「エイリアンハンター…、ねぇ。」
は書類を貼り付けたボードを持って、軽く小首を傾げて目の前の男を眺めた。
目の前にいるのはどこでもいそうな中年の親父だ。身長はそれほど高くないだろう。まぁるいバーコードはげの頭にちょびひげだ。別にそれほど若いときハンサムだったとは想像できない冴えない容姿、夜兎の特徴である傘以外にそれほど目立ったところはない。
これが宇宙最強のエイリアンハンターだと言われても、その辺で酒でも飲んでそうなおじさんとしか見えなかった。
「こんなところでいたら、死ぬぞ、お嬢さん。」
まっとうな心配をしてくれるところも、普通のおじさんだ。
「すいません。わたし、今回のエイリアン狩りの担当者で、第七師団の参謀兼会計のって言います。よろしくお願いします。なんで、ここわたしの仕事場です。」
はあっさりと返して、資料をもう一度ざっと眺める。
今回はある星を占拠しているエイリアンを駆逐することになっている。雑魚もたくさんいるため第七師団の団員にも出てもらうが、親玉を殺すために手練れが少し足りないので、手っ取り早くエイリアンハンターとして有名な星海坊主を雇うことになったのだ。
このエイリアン狩りのアレンジメントはが行っているので、というか基本的に第七師団の任務と予算はが決めているので、がここから逃げることなど出来るはずもない。だいたいのことは、計画通りだ。
ただ唯一の誤算は、はの後ろから腕を回し、肩に重みをかけている男が鬱陶しいことだ。小さくため息をついて、彼の頭を資料をつけたボードで軽く叩いた。
「神威。イソギンチャクみたいにわたしにくっついてる暇があったら、荷物の準備でもしたら?」
「イソギンチャクって酷いよ、せめて番犬とかさ」
「番犬はわたしにひっつきません。ちゃんと番してるでしょ。」
「誰かが襲ってきたら、ちゃんと噛みついてあげるヨ」
「いらないよ。自分で始末するから。」
「酷いなぁ。ま、強いから好きなんだけどね。」
神威は少しむっとした顔をして見せたが、ぐりぐりとの肩に頭をすりつける。は猫のような彼の仕草に呆れながら、肩に乗っている神威の腕が肩こりを助長するような気がして、書類のボードで彼を宥めるようによしよしと撫でておいた。
先日が宇宙海賊・春雨の母艦に報告と元老の終月に会っていたため、しばらく神威を置いて第七師団を空けていた。そのため性欲的な意味でたまっているのだろう。先ほど帰ってきたばかりのにべったりだ。
ただそんなことは最初からわかっていたので、わざわざエイリアン狩りの任務を元老たちからもらってきたのだ。
「神威重たい、これから終わってない書類片付けるんだから、勘弁してよ。まっすぐ立って。」
「殺したいなぁ。」
神威はうっそりと青い瞳を細めて呟く。は目の前の冴えない中年の親父を見て、神威をもう一度見てから、首を傾げた。
同じ夜兎で、しかもエイリアンバスターとしては非常に有名な人物。強いんだろう。だが何故これほど目の前の中年男を殺したがっているのか、はよくわからなかったが、どちらにしても、今殺してもらっては困る。
「、殺しても…」
「やめてくれる?もう前金払ってるんだし。」
は神威の言葉をあっさりと遮って、書類をまた確認する。
「でも殺したいんだよ。聞いてる?」
「神威こそわたしの話、聞いてた?アルツハイマー?若年性は危ないらしいね。」
「が先に死ぬ?でも殺したいよ。」
後ろにいる神威は先ほどから同じ言葉しか反芻していない。を洗脳するかのごとき勢いで繰り返しているが、そんなことで従うようなではないし、前金を払っている限りは払倒しなどまっぴらごめんだ。
二人そろって怪我をしてもらっても困る。
