阿伏兎はぽかんとするしかなかった。




「な、なあ、金魚がバズーカみたいに火ぃ吹かなかったか?」

「いや、阿伏兎、金魚が自ら水から出て浮いてることに驚きなよ。」



 流石の神威も驚いたのか、おーと気のない声を上げながら、青い目を丸くする。

 神威が電話をしていたら女のからくりに襲われ、何とか攻撃をよけたら、からくりの攻撃に耐えきれなかった床の方が崩落したのだ。

 下の階まで落ちてなんとか身を起こしてみればと星海坊主もいて、大量のからくりがこちらに襲いかかってくるし、先ほどまで自分たちを襲っていた女のからくりは、下の階で崩落をよけていたの方へと襲いかかっていた。

 こちらもからくりに襲われて援護することも出来なかったが、が女のからくりに襲われ、事を構えている中で、突然後ろの壁の近くのビーカーに入っていた金魚が、そのからくりに向けて火をふいたのだ。しかもふよふよと宙を浮いて、の肩へと着地する。

 女のからくりはふっと後ろへと倒れた。

 あまりの事態に驚いたのか、からくりが全て動きを止めて、というか、神威も阿伏兎も、星海坊主ですらも驚きのあまり金魚に目を向ける。金魚はの頬にすりっと自分の丸い頭をこすりつけた。

 大きさは約10センチ。丸々太った、白と赤の金魚はふりふりのしっぽがとても可愛い。



「…ぽち君。」



 右手で刀を構えていたは頬をすり寄せてくる金魚に首を傾げる。ただそれほど驚いている様子はなく、少し嬉しそうだ。



「ちょっと待てぇええ!団長に壊せって言ってたぽち君2号は金魚なのか!?金魚なのか!?」



 と神威の電話は、阿伏兎も隣で聞いていた。

 ひとまず彼女の示す“ぽち君2号”がなにかわからず、挙げ句後ろにいると言われたのであの女のからくりかと思いきや、そのぽち君は金魚らしい。阿伏兎が渾身の力で突っ込みを入れると、横から神威に思い切り後頭部を傘で殴られた。



「うるさいヨ。」

「あのさ、俺、よか相当重傷なんだけど」

「そのくらいがたがた言うなよ。夜兎だろ。」



 神威はあっさりと言って、つかつかとの方へと歩み寄った。



も随分やられたね。大丈夫?」

「いや、血だらけの俺心配してくれね?」



 には一応確認といたわりの言葉をかける神威に、阿伏兎は不公平さを感じる。

 というか、確かにからの扱いも酷いが、神威に至っては自分を人間として扱っていない気がする。阿伏兎はため息をついたが、ひとまず立ち上がれる間は支えてもらえないだろうなと納得していた。



「なんか、ぽち君が助けてくれたみたいだね。」

「ぽち君って、その赤いの?」

「うん。可愛いでしょ。丸くて。」

「なんで飛んでるの。それ。」

「水陸両用肺呼吸できるんだ。あと、空気を水のようにかいてすすめるの。」

「ふぅん。」



 神威はよくわからないし、興味もないのかあっさりと納得した。の白い頬に頭を押しつける様から、どうやらその金魚はにこよなく懐いているらしい。



「からくり、止まったな。」



 阿伏兎は辺りを見回して言う。いつの間にかからくりは止まっていて、攻撃してくる様子はない。



「嬢ちゃん、怪我の方は大丈夫か?」



 星海坊主も歩み寄ってきて、に声をかける。阿伏兎としては心底自分の方が重傷なのだから心配して欲しいと思ったが、女と男では優先順位が違うのだろうと諦めることにした。



「うん。左腕やられたっていうか、はずれったぽい。」



 は地面に一端刀を差して、息を吐いた。鞘に収めると片手でもう一度鞘を払うのが面倒だからだろう。神威はの肩に触れると、少し小首を傾げる。



「はめる?」

「…」




 は黙り込んだ。医療従事者である彼女は腕がはまることを知っているが、痛みを伴うことも承知だ。しかも団員たちの治療の仕方は荒く、神威も例外ではないだろう。阿伏兎も例外なくのためらいが理解できたが、神威は容赦なかった。

