神威はベッドの上で裸のまま毛布にくるまり、足をぱたぱたさせる。隣に視線をやれば、長い銀髪癖毛の女がうつぶせで寝そべったまま、一糸まとわぬ姿で毛布を躰に巻いて資料をめくっていた。
「何してんの、」
半分彼女の上半身にのしかかるようにして、資料をのぞき込む。
「重たいよ、神威。明日っていうか、今日の昼のエイリアンの生態の追加資料を読んでるんだよ。」
時計を見ればもう夜中の2時を過ぎている。昼過ぎにはエイリアン狩りをする予定の星に着き、任務を開始する予定だ。
「そんなの行ってから考えたら良いだろ?」
「いや、そういう人が多いから死ぬ人が多いんじゃないかな。」
「良いじゃん次が来るから。」
第七師団で神威が団長になり、が正式に参謀兼会計役となった途端、その権限を利用して財政の透明化に成功、同時に医療や衛生状態の改善をし、医療部隊を設立、春雨でも典型的な荒くれ者の塊として有名だった第七師団の戦死率は一気に低下した。
神威としては死ぬ人間は弱いから仕方がないと思うが、はそういう所が優しいし、悪く言えばお節介だ。
「出来るだけのことは、やっておきたいんだよ。」
は資料を静かにめくる。その漆黒の瞳は遠い過去と後悔を映している。
第七師団で、彼女は驚くほどうまくやっている。だが、それは昔失敗や後悔をした結果なのかも知れない。ただいつも彼女は仕事しすぎの気があった。
「ちょっと、おいで、」
神威はから資料を取り上げ、適当に放り上げる。
「なに。」
「言っただろ、ちょっとお話し合いしようって、」
「…」
彼女は怒られるのがわかっているのか、視線をそらして目を伏せた。
「もう少し無理はやめなよ。」
「無理じゃないよ。ちゃんと円滑にことは運んでるし、わたし、上手にやってるよ。」
第七師団、男ばかりの戦争集団の中で、腕っ節とその聡明さで、はうまくやってる。
これ以上ないほど周りに気を遣い、敵を作らない。そう、八方美人だ。とはいえそう振る舞うためには、胃に穴が空きそうなほど自分の言動や行動に気をつけ、そして何よりも第七師団の要である会計処理を一手に担っている。
の中身を知っている神威としては不気味そのものだと思うし、彼女が無理をしていることもわかっている。
「無駄な労力を使ってるよ。」
神威はの銀色の長い癖毛を撫でる。
「俺が殴り飛ばせばすぐすむ話も、たくさんあるだろう?」
は相変わらず目を合わせなかった。
彼女は神威に頼らない。第七師団の掌握はそれほど簡単な問題ではない。だが、一切神威に頼らず、好き勝手暴れる神威を支援しながら、自分の地位を自分で確立するために動いていた。団長の神威が一言言えばすむ問題はたくさんある。
なのに、は自分で対処していた。おかげで神威が団長になって、神威は好きに殺しあいが出来るようになり、暇な時はの連れ子の東と遊ぶ生活を満喫できているが、は会計処理に第七師団自体の元老との関係の強化、団員たちとの意思疎通など、一手に担うことになっていた。
当然、仕事が増えたは子供に構う時間も、休む時間もなく、仕事をするようになった。
更にうまくいかなかったらどうしようという不安から、仕事から逃れることも、他人に任せることも出来ずにただひたすらそれをこなすことになっていた。
「信用されてないみたいで、すごくむかつくよ。」
の白い頬を撫でて、神威は青色の瞳を細める。
それは神威だけが思っていることではなく、の部下となっている青鬼と赤鬼も同じように感じていることだった。彼らは仕事ばかりで自分の体調にも気を回さないを心配し、神威にわざわざ止めてくれるようにと相談に来ていた。
「んー、でも頼ってばっかりも良くないんじゃないかなって、前は頼ってばっかりだったし。」
「前って何。だからって、何も頼らないって言うのはおかしいよ、それ。」
「そう…かなぁ、」
彼女の過去は、よく知らない。神威が聞けばいくらでも彼女は素直に話すが、聞かなければ話さない。ただ少なくとも両親がいないこと、彼女が大切な人に囲まれて育ったことと、そしてその人々を全て失ったことだけはわかる。
彼女がそのことを酷く気に負っていることも。
「何度も言ってるだろ。俺はおまえとアズマくらい背負っても何ともないって。」
団員の中での評判はとても良い。いつも人に囲まれている。なのに、彼女はいつも一人で頑張っている気がする。一人で全てを背負える強さが彼女にはあるのかも知れない。でも、彼女が無理をして、心をすり減らして無理をするほどの意味は、第七師団にはないのだ。
いざとなればまたふたりで戦えば良いのだ。神威にとって、と幼い東一人くらい、いくらでも養える。
「考えてることも、悩んでることも、ちゃんと話してよ。一緒に考えれば、違う答えも見つかるかも知れない。おまえはいつも、一人でやりすぎだし、考えすぎだよ。」
は賢いから考えて、悩んで、ひとりで出来るような、答えを出す。でもふたりですれば、ずっと簡単にできる答えがあるはずだ。実際に神威はと一緒にいるようになってから、苦手な部分を彼女が請け負ってくれるから、かなり楽に世渡りが出来るようになった。
だから、同じようにも、頼れば良いのだ。
「過去も何も関係ない。おまえはおまえで良いんだよ。」
それが強いってことだから。そう言って彼女を引き寄せると、珍しくの方から背中に手を回してきた。
ふたり
阿伏兎はばりばりと頭をかいて、目の前の光景を見つめる。
