いろいろと説明するのが面倒だったので、はあっさりと神威と星海坊主を置いていくことにした。





「よっと。」





 は通気口から出て、廊下に下りる。

 からくりが追っているのは恐らくだろう。ついでに犬型の天人たちが危険視しているのもで間違いないから、星海坊主と神威はから離れれば襲われずにすむはずだ。そういう点では通気口に怪我をして隠れている阿伏兎も安全だろう。



『裏切り者に、死を』



 そう言って追いかけてくるからくりを指揮しているのが、ぽち君2号、こと早苗だ。彼女は人として生まれ、科学者たちの人体実験の一環として機械となった。そのため、人の命を弄ぶ科学者たちを憎んでいる。中枢プログラムを指揮しているのは間違いなく早苗だろう。

 きっとを恨んでいるのだ。同じことをし、全てを放り出して、逃げ出したのことを。



「でも死ねないからね。」



 死のうと思っていた。全てを終わらせて死ぬことが出来ると思っていた。でも、には子供がいるから、それは出来ない。ひとりでも前に進まなければならない。

 後悔も奪った命も背負って、立つ根性は弱虫なには欠片もないが、それでも子供を守らなければならないという女としての矜持だけが、辛くても悲しくてもをいつも生かす。幼いを背負って追いはぎをして生活していたという兄もこんな気持ちだったのかも知れない。

 ひとまずがやるべきことは、この任務をとっとと終えることだ。

 通気口から中央プログラムの制御中枢のメインルームの狭い通気口へと入って、そこから催眠ガスを流し込むことにした。ぱたぱたしばらく仰いでから、面倒くさくなって、それを通気口から中へと放り込んだ。



「な、なにものだ!」



 今にも眠りそうな犬の天人たちがそう言って通気口の方へと目を向けるが、既に地べたを這いつくばっているので、問題ない。まだ眠っていない天人もいるが、早くシステムを止めてしまいたかったは、下へと降り立った。



「こーんにちはー。」



 は中枢部と思わしきメインルームに、間抜けな声とともに侵入する。



「き、貴様!」



 ここにはからくりを制御するシステムがあるため逆にからくりは入れなくなっている。そうなっているのは恐らく、この犬型の天人が地球の攘夷戦争に参加し、自分たちが使っていたからくりがのプログラムによって反旗を翻すということを理解したからだろう。



「白い悪魔!おまえ!」

「ちょっと、お休みなさい。」



 は何の躊躇いもなく鞘を振り下ろす。相変わらず肩は若干痛むが、刀を振るうに問題があるほどではない。とはいえ、別に彼らを殺す必要性はないため、だいたい峰打ちをして眠ってもらうことにした。天人たちを適当に縛り付けてから、はメインシステムの前に腰を下ろす。



「…懐かしいな。」



 たくさんの画面がこちらを見ている。

 この場所にいるのが、昔のは楽しくてたまらなかった。敵のプログラムに侵入し、それを破壊する。そのことによって宇宙船や、要塞のメインシステムを崩壊させ、時には宇宙船の墜落や、からくりの暴走、もしくは破壊を引き起こす。

 自分の力を世界に示す、なんてそんなたいしたことを考えたことはない。国のためなんて、ましてやどうでも良かった。兄たち、夫の傍にいるために必要だったから、やった。

 だが、ことの重大さがわからない、見ようともしなかったにとって、その行為はただ、ゲームをクリアするのに躍起になる子供そのものだった。宇宙船が墜落することによって、からくりを暴走させることによって死ぬ幾多の仲間や、天人の屍なんて、見えちゃいなかった。

 は、どこまでも子供だったのだ。




「吐き気がする。」





 今のにとって、この場所は不快感しか残らない。口元を手で押さえて、自分を落ち着けるように息を吐く。早く任務を終わらせないといけない。それがの役目だ。




「ぽち君、また、置いてきちゃった。」




 は目尻を下げる。

 昔を思い出すと死ぬフラグだとか言われるが、が死ぬわけにはいかない。親のいない子供がどんな扱いを受けるのか、は知っている。でも、酷く不安になった。

 いつもこうしてたくさんの画面の前にいる時は、兄が、夫が、そして幼馴染みや仲間たちがいた。そうやって大丈夫なように、いつも守ってもらっていた。そこがの大切な居場所で、守りたかった場所だった。

 でも、自分と居場所の一部だった大切な師を切り捨てないと、大切な自分の居場所を守れないことを知った。このままただ時間がたてば全部全部壊れてしまう。

 空っぽの天才と呼ばれた、自分にしか出来ない事だと知っていた。自分の命と師の命を犠牲に大切な居場所を守るか、このまま全てが滅び行くのを待つか。いつも守られて弱虫だったには、もう何も見えなかった。



 ――――――――――貴方は、もう空っぽではないでしょう?



