が数万人を殺した化け物だと言われても、いまいちぴんとこない。
「指名手配犯だってことはもともと知ってるし、化け物とか言われてもよくわかんないよ」
神威は元々を追うために雇われた傭兵だった。だから、彼女が指名手配犯だと言うことは最初から知っていた。宇宙に連れてきたのも、地球では指名手配犯のが暮らすのは大変そうだったし、神威の仕事の関係もあったからだ。
別に今更星海坊主にぐだぐだ言われなくてもわかっている。
更に言うなれば、あまり賢くない神威にとって、がどの程度賢いかなんてよくわからない。間違いなく第七師団にいる団員全員よりも賢いと言うことはわかるし、自分よりも賢いんだろうが、ただそれ以下でもそれ以上でもない。
彼女の戦い方には彼女の頭の良さや、神威が考えもしない動きが含まれているが、賢いなぁと感心する程度だ。
どの程度賢いとか、あまりに危険な化け物だと言われても、馬鹿な神威にはわからない。
「だがあの嬢ちゃんは多くの天人を殺すためのプログラムやからくりを作った女だぞ?おまえはみすみすそいつに利用されてやるつもりか?」
の頭脳という科学に、夜兎という単純な力が加わる。それは恐ろしいことだと星海坊主は言う。彼女は賢く、神威のことだって利用しようと思えば利用できる。だが、神威が知る限り、は神威の意向に沿うことはあっても、利用しようとしたことはなかった。
「利用、ねぇ。俺がを利用したことはあるけど、そういえばが俺を利用したことはないね。運び屋に使われたことはあるけど。」
神威は出会ってからのことをざっと思い出すが、やはりなさそうだった。
神威が戦いたいと思って、がその場所を提供してくれることはある。だが、が神威に望みを口にしたのは一度だけだ。宇宙に連れてって、と。本当にそれだけで、それ以外頼ってくることもなければ、利用することもない。
「俺はそんなのなに?機械工学とか、生命工学とか、なんかよくわからない発明とかしてるの見たことないし、ちょっと師団の戦艦のプログラムいじってただけで、他は書類仕事で缶詰してるくらいだよ。」
は確かに師団の母艦のプログラムをいじったり、団員たちが壊した船の応急処置をすることはあるが、それ以上でもそれ以下でもない。最近はただ単に書類仕事で缶詰をしているイメージだ。
そう、が化け物なんて言われても、よくわからない。
「もともと腕っ節は強いよ。俺が惚れるくらいにはネ。でも、は、さ。」
神威の知っているは、確かに鋼のような漆黒の瞳をした、躊躇いもなく人を殺す、戦場では強い女だ。その裏側では、お人好しで八方美人で、自分の子供に対する接し方すらわからない、仕事ばかり気にかけて、そんなところに存在意義を探している、馬鹿な女だ。
確かに学力という点では賢いのかも知れない。ただ、本質的に、誰が賢いのだ。神威にはよくわからない。
「だが、あの嬢ちゃんは言ってしまえば大量殺戮犯みたいなもんだぞ?」
「俺たちだって直接手を下してるだけで一緒でしょ。きれい事言うなよ。」
神威は自分の父親を鼻で笑った。人殺しという点では、夜兎ももかわりはしない。
確かにの方が直接手を下す神威や星海坊主より、殺してきた数が多いのかも知れない。だが、やっていることは一緒だ。目の前の敵を排除するためには効率的な方法をとった、それがからくりやプログラムによる、より大量の天人を殺せたと言うだけ。
結果の数は違うかも知れないが、過程も結論も一緒だ。
「のこと、何も知らないのに、語らないでよ。」
神威は星海坊主にその青い瞳を向ける。彼は漆黒の瞳を丸く見開いていた。
「それに俺はの過去なんてどうでも良いんだ。」
