「もうちょっと、もうちょっと飲みたいな、」



 日頃は早口なのに、酷くのんびりとした口調で言って、酒を日輪にねだる。ただ完全に酔っているようで、白い肌と頬を淡く染め、目元もとろりとしていた。



「ちょっと飲み過ぎ…かな。」



 日輪は酒をについでいたが、流石にもうそろそろの限界を感じて手を止める。



「もうちょっと、ね?」



 そうねだる笑顔は無邪気で子供のようだ。客と言うこともあり、それに押されて日輪も酒をついでいたわけだが、これ以上はまずいだろう。



「ね、もうちょっと、ちょっとね?」

「いや、ちょっとっていうか、そのちょっとで一本空けてるんだけど。」



 もう日本酒が3本目だ。神威もいくらか飲んでいるが、それでも大半はが飲んでいる。日頃あまり酒を飲んでいない人間がこれほど飲むのは良くないだろう。



「ねえ、もうちょっと、」



 は柔らかに、本当に純粋に笑う。

 年の頃は20歳にいくか、いかないかぐらいだろう。だが、苦労してきたらしく、日輪から見ても彼女は大人びた話し方をする。ただ酒を飲んでいる今は、随分と幼げで警戒心もまるでない。これは寝首をかかれることを考えれば、男所帯の中では飲めないだろう。

 しかも頬を染めて潤んだ漆黒の瞳で見つめられれば、女でも言うことを聞いてあげたくなってしまう。男ならなおさらだろう。



「もう良いから、酒頂戴。」



 神威が笑って、日輪に手を伸ばす。




「え、もう良いのかい。」

「うん。良いよ。あ、あと、ご飯は表に置いておいて、二日くらい入らないでね。」




 釘を刺すように言われたが、遊女である日輪が客人の間に勝手に入ることなどありはしない。苦笑して頭を下げ、彼女は襖を静かに閉める。

 神威はそれを見送ってから、とろんとした目でこちらを見ているに手を伸ばした。



「お酒ちょうだい、」



 はまだ飲み足りないのか、日本酒の瓶に手を伸ばしている。ただもう花魁の何枚も着込んだ姿で歩けるほど、足下はしっかりしていないし、立ち上がることも出来ない。そのため膝立ちのままふらっとそのまま神威に倒れ込んできた。



「たまには羽目を外したらいいと思うけど、あんまり他の奴には見せたくないからね。」



 神威は胡座をかいてを支える。

 銀色の髪を結い上げている簪を解き、髪に手を差し入れる。優しく撫でてやると、心地よさそうに彼女は目を細めた。

 はあまり他人に頼らない。子供がいたせいか、いつもなにかに警戒している。それは神威と一緒にいるようになってだいぶ緩和されたが、それでも他人に頼るのは苦手だ。神威が提督になってから、周りがきな臭くなり、元々細かいにとっては神経過敏になる原因となったのだろう。

 もう少し相手の出方を窺っても良いと思うが、賢いは先に気づいてしまうし、だからこそ疑心暗鬼にもなる。それが精神的負担をかける。

 単純な神威の傍にいれば気楽になれるらしいが、神威と離れると神経質が再燃するのだ。



「おさけ、ちょうだい、」



 くいっと神威の服の裾を引くは、きっと神威に今首をはねられても気づかないだろう。たまにはこのくらい油断しても良いと思う。

 は他人に自分を委ねられない。そういう弱さがある。




「ま、俺のためでもあるんだけどね。」



 ただし神威は彼女のためだけに、ゆっくりしたかったわけではない。笑いながら、神威はの細い躰を畳の上に押し倒す。



「え?」 



 酒で思考の鈍っているは反応も鈍く、一瞬何をされているのか理解できなかったようで、眼を丸くしてから、僅かに首を傾げる。ざりっと首を傾げたために髪が畳とすれる音がした。はだけた首元から手を入れ、滑らかな白い肌を撫でれば、少し嫌がるように身を捩った。

 触れた躰は酒のせいか、いつもより少し体温が高い。



「おさけっ、」

「まだ欲しいの?でも俺の相手もしてよ、ネ」




 首筋に噛みつくような勢いで吸い付くと、驚いたが神威の肩を押す。だが酒で力の入らない手は、ちっとも強制力がない。



「あっ。はっぅ、」



 無意識にが口元を押さえて、声が漏れるのを必死でこらえる。



「今日は良いよ、声出して、」



 この階には人払いをしてある。遊女たちですら近づかないだろう。

 今回の目的は確かにの気晴らしもある。最近彼女は頑張りすぎで、ぐったりだった。だから美味しい食事でもしてもらって、酒でも飲んで、ゆっくりして欲しいと思ったのは、本当だ。嘘はない。一面では。



「たまってるんだよネ。俺が。」



 神威は性急にの躰を暴いていく。

 戦いは好きなので、提督として敵が増えたのはとても嬉しいし、結構楽しんでいる。だが、たまるものはたまるのだ。しかもは仕事三昧でほとんど相手をしてくれない上、神威が帰ってきたら大抵無理をしていて神威の相手をするより、睡眠と食事の方が必要な状態だった。

 おかげで相手がいるのに自己処理なんて最悪な事態になっていた。



「っか、むい?」



 まだ少し現実味のない、でも神威の意図に気づいたのか、うわずった高い声で名前を呼んでくる。



「はは、頑張ってネ。



 神威はにんまりと笑って、腕の中にいる女を強く抱きしめた。


下心