神威と阿伏兎が部屋から去った後、その女は改めて資料を挟んでいたボードを手に取った。


「騒がしくてすいません。仕事に支障が出ないように、言って聞かせますんで、仕事はよろしくお願いします。」


 真剣な表情で、彼女は資料を星海坊主に渡してきた。

 きちんとクリップで留められた資料は、今回のエイリアン狩りの標的の情報なのだろう。それほど枚数は多くないが、要点がしっかり押さえられた資料が、彼女の几帳面さと端的さを物語る。事務処理能力が高いのだろう。


 彼女は荒くれ者の住処、宇宙海賊春雨の中でも戦闘集団として有名な第七師団に雇われているわりに、星海坊主の目から見ても普通だった。

 地球人だろう。長くてひこひこよく跳ねた銀色の癖毛を赤い髪紐で高くも低くもない場所で一つに束ねている。身に纏っているのは着物と呼ばれる地球人が着る服で、深い臙脂に白い花の着物に、下は紺色の袴だ。

 顔立ちはそつなく整っていて、漆黒の瞳は年齢の割に落ち着きすぎていて、常は少しぼんやりとして見える。目尻が少し下がっているところも、何やらぼんやりして見える理由だろう。年頃としては少女とも、女性とも言える、そしてどちらともいえない中途半端な感じだ。

 体躯は華奢で、ちっとも強そうには見えない。



「嬢ちゃん、俺が誰か知ってるか?」



 星海坊主は彼女に思わず尋ねる。彼女は星海坊主を見上げて、漆黒の瞳を何度か瞬いたが、軽く首を傾げて資料をまた見る。



「エイリアンハンター、ですよね?」

「…」



 どうやら彼女は、星海坊主が神威の父親であると言うことを知らなかったらしい。知り合いだとすらも気づいていないだろう。



「わからないところがあったら、聞いてくださいね。」



 資料のことで悩んでいると思ったのか、彼女はくすりとも笑わず、淡々と言う。



「いや、違う。違う。あの、嬢ちゃん、神威とはどういう関係で?」



 先ほどの親密な様子から、ある程度二人の関係は予想できる。だが、正直星海坊主は手が震えるほど緊張していた。

 自分の腕をとって家を出た息子の恋人が、こんな普通の女なんて聞いていない。ましてやろくでなしの息子の恋人に、一体どんな挨拶をすれば良いのか、戦いしか知らず、正直経験のない星海坊主には目の前が真っ暗になるほどわからない。

 ストレスだけで髪の毛が抜けそうだ。



「…神威?」



 彼女は少し考え込むように口元に手を当てて、「お気に入り?」と首を傾げた。



「お、おきにいり、そ、そうか…」



 人様の娘に、なんて中途半端な関係を強いているのだと、目眩がする。

 星海坊主自身も出来婚だったわけだが、だからといって娘が生まれてみればそんな男に娘をやりたくないわけで、息子がろくでなしには育てたくない、いや、既に暴力的な意味ではろくでなしなわけだが、それでも全うに女性とつきあって欲しいと思っている。

 だがなんと口に出して良いかわからず、頭を抱えていると、彼女は漆黒の瞳をぱちぱちと二度瞬いた。



「あのもしかして、神威とお知り合いですか?」

「…知り合いって言うか、いやよく知っているって言うか、作り出したって言うか…」



 星海坊主は正直、あんな息子を持ったと言うことを考えれば、穴があったら入りたくて、思わず彼女から視線をそらす。



「作り、だした…?え、ええええええええええ!?あの、神威が腕とった父親って、貴方ですか!?」



 彼女もどうやら神威から話だけは聞いていたらしい。ひくりと唇の端を引きつらせて、眼を丸くして声を上げた。



「ご、ごめんなさい。わたし知らなくて。だから…呼んじゃった。」

「いや、お嬢さんが悪いわけじゃねぇ。」



 居心地は悪いが、神威も自分の父親の話は与太話としてしてはいても、具体的に誰かなんて話していなかったのだろう。殺し合いを繰り広げるくらい相当お互い良い関係ではないので、神威が口にしなかったのも当然だ。

 彼女が知らなかったのは仕方がない。



「あの、ひとまず言い聞かせますんで、仕事だけはよろしくお願いします。」



 は申し訳なさそうに眉を寄せて目尻を下げ、深々と頭を下げる。だが、頭を下げたいのは星海坊主の方だった。

 もう彼がいなくなってからかれこれ数年。

 基本的に音信不通で、春雨でのし上がったという噂は聞いていたが、それ以上でもそれ以下でもなかった。また宇宙海賊である春雨が時々エイリアン狩りの仕事を星海坊主に持ち込むのは常だったので、まさか家出した息子と鉢合わせるとは思いもしなかったのだ。

 星海坊主としても迂闊だった。とはいえ前金を既にもらってしまっているので仕方がない。



「…いや、本当に、えっと、あー、すまん。」



 星海坊主は肩身が狭くて、彼女の前で思わず深々と頭を下げてしまった。

 自己中で奔放、しかも戦いにしか興味のない、本能に忠実な息子だ。間違いなく彼女に恐るべき迷惑をかけているに違いない。それを思えば、父親としてもうこの場から逃げ出したいくらいに、いたたまれなかった。

