「美味しい、日輪さん。ここのご飯とても美味しい。」



 は行儀良く箸で食べ物をつまみながら、しみじみと言ってしまった。



「ありがとう。お客様にそう言ってもらえると嬉しいわ。」



 日輪は手をそろえて、にっこりと笑う。

 鳳仙の女だったという彼女はなかなかの器量よしで、動きも上品、しかも穏やかに笑う話し上手だった。同性のの目にも魅力的で、男が惚れる理由がよくわかった。だが神威はそんな彼女に見向きもせず、後ろで米をひたすら食べている。




「神威、本当に米だけで良いの?」



 自分が高級な懐石を食べているため、思わず気が引けて尋ねると、神威は首を横に振った。



「いらないよ。そんなのいくら食べても腹にたまらないし。」



 夜兎は恐るべき怪力を持つが、そのせいか燃費が悪く、地球人が驚愕するほど大量に食べる。パワーとエネルギー摂取量とを比較すると、確かにそのぐらい食べてとんとんかもしれない。そのため、毎食一升以上の米を食べるのが普通だった。



「俺を気にせず食べなよ。」



 神威が箸を止めているに促す。



「あ、あぁ、うん。まぁ、自分で作る以外のご飯は久しぶりだから、嬉しいけどね。」



 は素直に神威の心遣いに感謝し、吉原の食事を楽しむことにした。幕府も手を出せないため、指名手配犯のが警戒する必要もない。



「でもお嬢さん、春雨に雇われてるなら、料理人の一人や二人いるんじゃないの?」



 日輪は不思議そうに首を軽く傾げて、の持っていたおちょこに酒を注ぐ。



「お嬢さんなんて年じゃないですよ。」

「…でも、20歳くらいじゃないのかい?」



 流石、吉原は女所帯で、女を常に見ているだけのことはある。日輪の言うとおり、の年齢はそんなものだ。ただ若いとはいえ子供がいるので、どうしてもお嬢さんと呼ばれると違和感がある。



「そう、ですね。料理人は…いるけど、宇宙人だから。」

「俺でもわかるくらいまずいよね。」

「ね。」



 神威との部屋にはちゃんとキッチンがついていて、基本的にはよほどでない限り厨房で食事をすることはない。質より量だとか、脂っこいとかは我慢するのだが、ひとまずまずいのだ。そのためは自分で作った食事以外食べることがない。

 だが神威がどちらかというと質より量であるためどうしても一品料理に偏りがちで、任務地で食べに行ったとしてもどうしても一品料理ばかり。懐石のような料理を食べる機会はなかなかなかった。



「お酒も久しぶりに飲むよ。」

「春雨では、お酒も飲めないのかい?」

「飲めるけど、男ばっかりだから、やっぱり酔いつぶれたら困るからね。」



 は生憎お酒に関してはそれほど強くない。だから第七師団の中では男ばかりだし、神威はちゃんと連れ帰るというのだが、何かあってからでは遅い。そのため絶対に飲まないようにしていた。

 今日は朝までこの部屋は自由だというし、許可していない人間は入って来られない。それに団員たちも夜の町に繰り出すのに忙しいから、近づかないだろう。だから今日は心置きなく酒を飲める。成人してあまりたっていないというのもあるが。



「男所帯って言うのも、ストレスがたまるもんなんだねぇ。」

「そうでもないけど、っていうかわたし、男所帯以外でいきたことないんで。」



 よく考えればかつて女友達なんていたこともないし、兄やら幼馴染みも気づけば全て男だった。そのため、男所帯が普通で違和感はなかったので、第七師団で男ばかりでもそれほどストレスを感じたことはない。



「神威はお酒いらないの?」 

「あとでもらう。気にせず飲みなよ」



 神威は白米の次に運ばれてきた炊き込みご飯を貪っていた。



「おまえは色々周りを気にしすぎだよ。仕事しすぎ。」

「そうだっけ?」

「そうだよ。最近特にね。」



 そう言われて、は真剣に自分について振り返ってみる。



「もしかして神威、結構気にしてくれた?」



 はふと気づいて、吸い物椀を持ったまま神威の方を振り返る。

 数週間前、一週間神威が任務で母艦を離れたのを良いことに、一週間完全徹夜で食事も睡眠もせず書類仕事をこなしていたのだ。神威が帰ってきた時には目の下に隈とひどい状態で、即効ベッドに突っ込まれた。

 神威が提督になってから、敵対勢力の排除に忙しく出ずっぱり、対しては増えた事務処理に追われてお互いにすれ違い生活になっていた。といってもすれ違い生活の原因は間違いなく人に仕事を任せられず、自分で全てを片付けてしまうにあった。

 結果的に、は問答無用で1週間休暇の末、神威が外に出かける時はの過重労働を見張ることが出来ないため、必ずも随行することとなった。その最初の任務が地球の近くで、動力の補充も含めてこの地球に降り立ち、こうして吉原に来ているわけだ。

 吉原は本来であれば男が女を買う場所。そこに戦いと食事以外興味のない神威がを連れて行くこと自体、不思議だった。だが、これで納得できる。



「そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ。わたし強いし。」

「知ってるヨ。でも仕事人間は良くない。次やったら俺が遠慮なく殺すよ。」

「はぁい。」




 は心配してくれる神威がおかしくて、小さく笑ったが、殺される前にやめたほうが良いだろう。日輪と目を合わせて小さく笑ってから、料理を楽しむことにした。



ねぎらい?