「ふふふふふ、丁か半か、」
薄暗い牢に声が響き渡る。高く色っぽい声音。牢の前にしゃがみ込んで、神威はにっこりと笑う。
「じゃあ、丁で。」
「じゃあ、わたしは、半で。」
は神威と反対を選んだ。からからと音がして、ゆっくりとコップを開くと女はふふふふとまた笑った。
「半じゃ。」
「あらら、負けちった。」
「あぁ、勝った。」
くだらないやりとりをしていると、と神威の後ろにいた阿伏兎が、クツクツと笑った。
「嘆かわしいねぇ。春雨第四師団団長と言えばかつては闇に咲く一輪の花なんぞといわれていたもんだが、派閥争いで居場所を失い、組織の金持ち逃げしてどこに姿を消しちまったと思ってたら、まさかこんな姿でご帰還とはなぁ。」
「へぇ、美人だって聞いてたんだけど。男もこんな好きとか、よくわかんないねぇ。」
は牢の中にいる女をまじまじと観察して、首を傾げる。
孔雀姫と呼ばれるほどに美しかったと言うが、はその頃の彼女など知らない。今の彼女からはそのような覇気も何もなく、まるで廃人だ。女としての価値云々の前に、不気味な闇を背負っていて、魅力的だとは生憎思えない。
「ほんとだね、まさか阿伏兎の好みがこんなこういう女狐だったなんて」
神威もの言葉に賛同して、牢の中にいる女を眺める。
「ガキにはわかるまい、世の中何でも手のひらサイズ、になっちまったがねぇ、女だけは手にもてあますくらいが丁度良いんだ。」
「DSくらい?」
「プレステくらい?」
「いんや、メガドライブくらいだ。」
顎に手を当てて、阿伏兎はふふっと笑う。神威はしゃがみ込んでいたが身を起こし、ふぅんと納得したように笑う。
「なるほど、道理で今まで探し回っても見つからないわけだ。なんて言っても阿伏兎お気に入りのメガドライブだもんね。でも、あっちにも居場所がなかったみたいだね。」
神威が立ち上がったので、も立ち上がってほこりのついた袴の裾を払う。
「ばくちが過ぎたね、彼女も、おまえも、」
神威は阿伏兎を振り返り、表情の読めない青い瞳を細めて見せた。神威はその言葉の意図に気づき、途端に青い顔をする。
「おーい、妙な勘ぐりはやめろ、どっかの馬鹿団長じゃねぇんだ、仕事に私情を持ち込んでたまるか。」
「はいはい。」
「そもそもこいつは面も名も変えて、地球に逃げてたんだぞ、んなの知るわけ」
「はいはい。」
「それにNintendo派で、Sega派じゃねーし。」
「はいはい。、フード被っておきなよ。」
「はーい。」
神威は適当に阿伏兎の言っていることをいなして、の羽織に手を伸ばす。彼女の薄い灰色の羽織にはフードがついていて、それを神威は彼女にかぶせた。春雨の母艦では女であるはあまりに目立つ。余計な争いごとを避けるために、だいたいフードを被っていた。
とはいえ、もう第七師団にいる参謀兼会計役のは有名なのだが。
「ねぇ。聞いてる?!」
阿伏兎は話を全く聞いていない二人に怒りをぶつけるが、神威とは相変わらずどこ吹く風だ。
「そういや、華陀って傭兵部族のなんだっけ、しんらとかいうのじゃなかった?」
はそう言ってちらりと神威を見やる。
随分前に神威に言われて傭兵部族をいくつか調べたことがある。第七師団が第四師団の元団長、華陀を見つけたかった理由は、彼女が傭兵部族の出身だったからだ。とはいえ仕事に関係のないことなので、は熱心には探さなかったわけだが。
「これで戦う相手がいなくなっちゃったねえ、」
「まぁいいさ、辰羅の連中お得意の集団戦術とやらとやりあってみたかったけど、さしじゃ夜兎には遠く及ばない雑兵集団。結果は見えてるもんね。」
神威は歩き出し、肩をすくめて細く息を吐く。
春雨の母艦の廊下は硝子張りになっていて、そこから他の師団の団員が行き来する様が見える。多種多様な種族が行き交う、ゴミの吹きだまり。それが海賊だ。
廊下の先を見れば、そこに毒々しい紫の着物を着崩した、男がいる。それはの隣に昔いた男。
「そんなことより、またあいつらに手柄とられちゃったね」
きらりと鋭い殺意を青い瞳に宿らせる。
廊下の先は灯りがないのか真っ暗だが、神威は迷うことなくただ目の前の敵を倒すために、よどみなく進む。だからは彼の隣で、同じように胸を張って、前だけを見て、過去を振り返ることなく足を踏み出す。
「さて、次はどこに行くの?」
は小さな笑みを浮かべる。
腰にある刀を振るう理由は、昔も今もあまり変わっていない。ただ、迷いのなさも、そして心のあり方も、強さも変わった。は何があっても彼と行く。そう決めた。
昔など、振り返ったりしない。
「そろそろ本気でお礼しに行かないと行けないかもね。侍に。」
神威は高杉に向けて殺気を向ける。それに返す彼の笑みもまた、歪んで殺気にまみれたものだった。
丁か半か