 たくさんの命を奪ったに、守らなければならない命が出来た。それだけは守らなくてはいけない。例え崩れそうになっても。

 そのために、自分はここにいるのだ。



「やるか。」




 小さなかけ声とともに、プログラムに触れたが、画面を見ては眼を丸くした。



空っぽだった





「一体おまえはあんな嬢ちゃんどこで拾ってきたんだ!?」






 星海坊主は息子に叫んでしまった。

 地球の攘夷戦争に動員されていた天人たちの中で、白い悪魔は化け物として有名だった。幼い天才と言われた地球人の少女は、幼いが故に欠片の倫理観も持ち合わせておらず、毒ガスやからくりという生物兵器をいくらでも使って見せた。

 そのため、天人側は恐ろしい犠牲を強いられたと星海坊主ですらも聞いたことがある。

 彼女の前では強固なはずの宇宙船のプログラムですらも形無しで、彼女がいる戦場で宇宙船は飛べないとまで言われた程だった。


 確かな写真などは出回っていないが、指名手配書などからは銀髪で、小柄。年齢は当時10代半ば、現在後半といったところだと言われている。10代前半である藩の砲台計画を立て、採用されたのを皮切りに、次々と機械工学、生命工学の分野で才能を発揮した天才。

 元は孤児であったため出身はわからず、実両親も不明。とある町奉行の養子になっていたが、その町奉行は後に切腹を余儀なくされた。

 幼い頃からもてはやされ、倫理観の欠けた天才がそのまま流れるように攘夷戦争に参加したのは、夫が攘夷志士だったためだった。攘夷戦争終結の少し前から彼女の消息は基本的に不明。女だったと言うこともあり、死亡したと考えられていた。

 頭脳的な天才、さらにあれほどに腕っ節が強いとなれば、もう弱々しい地球人と言うよりはただの化け物だ。

 間接、直接を含めて殺した人数だけを考えれば、少なく見積もっても数万。多ければ数十万人を超しているだろう。彼女が自分で言ったとおり、下手をすれば間接的な殺人は、星海坊主よりも彼女の方が遥かに多い。



「どこでって、地球だヨ。だって俺、怪我したときに助けてもらっちゃったし、強そうだから、いつか自分で殺そうと思って連れて帰ってきたんだ。あれは俺のものだヨ?」

「そんなレベルのもんじゃねぇよ、ありゃ戦艦落とすくらいの化け物だぞ!ついでに多分、この金魚もだ!!」




 星海坊主は金魚に傘の切っ先を向ける。がおいていった金魚は、向けられた切っ先も気にせず、星海坊主にも神威にもよることなく、宙を浮いている。

 丸々太った体躯は確かに可愛いが、恐らく彼女が言っていたとおり戦艦数隻分くらいの記憶領域や仕掛けがあるのだろう。もう可愛らしいひらひらのしっぽすらも恐怖の対象でしかない。道理で口から火を噴くわけだ。

 彼女の技術と、化け物的な能力の結晶。



「金魚じゃなくてぽちじゃなかったっけ?」

「もう名前なんて何でも良いわ!!」



 星海坊主は叫んでしまった。

 あの女はあまりに危険すぎる。ましてや倫理観の欠けた天才というのは、まさに自分が何をしているかわかっていない化け物だ。そういう奴らが安易に細菌やら、からくりを作り、国を滅ぼしていく。そういう例を星海坊主は戦いの中で見てきた。



「何それ、見殺しにしろってこと?」




 神威は少しむっとした顔で、星海坊主を見てきた。




「あぁいう科学者はやばいのさ。早く息の根止めておいた方が、他人様のため、いや、宇宙のためだ。」



 星海坊主には彼女を判断できるほどの材料はない。だが今まで知っている“白い悪魔”の功績は、ろくなものがなかった。

 神威は知らなかっただろうが、現在宇宙船でよく使われている擬人化防衛プログラムや、中枢システム、衛星によるミサイルシステムなど、かなりの部分が白い悪魔の功績だと言われている。

 特に彼女が使用し、後に流用された宇宙船のメインシステムへのハッキングプログラムは、現在のほとんどの宇宙船がプログラムの変更を余儀なくされたほど精巧で、危険なものだった。そのプログラムだけでも多くの天人が死亡している。




「彼女が自分の生み出したからくりを止め、死ぬのならば、それはそれで仕方がないさ。」




 星海坊主はたくさんのものを見てきた。死も生もすべてだ。

 彼女がそんな安易なタイプには見えなかったが、倫理観のない空っぽの天才は次の恐ろしい発明物を生み出す前に死んだほうが良いのだ。しかもあの腕っ節とあれば、自分の身を守る術にも長けている。死こそが、本人にとっても他人にとっても幸せなのだ。



「見殺しにしろとまでは言っていない。だが、帰ってこないというならば放っておけといっているんだ。」



 星海坊主がそう言うと、不思議そうに神威は首を傾けると、の指名手配書の映っていた、星海坊主の端末をあっさりと粉砕した。



「おいいいいいい!」

「どうでも良いよ。そんなの。昔なんかそういや、見たような気もするし。」

「気もするって、わかってたのにあの嬢ちゃん拾ったのか!?」



 星海坊主は呆然とする。詳しい人数は知らなかったようだが、それでも指名手配犯など、基本的なことに関して神威は承知していたらしい。

 星海坊主は息子を睨んだが、彼の青い瞳はどこまでも星海坊主の話に興味を抱いた風がなかった。









死すべきもの