「仕方ない奴らだな、良いかこれは宇宙モグラの巣で…!」



 星海坊主がご満悦な様子で、傘で穴を示して説明を始める。は目の前にいる、若者に説教をする中年親父を見ながら、漆黒の瞳を細めた。

 こいつ、面倒くさいと確信したからだ。



「俺、からこの穴にいるのは蜘蛛だって聞いたよ。」



 が星海坊主に訂正する前に、神威が何の遠慮もなく突っ込みを入れる。途端に団員たちがしらーっとした視線を星海坊主に向けた。



「で、うちの馬鹿団長はあてにならねぇが、実際のとこ、どっちなのよ。ちゃんよぉ。」

「蜘蛛に決まってるでしょ。」



 阿伏兎や団員の視線を一斉に受け止めたは、心底冷たく言い捨てる。脳みそという点で行くのならば、どうやら星海坊主も団員たちと同じレベルらしい。



「…」

「ほら、このくそじじい役に立たないヨ。」

「貴方もわたしいなかったら同レベルだけどね。」



 神威がエイリアンが蜘蛛の形をしていると知っているのは、昨晩、というか早朝、ベッドの上でが話をしたからだ。それをしなければ、脳みそレベルは団員と全く同じで事前に資料など確認しないし、そのまま穴に突っ込んでいっただろう。



「要するに偉そうに言ってても、星海坊主も資料読んでねぇんじゃん。」

「しらねぇんじゃん。」

「結局みんな一緒かよ。」



 ひそひしと、団員たちはお互いに耳打ちし、物言いたげな目を星海坊主に向ける。



「うるせぇええええ!!殺すぞ!!!」




 星海坊主は怒りに震えながら傘を振り上げて団員たちを追い回す。段々収拾がつかなくなってきた団員たちを見て、は袖からメガホンを出して口元に構えた。



「だまってーくださーい!!」



 何とも間の抜けた大音量があたりに響く。隣にいた神威と阿伏兎は咄嗟に耳をふさいでいた。響きの良い高いの声に、ぴたりと団員たちの動きが止まり、星海坊主も視線をへと向ける。



「みんなー蜘蛛です!蜘蛛!穴の中には蜘蛛の巣があるから、絶対に入らない。周りから崩して出てくるのを待ってください。」



 蜘蛛は穴に住んでおり、穴の中で網を張って獲物を待ち構えている。その中に入ってしまっては、網に絡め取られて殺されてしまう。彼らの穴を崩して、蜘蛛が穴の中から出てきて退治するというのが、一番良い駆除方法だ。



「蜘蛛の穴の一部には体長20メートルを超える蛇が住んでいるときもあるそうなので、そいつらは毒もあるし、自信がないならすぐ逃げてください。あ、血清あるんで、噛まれたら即効戻ってください。死なない程度にがんばってー!!」



 は簡単に説明する。注意点はそれだけではないのだが、難しいことは全て諦めることにした。としては出来るだけのことはした。これで死ぬ団員はもう自己責任だ。



「よっしゃーーー!やるぜー!」



 が説明を終えてメガフォンを下ろすと、単純な団員たちは早速穴から蜘蛛を誘い出すべく、それぞれの武器を取り、周りを崩していく。説明を聞いていなかった団員はそのまま穴に落ちていった。



「…」



 はまた書類が増えるなとため息をついて、傘を構えている神威を見る。



「じゃあ俺も、」

「神威、わたしたちは親玉を殺しに行くって言ったでしょ。」

「そうだっけ?」

「…阿伏兎も星海坊主さんもこっちで。」



 阿伏兎と星海坊主は同時に振り返る。は神威、阿伏兎、星海坊主と三人の夜兎を眺めながら、あ、20代30代40代って感じだなと、似ていない男たちを眺めた。



「めんどくせぇなぁ、ちゃんよぉ、もしかしてあの塔まで行くのか?」



 穴の向こうには、高い塔がそびえ立っている。廃墟にも見える塔だが、それは見せかけだとは想定していた。



「面倒くさいなら、一匹ずつ蜘蛛の駆除する?」



 は阿伏兎に言って、後ろの団員たちを振り返る。

 一つの穴から大きいもので10メートル、小さいものでも1メートルから2メートルの蜘蛛が30匹以上這い出てきている。これを一匹ずつ駆除するのは、相当時間がかかるだろう。



