「ねえ、ど、どうしてわたしは、こんな格好をしてるの・・・」



 は自分の姿を見て、息を吐く。




「え。良いじゃん。」



 神威はにこにこ笑って、軽い調子で肩をすくめてみせる。だがそんなことで誤魔化されたりはしない。

 廊下を行き交い、男と歩く女たちは皆、露出の激しい着物を着ている。が着ているのはいつもの着物ではなく、花魁の、比較的上位の者たちが着る、動きにくいものだ。神威がゆっくり歩いてくれているし、手を繋いでくれているから足を前に進めることが出来ているが、何枚にも重なる着物は足下をおぼつかなくさせる。

 神威が吉原を手に入れたのは、随分と前のことだ。基本的に彼はあまりそう言うことに興味がないので、手に入れたところで、干渉はしなかった。今回ここに訪れたのは、地球に第七師団の母艦が任務の関係で行き着いたので、他の団員が行きたいと言いだしたからだ。

 は面倒だったし、仕事が残っていたので母艦で仕事をする予定だったが、神威によって連れ出され、何故か一緒に吉原に行くことになっていた。




「吉原に女連れとは、良い度胸じゃな。」



 綺麗な淡い金髪の整った顔立ちの女が、煙管を咥えて呆れたように煙を吐き出す。

 背も高く胸元もなかなかふくよかで、容姿も美しいので遊女だろうと思われるが、顔に傷があるのが少し気になった。ただどちらにしても美人だと言うことに変わりはない。明らかにその鋭い切れ長の瞳には、神威に対する敵意が見えていた。



「わぁ、美人さん。知り合い?」

「うん。遊女?」

「丁度良いから相手してもらってその絶倫どうにかしておいで。」



 は臆面もなく心底そう思っていた。

 神威は基本的に絶倫だ。しかも体力があるので相手にするとろくなことがない。次の日立ち上がれないどころか眠ったまま起きないということもよくある。おかげで仕事に差し障ることは一度や二度ではない。

 絶倫をどこかでどうにかしてきてくれるのなら、胸あたりがちくちくするが、ありがたいことだ。

 はすました顔で言って、辺りを見回す。

 ここは吉原で一番高い建物で、しかも高級な花魁や娼婦が出入りしている。内装も驚くほどに贅沢で、城と言っても過言ではない。前にここの主だった鳳仙には宇宙で一度も見たことがあるが、女のには当然吉原など興味がない。

 何がしたいのか、女を買いたいのか、それともご飯が食べたいのか、それくらいしか理由が思いつかず、つきあわされているはため息をついた。




「えー焼き餅?嬉しいネ。」

「寝言は寝て言え。ってか何のためにここに来たの?」

「え、ほら、暇つぶし?」

「だと思った。」



 予想通り過ぎて、突っ込む気にもなれない。楽しそうに神威はケラケラと笑っているが、正直腹の帯が苦しいし、書類も放ってこんなところに連れてこられたの機嫌は悪い。しかもは攘夷活動のせいで指名手配犯のため、見つかれば困ったことになる。

 だから母艦から出たくなかったのだ。




「ねえ、覚えてる?わたし指名手配犯だからって前に、」




 こそっと神威のお下げを引っ張って、は耳打ちする。



「覚えてる覚えてる。でもここは春雨の支配下だから、それに二人ならなんでもできるできる。」



 神威は安易にあっさり笑って見せるが、彼がそういう適当なことを言って信用できる情報だったことはない。彼の何でも出来るは「なってから考えれば良い」程度の精神だ。こんな感じで罠にはめられたことは一度や二度ではないのだ。まあ、それでも二人なので生きているわけだが。



「ましてやわたし、この格好何だけど!?」

「あははは、似合ってるヨー」

「そんな褒め言葉いらんわ!!」



 殴りかかりたくても、花魁の着物はひどく重い。こんなのでは歩くのがやっとで、走ることは到底出来そうになかった。敵が来ても対処できない。



「ま、楽しく視察しようヨ。」



 神威は笑っての手を取る。



「もうやだ、こいつ。」



 はため息をついたが、これ以外にとるべき手はなかったので、仕方なく彼の手をとって歩き出す。だがやはり酷く歩きにくくて、もう精神的にも何も始めていないのにげんなりするほど疲れていた。