が神威に過去なんてどうでも良いと言ったとおり、本当に神威は彼女の過去なんてどうでも良いと思っている。気になるのは、彼女を知りたいとか、こういう過去に関わる事態が起こった時に困るからだ。
「が賢いなんて嘘だよ。他人を思いやっておいてくなんて、馬鹿のすることだ。」
馬鹿でなければ、神威などとともにいようなどとしない。彼女がもっと賢ければ、自分が狙われるとわかり、こうして神威と星海坊主を置いていったりなんてしない。神威の力を利用し、もっとせこく生きるだろう。
だから、はどこまでも、少なくとも敵であった天人を、怪我をしているという理由だけで助けてしまうような、お人好しの馬鹿だ。
「ただ、そうだね。その話を聞いてますますが気に入ったよ。あいつは俺が思ってるよりずっと、強いんだね。」
神威は傘を振り上げ、思い切り自分の足下を破壊する。足下にいたからくりは一緒に吹っ飛んだ。
突然襲われたからくりは、対応も出来ず大半が吹っ飛んだ。そこはいくつかある管理システムの支部のような場所で、いくつかのシステムがある。
神威は通気口から、その部屋に降り立った。
「おまえたち、早くこの男を殺せ!!」
犬型の天人たちは驚いたように神威を見て、からくりたちに命じる。だが次の瞬間、人型のからくりは、犬型の天人たちの首を何の躊躇いもなく持っていた大釜ではねた。
「何をしている!!」
叫んだ天人が、別にからくりに撃たれ、地に伏す。そして、人型のからくりたちは神威を見ると、バズーカや銃を向けた。
「…仲間割れか?」
星海坊主も通気口から下りてきて、目を見張る。
『いえ、おそらく、全てのプログラムが一端停止されただけです。おかげで、私たちは心置きなく主たちを殺しに行けます。』
人型のからくりたちは、女の声で、一斉に言った。主たち、とはおそらく犬型の天人たちもそうだが、も含まれるのだろう。
「どうでも良いけど、俺もを殺しに行きたい気分なんだ。」
傘を肩に担ぎ上げ、にっと笑うと、思い切り人型のからくりの横っ面を蹴り上げる。すると星海坊主と神威のやりとりをじっと見ていた金魚が、迷うことなく神威の肩へと乗っかった。
「あれ、おまえも行くの?」
『いく、いく−!!』
丸々太った金魚は、しっぽをふりふりと振り、高い電子音声で答えると、かぱっとまたその分厚い口を開けて、からくりに向けて火を噴いた。
「ひゅー、おまえ金魚のくせにやるネ」
神威は傘を軽く振って近くにいたからくりの頭を飛ばしてから、褒める。
「やるってレベルじゃねぇ!!そりゃ兵器だ!!」
星海坊主が頭上の通気口からまだ叫んでいたが、うるさいと思ったので、ついでに傘を向けて銃弾を撃ち込んでおく。やっぱりむかつくし、鬱陶しい父親だ。本当にろくなことがない。そもそもこの馬鹿がいらないことを神威に話し出さなければ、が先に行くこともなかったのだ。
「あれ、そう考えると、全部この馬鹿のせいじゃない?」
神威はふと気づいて、通気口にへばりついて、銃弾を避けた男を眺める。ぱくぱくとまだ煙の出ている口を開け閉めしながら、金魚も一緒に漆黒の丸い瞳を星海坊主に向ける。
「…あとで殺すなら許してくれるかな。」
『やれやれ〜』
「その金魚殺人教唆まですんじゃねぇか!!」
「殺人もするヨ」
『目標を排除します』
神威の声を合図にしたように、金魚が口から星海坊主をめがけて火を噴いた。
君を追う
はじっと画面に映っている光景を眺めて、小さく舌打ちをした。いくつかの画面に映っているのは、犬型の天人たちがからくりによって惨殺されている姿だった。
「当然なのかなぁ。ま、そうか。」
は頭の中で久々にプログラムを組み、キーボードを叩きながら文字しか並んでいない画面と現実を映し出している画面とを同時に見る。
