「あ、だ。」



 神威は弾んだ声でそう言って、顔を上げて手を振った。

 処刑されそうになっていた神威だったが、幸い高杉に助けられ、ついでに第七師団も到着したため、何とか首の乾いちまいでつながった。もちろん第七師団の中には阿伏兎と、の姿がある。黒一色の第七師団の中で、白銀の髪をした彼女はよく目立っていた。

 処刑場には鬼兵隊の面々と第七師団、そして阿呆提督の私兵がひしめき、殺し合っている。

 その中をつかつかと刀を持ち、邪魔者を斬り殺しながらやってきたは、神威の胸ぐらをがしっと掴んだ。



「おまえいい加減にしろよ、」

「キャラ変わってるよ、。」



 神威はけろっとした顔で返すが、珍しく怒っているのか、いつも落ち着いていて驚かない、怯えないの瞳には、苛烈な怒りの色が浮かんでいた。



「あ、姉御、押さえて…。」



 第七師団の団員たちが、鬼兵隊の手前もあってに言うが、ゆっくりと彼女が冷ややかで激しい怒りの眼差しのまま、般若を後ろに背負って「あぁ?」と振り向くと、「何でもありません」の言葉とともに黙り込んだ。



「わたし、言ったよね、阿呆にはついてくなって、」

「言ったっけ?」



 神威はこてんと首を傾げてを見下ろす。神威のやることを大抵「仕方ないな」の一言で許してくれる彼女が怒るなんて珍しいな、なんて思いつつ、そういえば確かに言われた気がする。



「わたし何のために終月様んとこに足運んでんだと思ってんだよ。」



 そういえば、彼女が春雨の元老の一人である終月の所に行く前に、きちんと説明された。

 最近阿呆提督の動きが怪しいし、第七師団も権力を持ちすぎているから、元老の終月に許可を取って提督である阿呆を殺しにかかろうとしていたのだ。元老の承認が得られなければやっかいなことが増える、というのがの意見だった。

 そのことを思い出して神威は「あ。」と声を上げる。

 元老の終月は夜兎と地球人のハーフで、地球人のを気に入っている。終月の船にが留められることも多く、が第七師団になかなか帰ってこないことが嫌で、問題を起こせば早く帰ってきてくれるだろうと思って、に駄目だと言われていたのに阿呆提督について行ったのだ。

 結果として生き残っているが、今回は晋助がいなければそこそこ危なかった。



「ついでに海賊王になるんでしょ?!あんたが死んだら、誰がわたしを殺すんだ。」



 ぐっと服の胸元を掴む白い手に、力がこもる。の言葉に、神威は僅かに目を見開いて、心配をかけたんだな、と少し悪いことをした気分になった。



「ごめんごめん。悪かったよ。苛々してて忘れてたんだ。」



 ぽんっとの頭に手を置いて、よしよしと撫でる。



「ほんと勘弁しろよー。が間に合わなかったら、おまえみてぇなスットコドッコイとも綺麗さっぱりおさらはだったんだがなぁ。」



 阿伏兎が腰に手を当てて、傘を肩に担ぎ、ため息をついた。

 基本的に第七師団は馬鹿ばかりで、戦略的な動きの指示を出せるのはのみだ。彼女が第七師団に合流するのが少し遅ければ、手元にある軍勢や他の師団に呼びかけ、処刑される神威を助けることが出来なかっただろう。



「ってかさ、阿呆提督はどうしたの?」




 がはたっと神威の胸元の服から手を離して、周りの面々に尋ねる。



「逃げたんじゃね?」



 晋助が気のない様子で刀を持ったまま、答えた。鬼兵隊も続々と集まってきていて、を複雑そうな目で見ている。

 それに気づいて、神威は辺りを見回した。

 どうやら鬼兵隊の中の幾人かはをよく知っているらしい。そういえば彼女は存外鬼兵隊のことをよく知っていたし、攘夷戦争に鬼兵隊は参加していたと言うから、昔の戦友とかなのかも知れない。ただの視線は鬼兵隊に全く留まらない。

