大量な蜘蛛や蛇、他の凶暴な生物を倒しながら地下に進んでいくと、明らかに廃墟とは違う、整備された区画へと出た。



「さすが夜兎。壁ぶち破って進むって発想がなかったよ。」



 はちぱちぱと床をぶち破って地下へと進む神威に、拍手を送る。



「むかつく賞賛だね。っていうか、本当に下で良いんだろうね。」

「多分ね。」

「これで違ったら殺すよ。」

「…大丈夫だと思うよ。」



 一般的に電波塔というのは、だいたい中枢システムが塔のてっぺんにあるものだ。しかし攘夷時代に見たからくりと同じシステムを今もとり続けているならば、全ては地下にある。



「っていうか、嬢ちゃん、どこまでわかっててここまで来たんだ?」



 神威の父親であるという星海坊主が、に尋ねてくる。



「この任務は、第七師団を後援してくださっている元老の終月様からのお願いというか、まぁ、わたしが請け負ってきたんだけど、第一の理由は金なんだ。」

「あ、逃げるためじゃなかったの。」



 神威から辛辣な突っ込みが入る。

 は単独で宇宙海賊・春雨の母艦まで出かけていて、しばらく離れていたから、性欲処理にかり出されることを考えて神威を任務に放り出したかったという、裏は確かにある。正直第一はそこだったが、それを八つ橋にくるむなら、第一に金だ。

 この任務は達成すればまず、この国に住まう人々から報奨金がもらえること、そして有利な形でこの星の資源を搾取する権利が得られるため、春雨や第七師団にとっても得られる金が大きく良い条件だった。

 ただし、莫大な報奨金がかけられると言うことは、それだけ任務の難易度も高いと言うことだ。は無謀な博打に出るほど、馬鹿でも安易でもない。



「ゴキブリに覆われた星の話みたいに、無謀なのは流石にわたしもしたくないし、ここは調べてみたらどうも、軍事拠点から襲ってるから、低脳なエイリアンへの洗脳電波とか、理由があるだろうなって、」



 その理由さえ排除してしまえば、任務は完遂できると判断したため、は終月からこの任務を受け取ってきたのだ。



「だから団員に雑魚排除してもらって、って思ったんだけど、」

「おまえさん、云業に言って、団員母艦に戻したんじゃ?」



 阿伏兎はの話の矛盾に気づき、尋ねる。

 は先ほどメールで母艦に残っている云業に命じて、蜘蛛やら蛇などの雑魚の始末に回っていた団員たちを母艦に戻した。



「うん。あのからくりね。多分人間ってか、死体にもいけるんだよね。」

「え…死体、歩くのか?」

「歩くね。ってかね、あれ、死んでも生きてても関係なくてさ、根を張るんだよね。」



 あの小さなからくりは頭に取り付けると、中央から発される電波の指令の通りに動くように、微粒子の根を張るようにできている。そのため死体でも、何でも構わない。取り付ければそれだけで、生物を、いやものですらも思い通りに動かせるのだ。



「一応大丈夫だと思って聞くけど、それなら、第七師団の母艦も危ういんじゃないの。」



 神威が傘を構えたまま、を振り返る。

 母艦にはの息子でまだよちよち歩きの東がいる。神威が前置きをしたのは、云業がいるとは言え、もしも東が危ないならば、は全てを放り投げて息子の所に戻っただろう。だから、たいしたことはないはずだ。



「うん。母艦のプログラムを組んだのはわたしだから、大丈夫。」



 はにっこりと笑って答える。

 神威が第七師団でただの団員をしており、が専業主婦化していた時、必要になれば良いなと思って、宇宙船の操縦なども習っていた。元々プログラミングやからくりいじりはやっていたし、ひとまず理系的なスキルは神童と言われるほどだったから、ある程度の防御プログラムは組んである。

 あんな小さなからくりごときに母艦が支配下に置かれることは絶対にない。要するに母艦が一番安全なのだ。



「さすがだねぇ、賢い奴はやることが違うわ。」



 阿伏兎は手をひらひらさせて、はーっとため息をつく。星海坊主は物言いたげだったが、ひとまず黙っている。は穴が空いている床をのぞき込み、下を確認して下りようとしたが、ふと腕を掴まれた。見れば神威がの腕を掴んでいた。



「なに?」

「俺、納得できないんだけど。なんで、が組んだプログラムなら大丈夫なの?」



 神威は機嫌が悪いのか、ぶすっとした顔で問いかける。



「言い回しがおかしいだろ?」



 は彼の言葉ではっとして、僅かに目を伏せて彼のお下げを眺めた。

 神威は賢くない。馬鹿だ。目の前のことしか見ていないし、基本的に推測や想定と言ったことをせず、敵の罠すらも楽しんでいる。だが、驚くほどに野生の勘は鋭い。そしてはあまり嘘が得意ではなかったし、基本的に嘘をつくよりも黙るタイプだった。

 どうやって言い訳しようか、は真剣に考える。



「何がおかしいんだよ。は賢いじゃねぇか、そのプログラム組んだ奴よか賢いってことだろ?」

「阿伏兎は黙ってろよ。殺しちゃうぞ。」



 神威はにっこりと阿伏兎に殺意を向けた。それで少なくともは、彼が自分が隠し事をしているという事実に、気づいているとわかった。


「ねえ、。言ったよね、ちゃんと考えてることや、悩んでいることは言ってって。」



 神威はの腕を離して腰に手を当てる。その青い瞳が笑っていない。と、床に穴を空けていたため脆くなっていたのか、後ろでおどおどしながらいても立ってもいられないと言った様子で右往左往していた星海坊主が、下の階へと落ちた。



