「ところで、」




 柔らかな、穏やかな空気を纏っていた銀時が、低い声で、鋭い目をに向ける。



「定々を殺したのはおまえか。」 



 と宇宙海賊・春雨の神威が元将軍、定々がついこの間暗殺されたばかりでここにいるというのは、あまりにタイミングが良すぎる。天導衆に肩入れしているのか、それとも違うのかはわからないが、偶然ではないだろう。



「え、」



 凍り付くような空気に、神楽と新八が目を丸くする。



「おまえならできねぇ話じゃねえだろ。」



 銀時はを探るように、一挙一動を見逃さぬように目をこらす。

 は剣術の腕も師範代級だが、頭の方も切れる。宇宙海賊春雨の後援まで受けているのならば、元将軍の定々を殺す算段をつけるくらい、別に難しくないだろう。穏やかに話しているが、が松陽や義父の処刑を命じた定々を許すとは思えない。




「…」




 神威が机に肘をついてを見ている中、は柔らかに、そして清らかに微笑んで見せた。




「壮観だった。」




 は確かに定々の処刑を見に行った。

 あの男と対面するのは、二度目だった。昔松陽につれられて一度だけ、はあの男に謁見したことがあった。相変わらず私欲に肥え太った彼は、到底松陽の死の代償としては軽すぎるほど価値のない人間で、には晋助が手にかけるだけの意味があるのかすらも分からなかった。

 だがそれでも、暗殺すると言われた時、それを見届けたいと思った。




「勘違いしないでよ。わたしが殺したわけじゃない。まぁ見てて、もちろん止めなかったけど。」




 は肩を竦めて、目を閉じる。




「先生、怒ってるだろうなぁ。」




 彼はこんな事、望んでいなかっただろう。きっと彼岸で、無様に泣きわめく定々を悲しい目で見守っているに違いない。そして、や晋助、銀時や自分の教え子たちの行く末を、案じているはずだ。誰よりも。




「見た感想は?」

「…胸くそ悪いもの見た。ただの豚だったよ。」




 は小さく笑うしかなかった。

 奴を殺した時の恍惚とした晋助の表情と裏腹に、の心は冷めるばかりだった。心が満たされることなど、心が慰められる要素などありはしない。自分の無力さと、悲しみを改めて突きつけられるようだった。




「あんな屑一人の死で贖えるほど、先生の死は軽くない。」




 抵抗も出来ない、あがくことも出来ない、ただ無様に叫ぶだけの、肥え太ったただの屑のために先生が死んだと思うのは、あまりにも酷すぎる。




「そりゃ嬉しいお知らせだな。とうとうおまえまで高杉に毒されたのかと思ったぜ。」




 銀時は軽く笑って見せた。

 が定々の暗殺を見に行ったのは間違いないだろうが、手にかけたというわけではないらしい。要するには高杉とは違い、全てを憎んで壊したがっているわけではない。そういう点では、やはりもかわっていないと言うことだ。

 ただし、にとっても銀時にとっても定々は怨敵だ。

 暗殺しようとしている相手を止めるほど優しくはないし、それを見たいと思ったの気持ちも銀時には十分に理解できる。だがやっぱりはどこまでもだった。




「誰よりも彼の隣にいて、毒されなかったわたしがいまさら、」




 長い間幼なじみとして幼い頃から彼に寄り添ってきた。恋人として妻として、そして戦友として攘夷戦争が始まってからも、人生の中のもっとも長い時間を高杉と共に歩んできた。それでも変わらなかった考えが、今更変わるはずもない。

 はもともと松陽を取り戻したいというよりは、ただただ、一緒にいたかったんだろう。

 にとっての大切な仲間である高杉が、桂が、兄である銀時が、そしてたくさんの松陽たちの教え子が、戦場に行くと言った。彼女はただ、彼らと一緒にいたかっただけだ。そのために武器を作り、戦略を考え、それによって多くの人を殺した。

 一緒にいたかった、大切な人たちと、それだけだった。でもそれがもう戻らないものだとわかった時、は動けなくなってしまった。




「でも、わたしには守りたいものがあるのさ。」



 は小さく笑う。

 それまではただ一緒にいたいだけだった。一緒にいたいだけだから何もわからず、いつも松陽に、兄に、高杉に、桂に助けられて、守られて生きていた。そんなに、しか守れない命が出来た。だから、はやめたのだ。

