「はー、流石にあれは無理だよネ」



 神威は小さくため息をつく。

 地上にはエイリアンしかいなかったというのに、この建物の地下は犬型の天人と人型のからくりだらけで、しかも人型のからくりはバズーカ片手に神威や阿伏兎を追い回してくれるという素敵なオプション付きだった。

 流石の神威もバズーカにあたれば致命傷にもなる。どれほど怪力でも、丈夫でも一応生身なのだ。あの数のからくりに突っ込んでいけば死ねる。



「…おまえさん、無傷じゃねぇか。」



 阿伏兎は不機嫌そうに眉を寄せて、ため息をついていた。

 からくりに受けた最初の一撃が相当きいたらしい。特に右側が変形していて、肋骨が折れている可能性もあった。少なくとも右腕は動かせる状態ではない。適当に止血はしているが、それでも重傷なのは間違いないし、血は止まっていない。

 神威も阿伏兎も簡易的な止血の方法しか知らないので、根本的にはどうしようもなかった。



「あははは、血だらけだ。早くに会えると良いネ。」

「ちくしょー、余裕ぶりやがって。」



 阿伏兎は悪態をついているが、状況としては良くないだろう。夜兎でこんな風に血が止まらないというのは、恐らくバズーカに何らかの薬品が含まれていたのだ。そういったことは、の専門で神威たちではお手上げだった。

 早く合流しなければ阿伏兎は簡単に死ねるだろう。



「それにしてもが白い悪魔ねぇ。随分とごついあだ名だ。せいぜい白い子猫くらいだよ。」



 神威は犬型の天人が言っていたことを思い出して、思わず笑ってしまった。



「はぁあ?おまえさん目までおかしいんじゃね?あいつが子猫?…言っとくが俺への扱いは完全に悪魔だぜ?」

「えー?そう?は悪気ないヨ。」

「俺は悪意しか感じねぇよ。」

「はっきり言っておくけど、に悪意があったらとっくにおまえは死んでるよ。阿伏兎。」



 確かには阿伏兎に冷たいが、賢いにもし悪意があるのならば今頃彼はに、というか恐らくの息のかかった団員に殺されている。彼女がそれをしないのは、彼女がそれほど阿伏兎に興味がないのと、必要性をよく理解しているからだ。

 あたりが強いのはただの好みの問題だろう。



「ま、敵意はあるかも知れないけどね。」



 神威はすました顔で言って、ふと自分のポケットが震えていることに気づいた。一応通信機はもたらされているが、基本的にほとんど使ったことはない。それにすぐ壊れる繊細なからくりは嫌いだった。

 慎重に携帯電話を取り出す。



「おいおいおい、誰だよ。」

「多分。」



 離れている時、たまに連絡が来る。使わない携帯通信機を神威が持っているのは、恐らくがこの端末に衛生型GPSを搭載しているからだ。無断でつけるなんて根性悪だし、本当につけているのかどうかは確認していないが、ならやっていると確信している。

 神威は感性で理解して片付ける、そういうことが多いから考えていることを半分しか言わないともやっていける。

 は言葉が足りない。恐らく口に出す百倍くらいの考えがあるだろうが、それをあまりに口にせず、出来るから、そして頼ってばかりで失敗した過去があるから、周りに頼らない。勝手に合理性を理由に決める。

 それが逃避であることを理解しながら、合理性で片付ける。

 彼氏に黙ってGPSなんてつければ普通、大げんかだろうが、神威は必要性も理解しているし、彼女もだからそうしたんだろうと納得もしているから、別段問い詰めることもなかった。仮に聞いたら、臆面もなくそうだと彼女は頷いただろう。



「でもたまにはちゃんと話してくれないと、わかんないよね。」



 暗黙の了解も神威の鋭い感性も、大まかなことは理解できても、細かいことはわからない。流石に今回の小さなからくりについての説明がなかったのはどうしても気になる。戦場では不慮の事態で今回のように問い詰めに失敗することもあるわけで、忙しくなればすれ違いも増える。

 お話し合いは必要だ。



「もしもーし。」



 神威はひとまず通信機に呼びかける。



『あ、神威。生きてる?』



 向こうは走っているのか、早い呼吸音が聞こえてくる。逃げているのだろう。逃げるのに集中すれば良いのにと思いながら、神威は若干不機嫌に返した。



「当たり前でしょ。」

『あのね。後ろにぽち君2号的なものがいると思うんだけど、壊さないと死んじゃうよ』

「…は?」




 言っている意味がわからず眉を寄せる。阿伏兎も同じで、首を傾げた。



「何、それ、犬?」



 そういえば敵さんは犬型の天人だったが、特定のぽち2号的なものなんて言われても、全員白い犬だったり黒い犬だったりで違いがぴんっと来ない。区別をつけて殺せと言われても無理だし、皆殺しをするにしてもあの人型のからくりを突破するのは夜兎とは言えかなり難しいだろう。



『いや、神威の後ろにいるって、』



 神威ははっとなって後ろを振り向く。そこには同じようにしゃがんだ体勢でこちらをじっと見ている女形のからくりがいた。
ぽち
 攘夷戦争から足を洗って逃げ出した日のことをよく覚えている。




『何故、何故ですか?』




 問うた彼女に、は言った。



『命が惜しくなったのさ。』




 それは嘘じゃなかった。正直守られてばかり、いつも誰かに選択を委ね、それにくっついていただけのに、自分の身を守る以外の余裕なんて、他人を慮る余裕なんてひとかけらも残ってはいなかった。ただ腹に宿った温もりだけ、それだけ抱える強さしか、なかったのだ。

