「銀さぁああああああああああああああああああああん!」



 酷い叫び声とともに、新八は玄関で腰を抜かした。




「何アルか?お化けでも尋ねてきたアルか?」




 けだるそうな口調で言って、ソファーから立ち上がって玄関が見える廊下に食べかけの卵かけご飯を携えたまま足を進めていた神楽も、玄関を見るなり、べしゃっと音を立てて卵かけご飯を落とした。



「おいおい、マジでおまえら、お化けでも尋ねてきたのか?」



 銀時は苺牛乳をすすっていたが、目を細くして立ち上がり、玄関口を見て、同じように呆然とした。

 新八が腰を抜かして座り込んでいる先、そこには傘をさしたオレンジ色の明るい髪の男がいて、にこにこ薄気味悪い殺意にまみれた笑みを浮かべて立っている、



「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、ちょっと待てや、なんでこんなところにいんだよ。」




 銀時は苺牛乳のパックを取り落とした。卵かけご飯と苺牛乳がミスマッチなミックスを床で繰り広げているが、気にならない。




「あはは、殺しに来たヨー」




 神威、神楽の兄で戦闘狂、しかも銀時に目をつけていて殺したいと思っているであろう男が、軽い調子でそこにいた。正直挨拶代わりとでも言うようにひらひらと手を振られても、地獄へ行けと言われているようにしか見えない。

 流石にこの朝っぱらから戦闘なんて、しかも我が家でなんてしゃれにならない。一体どうすれば良いのかと頭を悩ませていると、「なーんてね、」と神威が後ろを振り返った。



「ちょっと、ばりばり知り合いの家なんだけど、本当にあってるの?」

「えー、坂本の話じゃあってると思うよ。」

「でもあいつ馬鹿だろ。」

「馬鹿だけどね。馬鹿だけど、馬鹿本は当てにならなくても、陸奥さんの言うことは正しいんじゃないかなって思うんだよね。」



 高く、銀時にとっては聞き馴染みの、でもここ数年は全く聞いていない、酷く懐かしい声音が響く。

 神威が玄関から一歩下がる。それとともにひょこっと顔を出したのは、フードのついた着物で顔を隠した、若そうな女だった。神威がそのフードを後ろから引っ張る。

 こぼれたのは収まりの悪そうな銀色の癖毛。それを高くもない、低くもない位置で緋色のリボンで一つに束ねた女は、年の頃は神威とそう変わらないだろう。ただそれよりもそつなく整った顔立ちに、神楽と新八は眼を丸くして、後ろの銀髪天ぱの男を見る。



「あってんじゃん。間違ってないよ。お兄だよ、わたしの。」

「こいつ俺が殺したい銀髪の侍だよ?」



 神威はにこっと女に笑う。女は少し考えるそぶりを見せて、困ったような顔をしてから銀時に目を向けて、少しはにかむように苦笑した。

















「てめぇ、なんでこんなところにいやがんだ。万屋から出てけーー!!」

「ちょっと神楽ちゃん!ストップ!!」




 今にも襲っていかんばかりの神楽を羽交い締めにして必死で新八が止めている。そんな姿を見て、は思わず大きなため息をついた。

 どうやら彼は妹に相当嫌われているらしい。




「いやぁ、坂本からお兄の消息を聞いてさ、久々に地球にも下りたし、ちょっと時間も出来たし。訪ねてみようかなぁと思ったら、まさかお兄が神威の言ってた銀髪の侍だとはねぇ。」




 新八に出してもらったお茶をすすりながら、は久方ぶりの兄を眺める。神威はにこにこと相変わらず不適なというか不気味な笑みを浮かべて、今のところ大人しくの隣に座っていた。



「ってかさぁ、おまえの男がこいつとか、どんな目してんだよ。眼科行け、眼科!」




 銀時は額を手のひらで覆って、青い顔で言う。



「前から言おう言おうと思ってたんだがなぁちゃんよぉ。おまえ男の趣味マジで悪いんだよ。ちょっとはこりろや。」

「女と金に、昔から縁のないお兄に男の趣味とか言われてもね。」




 はすました顔で返す。の隣で神威は足をぷらぷらさせて、「ん?」と笑う。は彼を改めて見て、にっこりと笑う。




「うん、違う意味でなかなか見る目はあると思うよ。強いし。」

「そういうことばっかり言ってから変なのばっかに引っかかるんじゃねぇか!何で品行方正な苦労しなさそうな奴と一緒になれないんだよ!」

「お兄が育てたからじゃない?自分の友達振り返れよ。」

「…ごもっともです。」




 物心ついた頃に戦争で両親は亡くなっており、乳飲み子のを抱え、銀時は追いはぎをして暮らしていた。松陽に拾われてからも坂田家に二人そろって養子にとられたし、が攘夷戦争から足を洗うまで、兄妹二人、一度も離れたことなく、寄り添い合って生きていた。

