹿の神威の性欲処理なんて、死に向かう糧にしかならない。



「…生きてたところで、一週間は団長の奴が出さねぇぞ。ありゃ。どうすんだよ、この書類。」



 阿伏兎は任務から帰ってきたばかりだというのに、目の前に積み上がった書類に顔を青くする。



「まぁ、俺は1週間後にこりゃ良いんだな。」



 晋助は関係がないので、無駄な時間を過ごしたと腰を上げた。ただ、阿伏兎は関係ないと逃げることは出来ない。しかも提督まで出てこないとなれば、すべてを処理するのは阿伏兎以外の誰でもない。



「俺も有給とるっす!」



 青鬼がにぱっと笑う。それでも、阿伏兎に逃れる術はなかった。

出直し不幸のお知らせ