「えっと、貴方お名前は?」

「月詠じゃ、月詠、わっちが案内する。」



 月詠と名乗った遊女は、にこりとも微笑まず、冷ややかにそう言って踵返した。



「…なんか怒ってない?神威、何したの?」



 が休暇を取っている途中、神威がここでドンパチをやらかしたことを、は後始末の交渉に携わったため知っている。



「なんかいろいろ?」

「だろうね。もうお腹いっぱいすぎて疲れたわ。」




 冷たくあしらって、歩き出した月詠について行くべく、慎重に足を踏み出す。

 着物を何枚にも重ねている上、歩きにくいし、髪の毛は簪できっちり結い上げられていて天然パーマは誤魔化されているが、少しはえ際が痛い。しばらくしたら頭痛がしそうだ。



「ひっ!あの血まみれのお兄ちゃんだ。」



 廊下を抜け、通された最上階の部屋には黄銅色の髪をした男の子がいて、神威を見るなり怯えた表情を見せた。



「…血まみれね。」

「うるさいなぁ、殺しちゃうぞ。」



 が白い目で神威を見ると、彼はいつも通りの笑顔で笑った。



「こ、こいつがなんでこんなところにいるんだよ!!」

「こらこら、大人しくなさい。客人なんだから。」



 男の子を、穏やかな声が止める。見ると男の子の後ろに、車いすに乗った綺麗な顔立ちの女性が微笑んで座っていた。



「まさか神威、あの人の足、貴方のせい?」

「えー、まさかぁ。俺、みたいに強い女以外興味ないヨ」

「…」

「あ、ものすごい疑ってる目。信じてよヨ。」

「信頼なんて最近の神威にはないよ。」 

「やっぱり遊郭に行ったこと怒ってる?任務だってー」



 くすくすと笑って神威は言うが、その軽口がまた今は勘に障る。

 最近この吉原での一件だけでなく、春雨内での小競り合いなどもあり、処理に追われているのだ。なのに、何が悲しくてこうして神威の暇つぶしにつきあわされているのか、この無駄な時間にさっさと書類の一枚でも処理してしまいたいと言うのがの本音だった。



「どうせ地球に泊まるなら、ここが良いだろ?団員たちはみんな喜んでいっちゃったヨ」

「貴方も行ってきて良いよ。わたし、ここで休んでおくから。」




 この格好だけでも重たくて疲れているのだ。用意されている座布団に腰を下ろして、はふっと一息ついた。

 せっかく地球に来たというのに、そして一日休みで自由だというのに、何が悲しくて吉原なんかに来ているのだ。確かに春雨の支配下にあるため、地球では指名手配犯であるもここでは捕まらない。そういう点では安心してくつろげるだろう。

 遠く三味線やらの音が聞こえている。他の場所では女たちが芸事でお金をもらうか、芸のない女は春を売っているわけだ。



「ねえ、、一緒に行こうヨ」

「どこに?女買うなら一人で行ってきてね。」

「違うヨ。上、見に行こう。」

「この上って…」



 は上を見て、首を傾げる。ここは最上階であって、この上は天守閣のような屋根しかないはずだ。



「いや、無理でしょ。第一この格好だよ。」 

「あはは、俺怪力だから大丈夫。」

「だ、大丈夫じゃ、助け、きゃーーーーーーーーーーー!!!」



 軽く神威の肩に担ぎ上げられ、そのまま神威は窓から出ていく。このまま屋根に上がる気なのだろう。




「何しに来たんだろう。あの兄ちゃん。」

「何しに来たんじゃ?あいつら。」

「恋人に吉原に行った、言い訳しに来たんじゃないかしら。なかなかべっぴんだったと思うけど。」



 警戒しながらも置いて行かれた三人はこれから怒ることを、神威の妹である神楽に彼の所業を後で報告せねばとうきときしていた。

自己中休暇の始まり