 だから、何も持って行かなかった、何も置いていかなかった。



『裏切り者、』




 告げられた言葉すらも、どうだって良かった。人間薄情者になろうと思えば、どこまでもなれるものだなと、乾いた心で他人事のように思ったことは、今も覚えている。

 ただそれが言い訳に過ぎなかったことも、は理解していた。



「あ、説明する前に切れちゃった。」



 は携帯電話片手に小さくため息をつく。



「大丈夫かな、神威の後ろにいたんだけど、ぽち君2号。」

「いや、嬢ちゃん!自分の心配しようぜ!!!」



 星海坊主が大きな声で叫ぶので、は思わずため息をついてしまった。全速力で走りながら、は横の扉を開ける。多少この区画にいるエイリアンはの支配下、というか、ぽち君一号の支配下にいるので、研究体のエイリアンはからくりたちを襲ってくれる。

 だが、低脳のエイリアンなど人型からくりの敵ではなく、あっさりやられて数秒の時間稼ぎにしかならないようだった。



「ぽち君、2号はどうしてるの?」



 は走りながら、ビーカーの中にいる金魚−もといぽち君1号に声をかける。だが答えは返してくれない。




「駄目か。」

「それ金魚だろ!?答えるわけねぇじゃねぇか!!」



 星海坊主が隣で叫んでいる。本当にうるさい人だ。本当に神威に似ていないと何度目かわからない思案を巡らせてから、上を見た。廊下の配管の張り巡らせ方から、上と下の階には鉄板かなにかが入っていて、研究体が逃げ出さないようになっているのだろう。

 と星海坊主が落ちたのは宇宙空間にゴミかなにかを捨てる穴だったのだ。そう簡単に上の階にいる神威たちと会うことは出来ないだろうと思って近くに金魚の入ったビーカーを置き、スマホで神威の位置を確認しようと思ったら、途端に天井が割れた。



「え?」



 流石のも漆黒の瞳を丸くして、天井を見上げる。

 星海坊主がの襟を引っ張り、天井の崩落から何とか免れる。流石に鉄板の混じった隔壁の下敷きになれば、でも流石に死ねた。砂埃に小さくが咳き込んで前を見ると、落ちてきた場所に女が降り立つ。

 女は辺りを見回し、の姿を認めるなり、その手に持ったバズーカをに向けた。



「やばっ、」



 は思ったが、すぐに刀を抜く。バズーカの筒の部位を切り落とし、発射は免れたが、蹴り出された足をよけることは出来ず、鞘で受け止めて後ろに飛ばされた。



「嬢ちゃん!!」



 星海坊主が叫ぶが、近くにいたからくりが彼に襲いかかる。

 それを横目で捉えながら、壁にまともにぶつかって痛む背中にこらえながら、横に飛んだ。が背中をつけていた壁にからくりの腕が突き刺さる。は刀を構えたまま、目の前の女の形をしたからくりに目を向けた。



「…どっかで見たお顔だね。」

『お久しぶりです。マスター。』



 平坦な声音、それは少し変わっているが、も知るぽち君2号だった。

 姿は地球人の25歳前後の女性をモデルにしている。さらさらの漆黒の髪に、鋭い漆黒の瞳、白い肌。それは攘夷時代に仲間たちにアンケートをとった結果、そういう容姿が良いとの要望でそうした。表情はほとんど変わらない。

 彼女はへと腰のサーベルを抜いた。からくりだけあって、切りつけてくる速度は非常に速い。それを紙一重でよけて、は彼女の腕を切り落とす。だが、もう一方の手で左腕を掴まれ、壁にたたきつけられた。



「っ!!」



 は痛みに表情を歪めたが、何とか踏ん張り、彼女のもう一方の腕も落とした。とはいえからくりだ、すぐに再生する。ひとまずその隙には距離をとった。

 何とか右腕で刀を扱えそうだが、左腕が痛みを放ってぶらぶらする。からくりだけあって腕力握力もすばらしい。彼女の基本形を作ったのは攘夷戦争の折、鬼兵隊に所属していた天才技師・平賀源外の息子だ。流石良い仕事をしていると感心してしまった。



『自分の命を惜しみ、他人の命をないがしろにする。変わってしまった貴方は死ぬべきです。その頭脳とともに。』



 冷たい、元々感情のない瞳がまだ尚冷たい。ただそれを受け止める覚悟が、今のにはある。



「悪いね、死ぬわけにはいかないんだよ。」




 犯した罪も、裏切りも、全部知っている。だが、絶対に、死ぬわけにはいかない。それがが戦うべき理由であり、命を絶つこともせず、のうのうと生きている理由だ。

 片親しかいない我が子を、孤児にするわけにはいかない。は両親を知らない。子供の片親も奪ってしまったのだから、絶対に、絶対には死ぬわけにはいかない。何をしたって、絶対に生にしがみつく。そうあの日に決めたのだ。

 痛む左手を無視し、ぐっと強く落とさぬように刀の束を握りしめる。



「今のわたしには、守らなくちゃいけないものがあるから。」



 絶対に刀を取り落とすことは許されない。ゾンビになっても、死ぬわけにはいかない。誰よりも、何よりもそのことを知っているのは、両親のいなかった自身だから。

 からくり相手に真っ向から行くのは馬鹿だから、どうしようかと考えていると、後ろからきゅいっとなにか力の収束する音がした。



「え?」



 が振り返ると、かぱっと金魚の小さな口が開いていて、そこから光が放出されるところだった。






金魚っぽいなにか