彼女は元々人であり、人の脳みそをデータ化し、機械化しているため、人としての感情が存在する。もちろん本来の人格なんてものはすでに失われて久しいだろうし、既に人だった頃の記憶もすり切れ、形骸化しているはずだ。
「杜撰すぎる…」
は高速でキーボードを叩きながら、自分のプログラムを見直し、ため息をついた。
かつては自分の都合の良い洗脳電波を組み込み、小さなからくりを埋め込んだ天人の死体や低脳エイリアンを天人たちにけしかけて思い切り小太郎に叱られたことがある。そのため、が今、持っているのは洗脳電波を止めるプログラムだけだ。
昔あった、制作者を攻撃しないというプログラムは、が大昔に解いてしまっていた。今あのぽち君シリーズに入っているのは、兄と夫、そして長髪馬鹿を攻撃しないというプログラムだけだ。要するにこの場に全員いない。
「やっちゃったなー」
正直、プログラムを作った当時の自分を、ワープして殴り飛ばしたい気分だ。
ひとまず人型のからくりを操っていたプログラムは破壊したが、それによって制御を失った人型のからくりたちは自分たちを支配し続けていた犬型の天人、そしてへと矛先を変えた。この中枢システムのある部屋に来るのも時間の問題だろう。
それまでに、どうにかして彼女を止めるためのプログラムを構築しなければならない。
昔ならばがプログラムを組んでいる間、仲間たちが見張っていてくれたが、今、の後ろには誰もいない。全部失ってしまった。
「結構…心細いものだね。」
がらんとした中央システムの部屋には、と、眠っている犬型の天人たちしかいない。はひとりぼっちだ。一人になってしまった。いつも自分を守ってきてくれた、大切な人たちを置いて、は子供を守るために出てきてしまった。
休みなくキーボードを叩きながら、視線を下げ、唇を噛んだ。
せっかく戻ってきたぽち君1号も神威に何かあっては困るからと置いてきてしまった。ぽち君の中枢には高性能のコンピューターがあるため、本当は速度を上げることが出来るのだが、神威と星海坊主が怪我をしても後味が悪い。
説明するのが面倒でふわぁっと出てきてしまったが、後で神威に怒られるだろう。
「…帰りたくなくなってきた。」
自分のやったことを思い出せば思い出すほど、帰りたくない。というか、帰れるんだろうか。なんて、くだらないことを考えていたら、神威を置いてくるなんて結構やばいことをしたのかも知れない、とキーボードを打つ手が止まる。
戻ったら殴られるかも知れない。いや、夜兎に本気で殴られれば地球人のなど軽く死んでしまいそうだが。
「やっぱり、潔く会った時に謝ろう。細かいことは気にせずあとにしよう。」
なんだかばからしくなってきたし、考えるのも疲れたので、今はひとまずプログラムに集中することにした。やっぱり早く終わらせて早く帰るに越したことはない。嫌なことは早く終わらせるべきだ。
本当ならば任務はエイリアンの支配から大陸を奪還することで、小さなからくりを解除した時点でエイリアンの支配からは脱するので、それで終わりだ。とはいえ、あの人型のからくりはの、そしてこの星を統べる者たちの、向後の憂いとなるだろう。
は画面に向いていたが、気配に飛び退く。だが、それくらいではまずかった。
「っ、」
爆風にそのまま吹き飛ばされる。バズーカかなにかを避け損ねたらしい。破片があたったのか左腕からは血が出ていた。体勢を立て直し、片膝を立てる。
『流石、避けましたか。』
静かな機械の声が、中央室に響く。はすぐに機械を背にして、裏側に隠れたが、途端に爆発音が反響する。どうやら犬型の天人たちは、眠ったまま天国に召されてしまったらしい。
『主よ。断罪の時間です。』
は感情のない、でも感情の含まれた声で紡がれたそれを聞いて、目を閉じた。
遠き日に懺悔を