「お、おじさんが悪かった。」



 阿伏兎はかりかりとこめかみをかきながら、に素直に謝る。その仕草が何となく苛立ちを煽ったが、これ以上時間をかけるのも無駄なので、腰の刀に手をかけた。



「ふぅん。云業は来ないの?」

「来ないよ。わたしが行くせいで、東と一緒に船で居残りですけど。」

「そうなんだ。云業、子守好きだもんね。」



 神威は悪気もなくにこにこと笑って見せる。

 何故かわからないが、云業は東の面倒を見るのが好きだった。でかい図体の割に面倒見が良いタイプなのだろう。神威の尻ぬぐいもしっかりしている。



「ため息多いよ、、」



 ぷにっと頬を人差し指でつつかれる。その指をへし折ってやりたくなったが、また無意識のうちにため息が出ていることに気づいて、口元を押さえた。



「なんか、ついてない気がするんだよね。」

「なんで?」

「なんとなく。」




 そもそも神威の性欲処理から逃れるためにこの任務を受け入れた訳だが、散々昨日疲れることをさせられ、第一の目的は砕けたし、雇い入れたエイリアンハンターは喧嘩したという神威の父親だと言うし、書類は終わっていない。



「あははは、どうにかなるなる〜。」



 神威が楽しそうに後ろから抱きついてくるのに恨みがましい目を向けながら、は何度目とも数えるのも面倒くさくなってまたため息をついた。

ならねぇよ



 塔の近くは10メートル級の蜘蛛と蛇のオンパレードだった。

 傘で思い切り叩きつぶせば、蜘蛛は緑色の体液をまき散らしながら、倒れる。星海坊主は次の獲物を探していると、一瞬銀色の光が視界をかすめた。



「ん、」



 長い白銀の癖毛が翻る。

 小さなかけ声とともに、蛇の頭が見事に切り落とされる。鞘から刃を抜く仕草から、躰を反転させ、すり足で次の獲物に切りつけ、その蜘蛛を戦闘不能にするまで、すべてが驚くほど美しく、計算された動きだ。

 星海坊主は眼を丸く見開く。

 そこに一切の感情も躊躇いもない、ただの合理性と効率性に基づいた動き。漆黒の瞳が、彼女が構える刃と同じ、黒く鋭い、どこまでも研ぎ澄まされた鋼の強さを映し出す。どうしても生まれ持った怪力故に力任せに叩きつぶす傾向にある夜兎の戦い方と違い、効率性と合理性を全面的に打ち出した美しさ。

 ぞくりと身震いするほど、星海坊主の本能が疼く。



「刀だ、」



 まさに、鍛え抜かれた、一振りの剣だ。星海坊主は神威が何故彼女に目をつけたのか、これ以上ないほどによくわかる。

 蜘蛛と蛇を殺し終わると、何故か彼女は静かに、細い指で石ころのようなものを拾い上げた。



「えっと、お嬢ちゃん…?」



 星海坊主はなんと呼んで良いのかわからず、そう言うと、振り返ったはきょとんとした顔で星海坊主を見上げてきた。



「前も言いましたけど、わたし子持ちですし、お嬢ちゃんじゃないんで、」

「いや、俺にとっては、嬢ちゃんは、嬢ちゃんだが、」



 正直、息子の恋人をなんて呼んで良いかなど、わからない。ただそれだけの気持ちを、も理解したらしい。少し困ったような、はにかんだような笑みで、「そうですか。」と返した。