 当然だがの周りの男は、銀時の友人や悪友や、ひとまず銀時の関係者だ。当然男を見る目を育てたのも多分銀時だった。思い返せばの周りにはろくな男がいなかったような気がする。そりゃ銀時の友達なのだから仕方がない。



「お兄もさ。やっかいごとに巻き込まれるのの天才だよね、昔から。どうやったら一般市民が神威に気に入られるんだよ。」

「そのセリフそっくりそのまま返すぞ。どこでこんな戦闘狂と会うんだ。おまえ。どこに住んでた。海賊の森か?傭兵の森か?」

「流れ者の町かな。」

「そりゃ大変結構なこった。」



 銀時は鼻をほじりながら、それをふっと自分の吐息で飛ばす。




「まさか兄妹とはね。確かに似てるかも?」




 神威は面白そうにと銀時の顔を交互に見る。

 銀時を見た時、に感じたのと同じ高揚感を抱いたし、改めて二人並べてみるとよく似ている。気づかなかった自分が不思議なほど、兄妹だと言われればしっくりきた。

 とはいえと銀時は天然パーマと銀髪こそ同じだが、雰囲気はそれほど似ているとは思えない。年齢と性別の差もあるのだろう。




「心外だな。全然似てないよ。お兄馬鹿だし。変わってないよね。相変わらず貧乏くさい。」

「昔っから金に縁はねぇんだよ。」

「あははは、だねぇ。」




 そういうとこも変わってない、とはころころと笑う。その笑顔は確かに昔よりも随分と大人になったが、無邪気さは変わっていないように見えた。



「おまえは金に困ってなさそうだな。」

「ないねぇ。今は神威と一緒に楽しく人殺し生活さぁ。一応正式に春雨に会計役として雇われてるから、結構良い金もらってるよ。」




 春雨という海賊に身を置くというのは、決して簡単なことではないだろう。人を殺す意味も、彼女には今はいたいほどわかっているはずだ。しかし、曇りのないの表情から、彼女がそれを納得し、また楽しんでいることがわかり、思わず銀時は小さく笑ってしまった。

 こんな風に楽しそうな彼女の顔を見るのは、攘夷戦争が始まる前、まだ楽しかった、皆がいた頃以来かも知れない。



「ま、おまえが無事で良かったさ。」




 銀時は天井を見上げて、細く息を吐く。

 攘夷志士として、すぐに指名手配をされ、事件をおこし、そのことによって所在や無事の知れた高杉や桂と違い、は指名手配をされていながら、音沙汰なし。幕府側も生存を攘夷戦争終結時から確認できておらず、ほぼ死亡した扱いになっていた。

 が攘夷戦争を抜けたのは松陽が殺される本当に直前のことで、混乱の中金だけは持っていたが、女一人、どこかで死んでしまったのではないかと思っていた。

 坂本からが生きていると数年ぶりに聞いた時は、足下から崩れ落ちるような心地がしたほどだ。



「なぁ、。」

「ん?」

「先生の最期、聞いたか?」



 銀時は天井を見上げたまま、に目を向けずに尋ねた。



「知らない。でも、良いんだよ。わたしはお兄たちと違って、処刑される直前に会わせてもらったんだし。」



 は懐かしそうに、そして悲しそうに笑って目を細める。

 彼女は松陽が死んだ場に立ち会ってはいない。だからその別れには心残りがあるだろうと思っていたが、の表情はいっそ清々しかった。もちろん身を切るような悲しみと絶望はあっただろう。だが、納得しているのだ。



「お兄たちよりずっとわたしは恵まれてるよ。たくさん与えてもらったしね。」




 は自分の腹を撫でる。

 もうそこに命はないけれど、には確かにあの時、絶望の中で強くなるため、自分を守るための大きな希望がそこにあった。



「ま、結局みーんなしぶとく生きてて、本当に仕方ないよね。」

「本当にな。山のように死んだのにな。」




 攘夷戦争で、たちはこれ以上ないほど多くの仲間や友人を失った。なのに、幼馴染み4人は全員生きているのだから、運命なんて実に数奇なものだと思った。