 本当はきっと一緒にいることが重要なのではなかった。はどこまでも馬鹿だったのだ。




「ま、もう一度言っておくけど、わたしは、見に行っただけだよ。」




 は晋助が定々を殺すことを狙っていると聞いた時、自分も見に行くと言い張った。神威に頼み込んで、行かせてもらった。

 もっと定々を殺せば、痛快に笑えると思っていた。

 そして、自分が実際に定々を見てどんな感情を抱くのか、晋助のようにすべてを壊したくなるのか、知りたかったから。

 結局それはあり得ない話だったし、ただ自分の中での区切りにはなった。




「やっぱりわたしは仇討ちなんてどうでも良いよ。そんなことしたって、先生や仲間たちは帰って来やしない。」





 すべてを壊したい、そう願う晋助にはやっぱり賛同できない。今のにはの守りたいものがあり、壊そうとしている彼と利害の一致から共闘することはあっても、本質的には目指すものが違うのだとわかった。

 松陽を死に追いやった世界が憎いのではない。松陽が生きた意味が世界に残らない方が、悲しい。だからは進み続けなければならない。彼が生きた『意味』を守るために。

 自分自身もまた、彼が生きた『意味』そのものだから。




「ま、わたしはやっぱり海賊王になる神威のお供をしますわ。気楽で楽しくいけそうだ。」




 晋助とともに歩む日はおそらく来ない。

 今のにはの守りたいものがある。そして銀時には銀時の守りたいものがあるだろう。きっと小太郎も同じだ。それで良い。大切なものを壊そうする奴は、昔の仲間であろうと親友だろうと幼馴染みだろうと、敵だ。




「どっちにしろ、今の私にとっては神威が一番大事。だからお兄も歯牙にかかったら敵ね。」

「物騒だな。相変わらず。どっかでぽっくりいくぞおまえ。」




 は昔からちっとも銀時の言うことを聞かない。当然、銀時もの言うことなど聞かない。お互いたった一人の肉親同士、兄妹として愛しく思っているのは当然だが、だからこそお互いの生き方を尊重している。



「大丈夫だよ。俺の子供を産むまでは殺させたりしないから。」




 神威はにこにこ笑って、に隣から抱きつく。




「とか言いながらね、結構わたしを本気で殺しに来るんだよ。楽しいんだって。」

「そんなこと言って死んでないじゃん。それにだって殺す気で抵抗してくるだろ。」

「そりゃね。殺す気で行かなきゃこっちが殺されるからね。」




 は気のない様子で冷たく言った。

 子供を産むまでは殺さないとか言いながらも、戯れに殺しに来ることはある。それを常に撃退するから、出来るから生き残っているだけであって、一度でも失敗していればはここにいない。芸は身を助くというが、まさにその通りだ。




「はっ、大将を決めなかったおまえの大将は宇宙一の海賊王にでもなるのか?またどでかいねぇ。」




 銀時は妹に呆れつつも、彼女の求めていたものを知っていた。

 幼い頃から学業にも芸事にも優れていたが、周りのしがらみもあり、女という身分もあり、なかなか勝手なことは出来ず、いつも兄である自分の庇護下に彼女を留めていた気がする。それは自分が彼女を心配だという気持ちもあったが、彼女自身も自分の行ける範囲を勝手に定めていただろう。

 だが、元々彼女はたくさんのものを見たがっていたし、広い世界に憧れていた。



「そーいや、最初に江戸に行きたいって言いだしたのもおまえだったっけ?」

「あはは、そうだったね。無理矢理いこうとして怒られたっけ。子供だったなぁ。江戸なんかが大きい気がしたんだよ。」




 田舎で育った幼い頃のには、江戸という大都市が大きく見えたのだ。憧れた。



「おまえは地球なんかに留まっていられる奴じゃなかったってことかね、結局。」

「かもね。ま、その辺はわたしを拾ってくれた神威に感謝だけど。」

「こんちくしょー。なんでそんなのに拾われるんだよ。おまえ、本当に男見る目だけはねぇ。」





 銀時は頭痛がすると呟いて、頭を押さえた。はケラケラと笑っている。

 夫だった晋助も銀時とは全くそりが合わなかったが、それは今回の神威も同じらしい。というか晋助も神威も銀時を殺そうとしているという点では同じだった。



「あははは、わたしの男の共通点って、お兄を殺しに行くことかもねぇ。」

ちゃん、俺になんか恨みでもあんの?」




 ころころ笑うを見て、銀時は深くため息をついた。



未来を見据える目