 の肩に遠慮なく触れて、力をかける。



「っっ!!」

「はいはまったー」



 地球人の体なんて弱いものだから、それほどはめるのに力はいらないわけだが、痛かったのかは涙目で神威を睨んでいた。

 ただ阿伏兎にとってはありがたい。が動けなければ、阿伏兎も生憎に治療してもらえない。この場で医療の心得があるのは、のみなのだから。



「嬢ちゃん。さっきまでうんともすんとも言わなかったってのに、態度変わったみたいにころころよってるな、その金魚。」

「金魚じゃないです。ぽち君です。ぽち君1号です。」



 星海坊主の言うことには頑なに言うが、阿伏兎から見ても金魚だ。

 とはいえ、ただの金魚ではない。一般常識から考えて、宙を泳ぐ金魚を金魚とは言わないだろう。挙げ句口からバズーカのように火を噴き、自ら水から出て宙に浮き、しっぽをふりふりして頭をこすりつけて主に懐くこれを姿形だけで金魚と呼ぶなら別だが、既に金魚という生物を超えている。

 そんな生物、阿伏兎は知らない。



「って言うか、エイリアンを操ってたからくり、止めたのか?」



 阿伏兎は大けがを負っている右側を庇いながら、に尋ねる。




「それはね、このぽち君のおかげだよ。やっぱり止めてくれたんだね。」




 はなんてことのないように答えて、くりくりと人差し指で自分の頬に頭をすり寄せている金魚を撫でる。



「それ、なんなんだよ。」

「ぽち君だよ。」

「いや、ぽち君ってなんだよ!!」

「だから、この子だよ。」

 は漆黒の瞳をきょとんとして、阿伏兎に返してくる。彼女の言う確かにぽち君はその金魚なのだろうが、それが言った何なのか、どうやってぽち君がエイリアンを操っていた方のからくりを止めたのか、全体的によくわからない。



、昔話をしてよ。そのぽち君は、なんなの?」




 神威はの右肩をつつきながら尋ねる。は肩が外れているため痛いのか、表情を歪めながら、大きなため息をついた。

昔話






 ぽち君はもともと、の夫の実家で飼われていた金魚だった。

 丸々太っていて、しっぽがふりふりで白と赤で可愛かったから、彼の家に行った時に飼いたいとねだって、祝言の時に一緒に連れてきてもらったのだ。江戸に行く時も一緒に行ったし、攘夷戦争の折も一緒についてきた。

 金魚というのは存外長命で、10年以上生きるのも珍しくない。ただ一所には留まらなかったし、江戸に行ったあたりから金魚を飼うことの無理に気づきはじめ、段々攘夷戦争などとなると、金魚を手放すことも考え始めた。

 でもどうしてもは、何年も連れ添った金魚を手放すのが嫌で、考えに考えた結果、生命工学を学んで、肺呼吸を出来るようにしてみたり、宙を泳げる装備をつけてみたり、話せるようにしてみたりと、色々改造を加えた。



「あれ、でも元々は、なんか、ぽちじゃなくて、違う名前ついてたかも。」




 はうーんと腕を組んで考え込む。



「なんだっけ?」

『さわらび、わらび、』

「そいつしゃべるのか!?もう金魚じゃなくね?」



 阿伏兎が思わず突っ込みを入れる。

 それがうるさかったのか、は阿伏兎に巻いている包帯を思い切り引っ張った。の肩は鈍くしびれているがひとまず神威にはめてもらったため、大丈夫だ。しかし阿伏兎の方は重傷で、帰ったら応急処置が必要だった。



「そうそう。早蕨、早蕨。でもぽち君だよね。」

『ぽちぽち、ぽち、ぽち、』

「あ、そいつは気に入ってんのか、その微妙な名前。」



 星海坊主は何となく金魚のしっぽをふりふりする動きで納得したのか、呆れたような、哀れみのような目をと金魚に向ける。

 なぜだかわからないが、ひとまず金魚はがぽちと呼ぶようになると、夫が早蕨と呼んでも反応しなくなった。それくらいにはぽちと言う名前が気に入ったんだと思う。しっぽをふりふりするぽちを、はとてもかわいがった。