面倒ごと






 真っ青な顔をして小さくなっている中年の男は、どこにでもいそうなただの親父で、は思わず自分がよく知っている神威の顔を頭の中で並べてみた。




「あんまり、似てないですね。」




 星海坊主はお世辞にもハンサムとは言えない。バーコードはげでちょびひげ。目はそれほど大きくなく、若い頃もイケメンではなかっただろう。それに対して神威はその青色の瞳はくるりとして可愛らしいし、背はそれほど高くはないが鼻筋の通った、精悍な顔つきをしている。

 年をとった神威をどれほど想像しても、今の神威に頭の中で皺をくわえてみても、どう考えても目の前の星海坊主にはなりそうになかった。



「奥様美人だったんですか?」



 が出した結論は、神威は母親に似ているのだろうと言うことだった。



「嬢ちゃん、そりゃ相当失礼な質問だぞ。」



 ひくりと口の端をひきつらせて、星海坊主が答える。



「そうですか?美人の奥様は素敵だと思いますけど。」

「いや、そういう問題じゃなくてだな。」



 言外に星海坊主が美形でないと言っていることになるのだが、は自分で言いながらそれを知らないふりをした。細かいことは神威と一緒にいるようになってから、気にしないようにしている。

 良い意味でも、悪い意味でも。




「嬢ちゃんという年頃でもないので、か、でお願いします。」

「地球人なら、名字があるだろう。」

「捨ててきました。過去と一緒に。」



 はさらりと答えて、椅子に腰を下ろした。

 自分には今のうちに終わらせなければならない仕事がある。夜になれば神威に性欲処理に使われるなら、明日遅い時間まで爆睡だ。書類を今のうちに終わらせなければ、明後日にはエイリアン狩りの任務に出るので、書類仕事が終わらないことになる。

 机に向かって書類仕事を開始すると、話は既に終わっているはずなのに、星海坊主は複雑そうな表情でを見ていた。



「わたしの顔になにかついてますか?」

「いや、見事な天然パーマだと思って」

「ご存じでしょう?髪の毛の話題ってデリケートなんですよ。」

「…嬢ちゃん、喧嘩売ってんのか。」

「お互い様でしょう。」



 はにこやかに微笑んで、判子を押し、確認した書類を別の書類の束に重ねていく。



「父親としては複雑ですか?」

「いや、その。」

「わたしは驚きましたよ。貴方みたいに普通の人が、神威のお父さんなんて。」




 は親がいないため、親というものがよくわからない。ただ兄とは天然パーマがよく似ているし、顔立ちはそうでもないが、やはり二人はよく知っている人は雰囲気や性格も似ているところがあると言っていた。

 だから、何となく神威と似たような感じの人を想像していたが、見る限り星海坊主は全く神威と似ていない。どこにでもいそうな普通のおじさんだった。

 エイリアンハンターとしての経歴を見れば、夜兎として恐るべき強さを持っているのだろうが、今のところ雰囲気と性格でしかわからない。この二つに関して、彼は普通だった。

 突然現れた息子の恋人に戸惑うところも、まさに普通の父親だ。



「神威は、あんたに一体何をしたんだ。」



 普通が驚きという発言を、星海坊主はネガティブに捉えたらしい。視線をそらして俯いてしまった。だがは小さく笑う。



「いいえ、何も。」



 彼はの人を殺す時の表情と強さが好きだという。

 何とも言えないディープで、チープな殺し文句で、喜んで良いのか悲しんで良いのか、複雑な褒め言葉だが、彼がに無体を強いたことは、せいぜいその絶倫の処理くらいだ。もう神威と一緒にいるようになって随分たったが、神威はよくしてくれている。に対しても、そして連れ子である東に対してもだ。



「父親の俺がこんなことを言うのも複雑なんだが、あいつはやめておいた方が良いぞ。」



 真剣な顔で、海坊主はに言う。

 彼にも彼で、父親として思う所があるのだろう。神威から前に父親を殺そうとして返り討ちに遭ったというのは、笑い話として聞いた気がする。それを二人でいる、しかもピロートークとして話したのだから、色気もへったくれもあった物では無い。



「わたし子持ちなんですよ。」



 はへらっと笑って見せる。途端に、星海坊主は俯いていたが、ばっとこちらを振り向いた。



「え、え、嬢ちゃん、いくつだ?」

「わたし、10代前半で結婚したんですよ。まぁ、神威よりは年上ですけど。」



 若くして結婚して子供を産んだため、はまだ10代だ。神威ともそれほど年齢が違うわけではない。ただ、年上なのは間違いなかったし、子供がいると言うこと自体が大きなマイナスであることも知っていた。




「父親の貴方に言うのも何ですが、子持ちの女を強いからだけで相手にしてくれるのは、神威だけですよ。」

「…いや、え、え、」



 星海坊主はろくでなし息子と、子持ち女のコンビの事実が受け入れきれないらしい。酷く狼狽した表情をしていて、気の毒だった。

 とはいえ、も忙しいので構っている暇もない。



「じゃあ、わからないことがあったら聞いてくださいね。」

「いや、あの、色々聞きたいことがあるんだが、嬢ちゃん、」

「嬢ちゃんって年齢じゃないって言いましたよね。忙しいのでまた今度にしてください。」




 はにこやかに笑って、星海坊主を部屋から追い出した。




愛情か利害の一致