「え?」



 後ろを振り向いて、目の前には神威がいたためは一歩後ずさったが、それがまずかった。



「あ、」



 後ろ向きに星海坊主と同じく、先ほどの穴に転落する。普通なら躰を反転させ、下の階に着地して終わりだったが、星海坊主の足下の床に穴が空いた。星海坊主も、も予想できなかったため、漆黒の瞳を丸くする。

 その穴は星海坊主とを吸い込むと、ぱたりとふたを閉じてしまった。

穴があったら入りたい





「あーびっくりした。」



 ぶらんぶらんと紐でつながったまま、彼女は何やら状況がわかっているのかわからないテンションの低い声で言う。



「大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ。」



 情けないことに、星海坊主はの腰にしがみつく形で、何とか落ちずにすんでいた。

 下の床がそのまま開くとは思わず、流石の星海坊主も何の手立てもなく、底の見えない穴に落ちそうになっていたが、は冷静なもので、どうやら伸びるワイヤーのようなものを持っていたらしい。何度かそれを振って近くの突起に引っかかると、すぐに星海坊主にそのワイヤーを伸ばしたのだ。

 心底よく出来た女だと思った。



「すいません、お手数ですけど、そこの壁、壊してくれます?」

「この辺か?」

「いや、人の話聞いてください。そこの壁です。」



 冷静には星海坊主に指示を出す。正直見渡す限りこの穴は底も見えないし、壁面は同じような鉄板で、星海坊主には違いがわからない。ただ、彼女にはわかるのだろう。

 言われた場所の壁を壊すと、通気口なのか、中へと続く穴があった。



「嬢ちゃん、こっちだ。」

「あ、ありがとうございます。」



 反動をつけてその穴に入り、彼女を通気口の中へと引っ張り込む。は通気口の中に入ると奥へと進む前へ、壁面をはがし、自分のスマートフォンを袖から出してきた。

 そのまま何らかの作業を始める。



「…」



 星海坊主はどうして良いかわからず、気まずい沈黙に耐えることになった。

 愛想が悪いわけではないし、彼女は笑う。表情も乏しいわけではない。だが、うるさいぐらい話す娘の神楽と違い、はあまり自分から話さない。まさか神威と彼女のように気楽な掛け合いが出来るわけもなく、息子の恋人など何を話せば良いのかわからず、星海坊主は縮こまっているしかなかった。



「うーん、まぁ大丈夫かな。うん。」



 は一人で納得したように頷いて、壁面のコードと繋いでいたスマートフォンをしまう。

 途端に通気口の下を誰かが通る気配がした。どうやら通気口は廊下の上にあるらしく、中には小さな灯りが入ってきていた。廊下を通っているのは何人かの白衣の男たちで、奥の部屋から出てきて、エレベーターへと乗り込んでいく。

 ちんという音がして、男たちが過ぎ去っていくのを見て、星海坊主はほっと息を吐いた。



「よし、出るか。」

「壊さないでください。ここから出られるから。」



 星海坊主が傘で通気口を壊して廊下に出ようとすると、は通気口の継ぎ目を見つけたのか、そこから鉄板を外して穴を空ける。彼女はそこから廊下へと下りた。



「なんだここは、随分と整備されてるじゃねぇか。」



 蜘蛛や蛇のエイリアンに占拠されている地上や、地上にあった廃墟としかいえない塔とは違い、ここには低脳なエイリアンはいないし、最新鋭の整備がされている。その証拠に奥の部屋には自動の扉が装備されているし、指紋認証のようだった。



「この規模ならずいぶんの人間が住んでんじゃねぇのか。」

「住んでるでしょうね。」



 は指紋認証の入り口の近くの壁を引きはがし、コードをスマートフォンに繋ぐ。



「嬢ちゃん、壊そうか?」



 面倒くさい。星海坊主が傘を構えると、はにっこりと笑った。



「やめてください。破壊神はひとりで十分です。」

「す、すいません。」



 思わず謝罪を口にすると、彼女は淡々と作業を続ける。5分もしないうちに、ぴーっと音を立てて扉が開いた。薄暗い中に、勝手に電気がつく。ざっと辺りを見回して、残酷なものは見慣れている星海坊主も口元を覆った。

 人が入るサイズの、筒状のガラス管が、水で満たされている。中には変わり果てた姿の天人や地球人、動物たちがぷかぷかと浮いている。



「…違法な、研究機関か。」

「道理で他の星に作るわけですね。」



 も目尻を下げ、小さく呟く。

 人体実験は人道的な視点から、多くの場合禁じられている。だが、法律は自分の星の人間に、もしくはその星にのみ適応されるものだ。他の星で、他の星の人々を使っての人体実験は、法律で禁じられる限りではない。

 星海坊主はあまりの光景に耐えきれず、視線をそらす。だがその水槽の周りをはくるくると回ってから、一際小さな水槽の中にいたものに弾んだ声をかけた。



「あ、いた。やっぱり“ぽちくん”だ。」

「え?」



 星海坊主は目の前にいる彼女が言う『ぽち』の全てがもうよくわからなかった。




謎い