いつの間にか後ろにいた耳の生えた天人は、阿伏兎と神威に怒りの眼差しを向けていた。



「おまえら一体何をした!?エイリアンたちが皆止まってしまったではないか!!」



 どうやら外にいた低脳な蜘蛛やら蛇などのエイリアンは、動きを止めたらしい。きっと星海坊主とともにいるがなにかをしたのだろう。外はエイリアンだらけで天人などいなかったのに、今度は天人が大量にいる。



「はっ、うちのちゃんは賢いねぇ、読み通りじゃねぇか。」



 阿伏兎は傘を構え、大きく息を吐いた。

 の読み通り、この星の大陸を占拠していたエイリアンは、あの小さなからくりに操られていただけらしい。それに廃墟のはずの塔の中に普通に天人が住んでいるであろうことも、彼らがそれを企んでいたことも、そいつらが塔の上ではなく、下に住んでいることも正解だ。

 何らかの形でがそのシステムを止めたのだろう。

 阿伏兎は心中で拍手を送った。彼女は腕っ節が強いだけでなく、本当に頭が良い。阿伏兎に対する扱いは粗雑で冷たいが、夜兎に必要なところを全て持っている。そういう点で、阿伏兎は彼女を評価していたが、は阿伏兎をこよなく嫌っているようでとても残念だ。



「犬じゃないか。ぽちがエイリアンをぽちにするって結構面白い話だよね。」



 神威は危機感もなく、にこっと笑う。



「いや、あいつら、犬威星のやつらじゃね?ほら、誰だっけ、そうそう、第八師団の勾狼団長もたしか…」

「関係ないよ。犬は全部ぽちさ。」



 神威にとってみれば、相手が誰であってもどうでも良いのだろう。阿伏兎はため息をついて頭をばりばりとかいた。



「勘弁してくれよぉ。おまえが暴れてやっかいごと引き込んだら、俺がにやな顔されるんだぜ?」

「ならおまえが仕事するんだね。に仕事押しつけるからだろ?」



 冷たい青色の瞳が、阿伏兎へと向けられる。



「あれ、ばれてた?」

「当たり前だろ。今までやってた書類も全部、に押しつけたんだろ。次やったら、おまえを殺してもっと出来る奴を雇うよ。」



 本気の殺気に阿伏兎は思わず肩をすくめた。どうやら気づかれていたらしい。

 阿伏兎と神威は、第七師団で会う前に知った仲だ。神威は基本的に他人にこだわらない。自分に必要だと思った場合には手を抜くこともあるが、基本的によほどでない限り強さ以外他人に興味はなく、誰が死のうが、使いつぶされようが、何ら興味を持たない。

 団員たちの中でその実力を認めているものはいるが、殺されれば弱かっただけだと切り捨てるだろう。

 だが、恐らく、神威にとってだけは違う。単純な強さという点でも彼女は目を見張る部分があるが、それだけでなく賢さという強さがある。夜兎とは全く異なる強さだ。



「…?」



 武器を持った犬たちの後ろにいた、顔に大きな傷を負って白衣を着た犬の姿の天人が、ぽつりと呟いて、一歩後ずさる。



「原鉱さま?」

「まさか、白い悪魔が宇宙にいるなど、早苗、早くそやつらを始末しろ。」



 白衣の犬は何もない空間に命じると、逃げるように踵返す。


「そいつか。聞かせてもらおうかな。」



 神威は傘を構え、白衣の犬を追おうと近くの犬を叩きつぶす。次の瞬間、割れた壁から出てきた人影に阻まれて後ろに下がった。



「っ、」



 それが持っていた小型の大砲を見て、阿伏兎は目を見開き、その人間を蹴りつける。

 本来なら致命傷になるはずの、夜兎の一撃。だがそれは顔色一つ変えず、何の躊躇いもなく小型の大砲を放った。大きな爆発に神威は一歩、二歩と後ろに下がって巻き込まれるのを避けたが、まともに受けた阿伏兎は胸元が血まみれだった。



「あーぶと?死んじゃった?置いてくよ?」

「死んでねぇよ!!」



 酷いことを平気で言う神威に大声で生きていることを主張して、阿伏兎は傘をその人型に打ち込む。だがやはり、聞いているふうはなかった。



「人間じゃねぇな。」

「あれが、奴らの言った早苗か?…からくりだね。しかもかなり高精度の。」



 人型のからくりは、いくつかの星で開発されている。大抵は軍用である場合が多く、夜兎並みの怪力や防御能力を持っているのが常だ。傭兵部族として名をはせた夜兎も、こう言ったからくりには力ぐらいでは勝てない。

 傭兵部族として徐々に滅びかけているが、何もその理由は同族殺しや、その習性だけが問題ではないのだ。



「どうも、の知り合いらしいね。こりゃ、早く捕まえに行かなくちゃ。」



 神威はにっこりと笑って、目の前に出てきたからくりを見据える。



「っていってもな、結構やべぇぞ。」



 阿伏兎は冷静にからくりを眺めた。

 事情を知っているだろうし、ここを取り仕切っているであろう犬どもを捕まえたいところだったが、このからくりをどうにかせねばならないだろう。だがからくりをまともに相手にするのは、流石の夜兎も分が悪い。



「どうする?」

「ひとまず、たちは下にいるんだろ?」



 ならば下に行く。目的さえわかっていれば、神威にとっては十分なのだろう。



「まったく、将来有望だねぇ。」




 夜兎の本能の塊である神威が見つけたのが、一番夜兎に足らないものを持つだなんて、笑える話だなと、阿伏兎は思いながらも、彼の目が確かであることを納得していた。
将来性