「で、なんでそのぽちが、小さなからくりを止められるのさ。」



 神威はの肩に乗っている金魚をつつく。すると金魚は神威にも懐くように、ぷかぷかと泳いで、頭をくっつけにいった。



「もう随分前になるのかな、あの小さなからくりに操られた死体とか、人とか、低脳なエイリアンとかに襲われて、犠牲者が増えたんだよ。だから、その指令を与えていた要塞を落とす作戦に私も関わったんだ。」



 は阿伏兎の包帯を丁寧に巻き直しながら、小さく息を吐く。

 機械関係に一番強かったのは、夫の率いる鬼兵隊にいた、平賀源外の息子だった。正し彼は生体兵器や近代的なプログラミングには詳しくなく、そこと要塞の建築に関してはの十八番だったため、攻略作戦はを中枢管理室に連れて行くと言うことに重きが置かれた。



「ぽち君にはすごい大きな記憶領域が入れてあってね。出力的に言うと、宇宙戦艦五つ分くらい?」

「そりゃもう金魚じゃねぇよ、嬢ちゃん。」

「ってか、口から火を噴く時点で兵器以外の何ものでもねぇよ。」

「だから金魚じゃなくてぽち君1号って言ってるでしょ?」

「話進まないから、以外全員黙れよ。」



 神威が冷ややかに突っ込みをいなして、に話を進めるように言う。




「ぽち君にはもともとわたしの命令で、敵だった天人が使ってた、小さなからくりに指令を送るプログラムを止めるプログラムが入ってるんだ。ま、ぽち君1号がここにいたのは偶然で、びっくりだったけど。」




 金魚だったぽちを改造する過程で、かなりの部分を機械化することになった。当時のはより良い、よりハイスペックのものを求めていた。そのため記憶領域も莫大で、そこに大抵の場合プログラムを入れていたのだ。



「多分、攘夷戦争が終わった後、犬威星の天人があの要塞を使ったんだね。」




 攘夷戦争が終わり、仲間たちが散り散りになったと、作られたものをすべてかっさらっていったんだろう。が止めた小さなからくりたちも、また改造されて使われるようになっただろうし、が研究していたものも、すべて利用されたのだろう。

 その中に、水陸両用金魚のぽち君もいたという訳だ。しかしながら、あんな所に入れられていたと言うことは、その水陸両用金魚であるという価値が中身を覆い隠して、誰も記憶領域に気づかなかったのだ。



「わたしも、お腹に子供がいたから、他人を思いやる余裕なんてなくて、ぽち君1号や2号にまで、手が回らなかったから。」



 は目尻を下げて、神威の傍にいる金魚を見やる。

 本当は処分するなり、つれて行くなりの決断を下さなければならなかったのはだが、当時のには自分の身を守るだけで精一杯で、そんな余裕などありはしなかった。既に自我のあるぽち1号と2号には、本当に申し訳ないし、研究所にいると言うことは、辛い思いをしただろう。

 金魚は漆黒の丸い瞳でを見ていたが、しっぽをふりふりしての方へと行くと、すりっとまた頭をの頬に押しつけた。



『うん しんじてた 』



 柔らかいひらひらのしっぽがの頬に触れる。片言の高い子供の声が響いて、は金魚と同じ漆黒の瞳を僅かに揺らして目を細めた。



「で、あの女のからくりがぽち君2号なの?あれはなんなの。」

「んーそうだけど、違うかな。あれはねー。」



 は口を開いて、ふと倒れているはずのぽち君2号に目を向け、ぽかんとそのまま動きを止めた。



『貴方は、死ななければならない。』




 僅かに低い女性の声。それと同時に、神威が振り向いたが、もう遅い。彼女の腕が銃に変わっていて、銃声が響く。




「ぽち、く、…」



 が小さく呟いた声は、彼女には届かなかった。




待って、待って、