「今回は大きな仕事だからね。しっかりして。それにこの人結構強いらしいから。あ、エイリアンも強いらしいよ。」
「エイリアンなんて面白くないよ。」
「面白いじゃない。大陸ごとエイリアンに占拠されたらしいし。」
「…そうなんだけどさぁ、」
神威はしつこくごねる。どうやらエイリアンというのが不満らしい。そんなことはわかっていたが、第七師団の団員も多くが行く予定だし、元老からもらってきた直々の任務だ。がすすんでもらってきたのだが。まぁともかく、行ってもらわねば困る。
「ひとまず、お仕事ですよ。行っておいで。」
は神威の腕から逃れ、振り返って神威に人差し指を突きつけて言う。
「行っておいでって、も行くんでしょ。」
神威はきょとんとして、その可愛らしい青色の瞳をわざとらしく瞬く。
「え、わたしは第七師団の母艦に残るよ。書類あるし。」
は自分の書類机の上に遠慮もなくそびえ立っている書類の山を、ぽんと叩いた。
それにこれで神威につれて行かれたら、任務地につくまで彼の性欲処理役まっしぐらだ。それでなくともは春雨の母艦に行っていて忙しかったし、書類の処理など全くしていない。この上神威の相手までしていたらいつまでたっても書類が終わらない。
「も来るよね」
「え?なんで、」
「まさか来ないなんて言わないよね?」
脅すようににこにこ笑って、ぽんっと神威はの肩にそれぞれの手をのせる。はひこひこ無邪気に揺れているアホ毛を引っこ抜きたい気持ちになったが、ここで事を構えるのは得策ではない。
は頭の中でどうやり過ごすか、細められている青い瞳を眺めながら、必死で考えた。
誤算
はなにか裏で考えていることがある時、じっとなにかを見つめる癖がある。それは言い訳を考えているからだろう。
でも今回のごまかしはあからさますぎる。
唐突に元老からとってきた任務が、エイリアン狩りだと言うのには驚いたが、理由はわかっている。丁度はしばらく春雨の母艦に報告に行っていたから、神威と離れていた。
まぁ、健康的な男なら、恋人としばらく離れていればたまるものもある。比較的、というか間違いなく絶倫の気のある神威の相手をするのが嫌で、さっさと任務に出して、母艦に行っていた間にたまった書類の処理が終わるまで、当座うやむやにしてしまおうと思ったのだろう。
神威が言うのも何だが、実に安易な発想である。
は賢いし、人心掌握もうまい。神威でも感動するほど器用なのだが、自分のことになるとあまりに適当で杜撰なのだ。しかもひとりでしょいこむ。
「部下の仕事、邪魔しないでよ。書類誰も片付けてないんだから。」
いつもはあまり焦らない、平坦な色合いしか映さない、漆黒の瞳に、少し慌てるような、感情の光が宿っている。
「え?を部下だなんて思ったことないよ。」
神威はにっこりと笑って、引きつった笑みを浮かべているを見下ろす。
阿伏兎を自分の部下だと思ったことはあるが、はあくまで“自分のもの”だ。たまたま彼女が働きたがっているし、子供のためにお金が欲しいと言っていたため第七師団に所属することを許したが、別にが人を殺す姿が見られるのならば、別にどうでも良い。
正直働いて欲しいなんて、欠片も思っていない。
「俺のものは持ち運び自由でしょ?」
彼女の細い肩に手をかけて、心がけてにっこりと笑う。
「え、わたし書類が。」
彼女は一歩神威から後ずさろうとするが、神威の手はそれを許さない。本当に彼女は賢いくせに、往生際が悪い。もう諦めれば良いのにと思って、わざと後ろにいる星海坊主に聞こえないように、彼女の耳元に唇を寄せる。
「お預けさせられてるんだから、許されるよねぇ。」
の肩がびくりと跳ねて、心底まずそうな、困った顔をする。そういう顔も面白いなぁと思いながら、軽く彼女の額に口づける。