 目の前には地球人と変わらぬ見た目をした青年たちが、と星海坊主に小型の大砲を向けている。



「…あれ、なんか大層なお迎え?ばれた?」

「研究所の扉を開けた時点でな。」




 青年たちの向こうにいた犬型の天人たちがくくっと笑った。

 星海坊主は傘を構えて一歩前へと出る。それに伴いは金魚のビーカーを後ろの棚に置いて、刀の束に手を当てた。



「どうする、嬢ちゃん。」

「んー、外のエイリアンは止まったと思うんですけど、多分2号捕まえるか、壊すかしないと駄目かも。」

「2号?なんだそりゃ。」

「ぽち君2号。」



 星海坊主は何とも言えない表情で、棚の後ろに置かれているビーカーに入った金魚を視界の端に捕らえる。

 ぽち君、彼女がそう呼んでいるのは金魚だ。丸々太った由緒正しそうな白と赤の金魚で、何やらフォームも丸い。潔く、男らしく逞しい彼女から可愛いという言葉を聞いたのには驚いたが、それを『ぽち』と呼ぶ彼女のネーミングセンスは理解できない。

 その上彼女のネーミングセンスを考えれば、ぽち君は犬ではないかもしれない。むしろ金魚かも知れない。



「その銀髪の女を捕らえろ!じじいは殺して構わん!!」



 犬型の天人が、を示して言う。彼女はその漆黒の瞳を丸く見開いてから、少し考えるように宙を眺めた。



「あの、わたし貴方のこと知らないんですけど、貴方わたしのことご存じなんですか?」



 犬型の天人に、彼女は心底不思議そうに尋ねる。



「え、おまえ白い悪魔じゃねぇの?」



 犬型の天人はむしろ驚いたようにの方を見る。

 だがその隙が徒になった。彼女は全員が止まった一瞬を利用して天人の目の前へ肉薄すると、刀を振り抜く。ためらいのない、無駄のない踏み出しと人たちは見事に天人の首を切り取る。

 は着地するとそのまま腰を低くした状態で、隣の青年へと斬りかかった。真っ二つに足を切られ、血が吹き出るかと思いきや、出てきたのはただの機械の断面で、青年は顔色一つ変えず、へと短いナイフを持った手を振り下ろした。

 だが一瞬早く、の刀が腕を取り上げ、右耳の横を一線する。すると糸が切れたように青年、いや、からくりは崩れ落ちた。

 彼女はそのままくるりと躰を回して、つぎのからくりに斬りかかった。




「星海坊主さん、右耳の横に中枢機関があるみたいです!!」

「わかった!」




 星海坊主は渾身の力でからくりの右側から頭を殴りつける。すると一発でからくりは動かなくなった。

 からくりというのは存外やっかいで、中枢を見つけないと躰だけになっても頭だけでも襲ってくる。しかも夜兎に勝る怪力や装備を持っていることもあり、生身では不利そのもの。知識のある人間が傍にいるのは何よりだった。



「貴様!!」



 犬型の天人は仲間が着られたのを見て恐れるように後ずさる。



「あはは、わたしを知っていても知らなくても、どっちでも良いよ。でも任務だからね。この星から出て行ってもらわないと。そのためには次に、そのからくりに命令を出してるのを探さないとね。」



 先ほどの質問はにとって、至極どうでも良かったのだろう。からっと笑って見せた。

 おそらく小さなからくりと、ここの研究所や人員たちは何らかの形で彼女の過去に関わりがあるのだろう。だが、彼女は任務だからと言う大義名分を絶対に捨てない。過去のしがらみを抱えながら、目的に主眼を置き、排除や処理など考えていない。

 彼女は少し言葉が足りない。だが、目的はしっかりしている。



「やっぱり白い悪魔じゃねぇか!早苗!あいつを始末しろ!!」




 犬型の天人たちは表情を歪め、からくりに自分たちを守らせながらじりじりと後ろに下がる。からくりの弱点がわかっており、星海坊主とが手練れとはいえ、からくりの装備を見る限り小さなバズーカ位は持っていそうだ。

 からくりを倒すというのは、それほど簡単なことではない。しかもは地球人で、夜兎ほど丈夫ではないのだ。からくりが持っているバズーカにあたればひとたまりもない。

 星海坊主がを見ると、彼女はこの状況に似合わぬ落ち着きとともに袖からスマートフォンを出して、ちらりと上を見上げる。




「…あー、ぽち君2号は上っぽいなぁ。」




 どうやら追跡アプリでもついているらしい。用意周到なことだ。少し彼女は考えるそぶりを見せる。



「でも、目的の中枢システムは、やっぱり下ですね。」



 スマートフォンをしまうと、彼女は軽くとんっと準備運動をするように両足で跳ねて、腰をかがめ、刀を構える。星海坊主は目の前にいたからくりを殴り飛ばし、彼女の後ろに立った。



「下で、良いんだな?」

「はい。ぽち君二号は上にいる神威がどうにかしてくれるでしょう。下の中枢を占領すれば、この任務は終わりですね。」



 はこの国のエイリアンを退治するという任務の終了の手段を、下にある中枢部を占領することだと定めた。ならばエイリアンバスターとしての星海坊主の仕事は彼女に従って、まず中枢部まで行き、そこにいる敵を排除すること。

 そして父親としての星海坊主の仕事は、彼女を無事に神威の元に返すことだ。



「まったく、変わった嬢ちゃんだ。」



 どこでこんな奴見つけてきたんだ、と思いつつも、女を見る目だけはあったんだなと、星海坊主は息子を褒めたかった。


見る目