「おいおいちゃんよぉ、なんだよこの穴だらけ」
宇宙船を出てみれば、壊れた廃墟と蔦だらけの大地、遠くには何故か、蔦だらけで廃墟にも見えるが、塔がそびえていた。だが何より目につくのは、穴だ。あちこちに空いたサイズが半径10メートルの穴。それも数が半端ないので、どうしても気になる。
隣に立っているを見下ろせば、癖毛のポニーテールが見えた。灰色のフード付きの羽織に、動きやすそうな紺色の袴。しかも今日は腰に刀が2本携えられている。阿伏兎の呟きを聞くと、は冷ややかな目でちらりと阿伏兎を見上げ、資料を顔面に思い切りたたきつけてきた。
「読んだよね?わたし、渡しておいたよね。」
「いや、見えねえ。真っ暗だ。ってかおまえ、今日機嫌悪くね?俺、おまえの息子まで昨日預かったのに。」
「今の話なんてしてないし。ついでに疲れてんだよ。」
「キャラかわってんぞ、おい。」
阿伏兎は改めて顔面の資料を受け取って、小柄なを見下ろす。彼女は腕を組んで、大きなため息をついていた。
これは相当機嫌が悪そうだ。その理由は疎い阿伏兎でも十分わかる。
「あははは、阿伏兎ってほんとに嫌われてるよね。」
の隣で肩に傘をのせ、ころころ笑っている神威は昨日の不機嫌さが嘘のように楽しそうで、艶々していた。二人のテンションの差で察した阿伏兎は、団員たちを眺める。団員たちのほとんどが資料を見ていなかったのか、穴だらけの光景に呆然としていた。
「…みんな馬鹿か。」
は呆れたように額を押さえている。
宇宙海賊・春雨の中でも夜兎の精鋭を有する戦力だけなら春雨随一の第七師団は戦死する確率も高い。だがその理由は激しい戦場にかり出されるからと言う、それだけではない。全体的に馬鹿なのだ。全員が腕っ節だけでたたき上げてきたならず者の集団で、ほぼ例外なく頭が悪い。
注意書きや人の話など全く聞かない、だから、死ぬのだ。
それを見越しては読み上げソフトに読ませ、CDに落として食堂に置いておいたが、誰も聞かなかったらしい。
曰く、戦死されると書類処理が面倒らしいのだが、その思いは全く通じていない。
「そんな覚悟でエイリアンを殺しに来るなど軟弱な!まったくこれだから最近の若者は…」
今回、第七師団が臨時的な形で雇った星海坊主は、団員たちに叫ぶ。それはどこにでもいる鬱陶しい中年親父そのものだった。
の話では、どうやらエイリアンの始末が今回の任務らしい。ちなみにこの任務は元老からもらってきたらしく、相当報酬が良いらしい。というのも、その星の大陸全土をエイリアンに占拠されたらしく、元々資源豊かな星だったが、資源を野蛮なエイリアンが消費するわけもなく、残った天人たちがすごい報奨金をかけているらしかった。
ただいくつか憂慮すべき点があるらしく、人員も足りないし、経験値もないことから、がてっとりばやくエイリアンハンターで有名な星海坊主を雇ったのだ。はどちらかというと、第七師団の馬鹿どもと違い、堅実だった。
とはいえ、神威の父親だとは知らなかったらしい。間違いなく、もし知っていれば争いの種を抱えようとは思わなかっただろう。
「どうすんの、ちゃんよぉ、」
「なんか、色々疲れてきた。」
阿伏兎がを見下ろすと、はまだ任務も始まっていないのに、酷く疲れた表情をしていた。
「駄目だな、みんな。そんなんじゃ殺しちゃうぞ。俺はちゃんとエイリアンの話聞いたよ。」
神威は団員を見回し、晴れやかに笑う。
「いや、おまえ、どうせに説明させただけじゃねぇか。」
阿伏兎は冷たい目を向けるが、「それの何が悪いの?」と神威はあっさりとした答えを返してきた。
当然、神威とて資料を渡されても読むなんてことはしない。だが、大抵の場合、ベッドの上でが翌日の任務の話をするのだ。そのため同じ馬鹿でも、賢いような気がする馬鹿にランクアップしていた。
「団長はずるい!姉御から聞いたら、そりゃ簡単に決まってんだろ!」
「そうだそうだ!!」
神威の言葉に、団員から非難の声が上がる。
はだいたい第七師団の事務処理全般と、会計を任されているので、休暇や怪我の手続きなどの関係で、団員の全員が何らかの形でと関わっている。彼女は難しいことを馬鹿に説明するのもうまく、しかも各星の言語も堪能、要点を押さえるのもうまかった。
任務のエイリアンの資料も、おもしろおかしく話したことだろう。の面白く簡略化した話と、資料を読むという退屈な作業を比較されても、困る。
「おまえらだってがCDに落としたの、聞かなかったんだろ?」
「あんなの機械に読ませただけじゃないか、姉御の生声とは違うっすよ−。」
数多に角が生えた団員が、勇気を出して神威に主張する。それに何人かの団員が賛同した。
「何?俺のものを勝手に使うと殺しちゃうぞ。」
「すいませんでしたーーーー!!」
にっこりと神威に笑顔を向けられた団員は、全員清々しく神威に頭を下げる。阿伏兎も小さなため息をついた。
の腕の良さと人の良さは第七師団でも有名で、ほれっぽい団員が声をかけようとしたこともあったが、神威につぶされて終わった。神威は野生の勘なのかそういうことに鋭い。第七師団の団員のほぼ全員が、が神威の女であると知っていた。
ただ、は鈍いのか、神威が影で色々としていることに気づいていないらしい。
「ほんっとに、どっちが鈍いんだか、鋭いんだか。」
阿伏兎はそれにしょっちゅう巻き込まれる自分を哀れんだ。
誰かわいそ