「楽しみにしてるよ。」
「うそ。え、書類どうしよう」
は書類のボードを取り落とす。
どうやら神威に任務を押しつけて追い出し、いないのを良いことに、第七師団の母艦で書類処理をするつもりだったらしい。任務地につれて行かれ、道すがら性欲処理までさせられれば、体力が夜兎とは違う地球人のは、動けるぎりぎりだろう。
当然任務も一緒にこなすわけで、書類処理など出来る時間はありはしない。
「そもそもさぁ、仕事もう少し減らせって言ってるでしょ?アズマ構いなよ。」
神威が第七師団の団長となり、を会計役として正式に雇ってから、彼女が口にするのはいつも書類の処理の心配ばかりだ。
自分の息子である東の食事や健康、安全に関しては気を配っているが、それ以外に特別構うこともない。第七師団の団員も危険であるため、や神威が一緒にいない限り、幼子の東は外に出られない。だから本来ならもっと息子とともに外に出なければならないはずだ。
それにもかかわらず、は書類書類で子供に構わない。むしろ東は多くの時間を神威と過ごしているくらいだ。
「うん。えっと、」
「えっとじゃないよ。ちょっと後で家庭生活に関して、お話し合いだね。」
「ええええ!?わたしそんなに問題あったっけ?」
「いろいろ大ありだよ。」
神威はため息をついて、べしっとの額を軽く叩いて壁に立てかけてあった傘を手に取る。
「ま、相手してもらうよ。大丈夫大丈夫、おまえ若いから。」
「え、マジで。」
は心底嫌そうに取り落とした書類ボードを床から拾い上げた。
「ところでさ、。」
「ん?」
「一応確認しとくけど、それ、呼んだの偶然?」
神威は傘を星海坊主に向ける。
に父親を殺そうとして殺されかけた話はしたことがあるが、それが星海坊主だと話したことはない。恐ろしい程賢い彼女ならば探し当てる可能性はある。ただ彼女は女のくせに執念深さも女々しさもなかった。
だから、確認だ。確認。
「おまえそれとはなんだ!それとは!!」
「黙れよ。」
神威は叫んでくる父親に殺意にまみれた青い瞳で返す。ここでドンパチをやり始めても良いほど、苛々している。は何でもなくじっと神威の傘の先を眺めていたが、机の上に書類のボードを置き、左手で自分の腰にぶら下がっている刀の鍔を親指で上げた。
かちゃっと金属の音がする。
「まず、傘、下ろして。」
は漆黒の瞳をまっすぐ神威に、少しトーンを落とした静かな声を向ける。神威は青色の瞳を丸くしてから、殺意にまみれた、お気に入りの玩具を見つけた時のような、心底楽しそうな笑みを浮かべた。
これだから彼女を側に置くのはやめられない。その刃のような、漆黒の瞳に宿る鋭い光は、いつも神威を夢中にさせる。星海坊主に向けていた傘をぐっと握りしめて、神威が矛先をに変えようとした時、突然部屋の扉が開いた。
「おーい、おまえさんたち帰ってきてんなら、いい加減俺に子守させんのやめてくれね?」
阿伏兎がノックもなしに、肩に小さな東を抱えて入ってくる。
「…本当におまえ、空気読めないよね。」
神威は良いところを邪魔されたため、その傘と殺意の矛先を向けるところを阿伏兎に定めた。
神威は阿伏兎の肩にいた東を片手に抱え、ついでに阿伏兎を思いっきり傘で殴り飛ばす。東は神威に片手で抱きかかえられてぐらぐらしていたが、もう慣れてしまっているためぐずりもしない。むしろはしゃいで歓声を上げていた。
「え、ちょっ、おじさん死んじゃう!!ちょおおおおお!!ちゃぁああん!助けてええええ!!」
阿伏兎の大きな悲鳴が聞こえたが、は聞こえないことにして、止めもしない。
「阿伏兎って、本当に勇者ね。」
は目尻を下げ、呟くだけだった。
浅はか