 むしろ目の前の事態の処理にこそ動いていた。



「え、それはまずい。まずいよ。ちょっと阿伏兎、神威と一緒に行って殺してきて。」

「殺して良いのかよ?てっきり元老の手前殺しちゃなんねぇのかと、」



 阿伏兎は神威の行動を知って切れかけているの手前、大人しくしていたのだ。神威が阿伏兎に視線を向けると、彼はわかるように肩をすくめた。



「殺さなきゃ駄目だよ。今回は鬼兵隊もいるんだし、第七死団員以外全員皆殺しって訳にはいかないんだから、頭とっとかないと。」




 は冷静に言って、神威の背中を押す。神威は少し考えるようにを見たが、がしりとの手を掴んだ。




「なに?早く殺してき…」

「おまえも行くよね。。」

「は?行かないよ。わたし後始末に忙しいもん。今回どんだけいろんな人に迷惑かけたと思ってるの。」



 は能面のような顔のまま、神威の手を払った。

 いつもなら黙って仕方ないと神威についていくが、今回は虫の居所が悪いらしい。絶対零度の冷たさで、全く表情が動かない、まさに後ろに般若の面を背負った、能面だ。いつもにこやかなはずの彼女の冷たい態度にびびって、団員はびくびくしていた。

 日頃怒らない人間が怒っているのを見ると恐ろしいと言うことだろう。が、神威には何ら関係ない。



「決まってるでしょ?俺と地獄へランデブーさ。」

「ふざけんな。勝手に行けよ。」



 はそう言って神威に背を向け、団員たちを振り返る。ここまで言っても来ないなんて、相当怒っているらしい。神威は青色の瞳をぱちぱちと瞬いて、どうしようかと少し悩んだ。



「鬼兵隊も含めて邪魔だからけが人を下げて、襲ってくる奴は皆殺しにして良いから、同士討ちだけはさけてね。逃げる奴は、今回は追わなくても良いよ。」



 は後ろにいる団員たちに淡々と指示を出していく。



「阿伏兎、はやく神威と一緒に阿呆提督殺して来て。神威が行かないならもうそれで良いから、ひとまず殺してきて。」

も行こうヨ。」



 神威はがしっとの腰を掴む。



「おいおい、団長。今回ぐらいは引き下がれよぉ〜、俺があたられるんだぜ?」



 阿伏兎が頭をかいて、ごねる神威を宥めるに回った。

 は比較的団員には八方美人で、怒っていようがむかついていようが優しいが、阿伏兎があまり好きではないから、阿伏兎がの体の良いサンドバッグになることがよくあった。かつてないほど今回彼女の機嫌は悪いから、散々あたられたのだろう。



「だーめ、は俺のだから、俺がどこに連れて行こうが勝手でしょ。」



 神威はにっと笑っての腰にまとわりついていたが、が鍔に親指をかけた途端に飛び退いた。



「ちっ、そのアホ毛切り取ろうと思ったのに。」

「あはは、酷いなぁ。」



 傘のない状態で、刀を持つとやり合うのは結構骨が折れる。の刀は夜兎の体であったとしても簡単に切り裂くだろう。がこういう怒り方をしたことはないから、神威はよく退き方がわからず、どうしようかとを見据える。

 ただ、先に彼女の漆黒の瞳は落ち着きを取り戻していた。



「仕方ないな。わたし神威とちょっと行ってくるわ。」

「おぉ、おぉ。早く行ってくれ。俺はおまえらの喧嘩に巻き込まれるなんざ、まっぴらごめんだ。命いくらあっても足りねぇ。」



 阿伏兎が言うと、他の団員たちも首振り人形かと言うほど首を縦に振る。




「良かったね。俺に感謝してよ。」



 神威はにっこりと笑って団員たちに言うと、手をひらひらと振った。



「俺も行く。」



 晋助が息を吐いて、刀を構える。が初めて晋助の方に視線を向け、僅かに眉を寄せた。だが、それは一瞬で、神威にすぐ目を戻した。



。なんか、手のひら返すの早かったネ。怒ってたんじゃないの?」



 神威はにこっと笑ってに尋ねる。



「うん。よく考えたら、団員たちに八つ当たりするわけにはいかないから、」



 は満面の笑みでそう言って刀を抜き、目の前にある、閉じられていた隔壁を切り裂く。崩れたそれの裏には第八師団の団員であろう大量の黒い犬型の天人がいた。



「敵に八つ当たりしようと思って。」

「最悪だなぁ。おい、」



 晋助が心底呆れたように言って、ぽつりと呟く。




「てめぇ、ちっとも変わってねぇよ。」




天性自己中