晋助はかつて自分の妻だった女を見据え、がれきの山に座って煙草を吹かした。



「これで良いの?。」



 阿呆提督と勾狼団長の死体を宇宙船から掘り出して、神威はに尋ねる。




「うん。OK。これ元老の終月様に送っとくよ。これでこの話は終いだ。」



 はグロテスクな死体を袖から取り出したスマートフォンで写し、データを送信した。



「っていうかさ、結局、俺、シンスケと一暴れしたいんだけど、俺たちって大丈夫なの?」



 神威はしゃがみ込んでいるに後ろから抱きつき、尋ねる。今頃になって、自分たちがやらかしたことがやばそうだと言うことに気づいたらしい。

 何とも短絡的な発想のこの男が生き残っていたことに晋助は心底驚きを抱く。

 確かに普通に考えれば、元老という上層部の命令なし、第七師団の独断と偏見で提督を排し、神威が提督になったといっても、元老に排除される可能性がある。ただ、晋助はがいる限り、そういうことにはならないだろうなと確信していた。

 そしておそらく、神威もそう思っているから、慌てなかったのだろう。



「さぁ?ま、そのためにわたしがいるんでしょ。」



 はぽんぽんと袴の埃を払い、ふーっと息を吐いてスマートフォンを着物の袖にしまった。



「今のところ別に問題ないよ。ちゃんと他の師団を掌握できるなら、ね。」

「で、その話はもう終わってるってか。」



 晋助はの用意の良さに気のない賞賛を送る。

 神威の援護として、他の師団もやってきていた。要するには既に他の師団を掌握するために、話をだいたい終えていると言うことになる。文句をたらたら言い、自分の命を危険にさらしたと神威に怒り狂っていた割に、彼女は神威が生きていることをそれほど疑っていなかったのだ。



「流石だ。腕っ節も一流。頭も一流だね。」



 神威はケラケラと笑って安っぽい賞賛を口にした。は八つ当たりを終えているため、もうそれほど苛立っていないのか、既に瞳には平坦な色合いしかない。



「早く帰ろう。わたし書類が終わってない。」



 は神威に抱きつかれたまま腰を上げ、刀を鞘に収めた。



「第七師団は元老とつながってんのか?」




 晋助は当たり前のようにに尋ねる。彼女は少し考えるように漆黒の瞳で宙を眺めてから、うんとあっさり頷いた。



「そうだよ。うちが勝手が出来るのは元老とつながってる。でもまぁ、どこまでできるかは謎だけどね。」



 うち、と表現する限り、彼女は第七師団に愛着を感じているのだろう。それが透けて見えて、晋助は小さく笑ってしまった。そして今となっては、彼女は晋助の無条件の味方ではない。彼女は重要なことは全て隠した。

 彼女は間違いなく、女だ。神威の、女だ。



「俺あいつ嫌い。すぐ呼び出すんだから。」

「神威、貴方もわたしを呼び出すという点では一緒。今回もわたしが元老の所に行ったのが気に入らなかったんでしょ?」

「わかってるなら行くなよ。」



 神威の青色の瞳が細く開かれ、声が僅かに低くなる。はそれを確認したが、全く恐れる様子もなく、ぽんっと神威の頭を叩く。

 第七師団が大事を起こせば、元老の所に行っているとは言え、は早く戻ってくる。今回もに阿呆提督を警戒するように言われていたというのに、阿呆提督について行った理由は、面白そうだと言うだけではなく、問題になっても彼女が帰ってくるから良いかという、神威の安易な発想があったのだろう。

 どうやらこの神威という男はのことを至極気に入っているらしい。



「はなして、動けないよ。」



 は僅かに目尻を下げて、淡く笑んだ。怒りながらも、怒りきれないような、はにかむような、たくさんの感情を内包した柔らかい笑み。それに晋助の方が目を見張る。



「なんだ、存外しおらしい面出来るようになったじゃねぇか。」



 晋助はぽかんと口を開けたまま、口にしてしまった。



「は?」



 は不思議そうに首を傾げる。

 晋助の妻だった頃のはまだまだ幼く、いつも子供だった。年齢が晋助よりいつも下だったこともあり、銀時も、そして小太郎も常に彼女のことを子供として扱っていたし、彼女自身いつも感情的で、まっすぐでストレートにものを言っていた。

 強がりも、悲しみもすべてまっすぐ口にしていたから、いつも感情が透けて見えていた。

 だが、今の彼女は違う。随分と苦労しただろうし、大人になった。そして神威に向けるその漆黒の瞳には、確かな愛情と優しさがあった。



「そういや知り合い?」




 神威はひょこっとから離れ、かわりに血まみれの手で彼女の白い手を取る。




「うん。元旦那。」




 はあっさりと臆することなく口にした。そこには神威への信頼がうかがえる。彼も別に顔色一つ変えずに、もう一度晋助の方を見ると、「ふぅん」と興味なさそうに答えた。



「そっか。おまえろくな男の趣味してないネ、」

「あぁ、そう。じゃあ、神威はさぞかし大層な男になってくれるんでしょうね。」



 神威はにっこりと笑って、に後ろから抱きつく。



「もちろん海賊王にでもなんでもなってやろうさ。だから俺がおまえを殺すまで、おまえは俺のだよ」

「あはは、期待してるよ。」



 彼女は神威の方を振り向くことはしなかったが、それでも安堵するように漆黒の瞳を細めていた。


彼を写す瞳