 その姿に先ほどのような、鋼の強さは存在しない。



「そりゃなんだ?」



 話題が見つからず、ひとまず彼女が拾い上げていたものについて尋ねる。はそれをじっと眺めていたが、小さく首を傾げた。

 それは星海坊主にはわからないが、小さくて丸いからくりのようだった。大きさは小指大ほどしかない。



「いや、見覚えのあるものだと思って。」



 そう言って、自分の綺麗に切り落とした蛇の頭の方へと歩み寄る。彼女は血だまりの中からもその丸いからくりを見つけ出し、二つを見比べた。




「確かに、」



 なにかに納得したのか、一つ頷くと、彼女は袖の中にそれを入れ、代わりに少し大きめのタイプのスマートフォンを出してきた。いくつか単語を入れると、少し目を丸くしてから、眉をひそめる。それからしばらく画面を見つめて動かなかった。



「どうしたんだ?」



 星海坊主は彼女に尋ねる。彼女はじっとスマートフォンを眺めていたが、声をかけると別段驚いた様子もなく、「大丈夫です。」と答えてから、メールを打ったようだった。



?」



 神威が軽い足どりでやってきての肩を叩く。



「うん。云業にメール打っといた。」

「なんて?」

「団員、母艦に戻してって。まあ、ある程度は予想していたんだけど、やっぱりここの塔の人がエイリアンも、まあ全部、操ってるみたいだね。」

「はぁ?どういうこと?」

「そういうことだよ。」



 はさらりと言って、スマートフォンをしまって、神威に小さな丸いからくりを見せる。それは宇宙を渡り歩いている星海坊主ですらも見たことのない、小さなからくりだった。蛇の体液に汚れたそれがなんなのか、想像がつかない。



「何それ。」



 神威はの白い手からそれをとり、握りつぶす。強度は全くないらしいそれは、あっさりとぼろぼろになって神威の手からこぼれ落ちた。



「しょぼ。脆い。」

「まあ、しょぼいんだけど、これが多分、蛇とか蜘蛛とかを操ってるんだよ。」

「よくこんなの見つけたね。」



 神威は青い瞳を冷ややかに彼女に向ける。



「うん。」



 彼女はけろりとした涼しい顔で頷いた。

 星海坊主は神威の言葉の意味が痛い程わかる。これほど小さいからくりを、は蜘蛛の死体の中から見つけた。仮に蜘蛛の死体や体液の中に金属片が見えたとしても、恐らく星海坊主も神威も目にもとめなかっただろう。

 だがはその小さなからくりに目をとめた。それはあらかじめ彼女がそのからくりを知っていたか、もしくは既にある程度、蜘蛛にそのからくりがついているであろうことを知っていたかだ。



「もともと、ある程度人為的なものだろうなとは思ってたんだよね。」



 は軽く肩をすくめてもう一つ持っていたその小さなからくりを適当に地面に放り出し、刀についた蜘蛛の体液を自分の懐から出した手ぬぐいで拭く。


「…どういうことだ。嬢ちゃん。」

「だって、この大陸にあった軍事拠点からエイリアンは襲ったらしいんだよ。低俗なエイリアンにそんなこと出来ないもん。」



 ここにいた蜘蛛や蛇の形をしたエイリアンに、軍事拠点を判別する能力はない。なのに軍事拠点を最初に襲って彼らはこの大陸を支配した。



「多分、それを可能にしたのがこれだと思うよ。子蜘蛛や子蛇は、親の言うことを聞くというのが、彼らの生態だからね。」

「ならちゃんよぉ、じゃあここには何があるんだ?」



 阿伏兎は馬鹿だが、夜兎の中ではましな方だ。それに経験から利益がなければ誰も動かないということを知っている。この大陸を占拠してまで、そして住人たちを追い出し、人を近づけなくして、何をしたかったのか。



「まだ確定的なことは言えない。でも、多分ここには少なくとも、これを通じて指令を出す、管理システムがあるはずだよ。」



 の漆黒の瞳に、悲しそうな色が宿る。だが声音は明るく、落ち着いていた。

 ただ、その昏い瞳が、彼女の背負う闇そのものの気がして、星海坊主はじっと注意深く彼女の動向を見守ることしか出来なかった。