第七師団の母艦に鬼兵隊がやってきたのは、話し合いのためだった。




「…落ち着きませんな。」




 武市は眉を寄せ、辺りを見回す。

 第七師団の母艦は夜兎の精鋭を有し、団員たちも夜兎がほとんどで、仮に夜兎でなかったとしても同じくらい有名な荼吉尼だったり、明らかに見た目から屈強な天人ばかり。地球人である自分たちがあまりに不釣り合いで、思わず萎縮する。



「これが、第七師団でござるか。」



 万斉も異様な空気にあたりを警戒する。

 また子を連れてこなかったのは正解だろう。周りは皆、百戦錬磨の猛者ばかり。襲われないとわかっていても、警戒するのが当然だ。

 しかし、晋助はどこまでも落ち着いていた。



「安心しろよ。それを従えてる馬鹿どもがそこにいる。」



 すいっと向けられた視線の先、そこには小柄な銀色の髪の女がいた。

 後ろには赤色と青色の鬼を従え、小脇に書類を抱えた袴姿の女は、フード付きの羽織の袖を揺らしながら、急ぐ様子もなく団員たちの中、晋助たちの方へと歩み出ると、ゆったりと笑って見せる。




「ようこそおいでませ。第七師団へ。」



 むさ苦しいこの場に不釣り合いな涼やかな声音が響く。にいっと、団員たちが笑った気がした。















 
「ごめんね、第七師団は男ばっかりでむさ苦しいんだ。しかもでかくて筋肉質なんだよ。」



 武市と万斉の警戒をあっさりと見て取ったは、口だけの謝罪を述べる。

 宇宙船内は入り組んでおり、団長の部屋まで行くにはうろうろする必要があるし、所構わず他人に喧嘩をけしかける馬鹿もいるので、案内は必要だ。しかも夜兎相手だと一発で地球人なら死ねるので、案内兼護衛のようなものだ。

 とはいえ、は真面目に案内をする気はなさそうだった。



「元気そうでござるな。」



 万斉は揺れる銀色のおさげを見つめる。その言葉にはささやかな嫌みも含まれていて、晋助も煙管をくわえたまま、彼女を眺めた。

 かつて、攘夷戦争でともに戦い、晋助と結婚までしていた女。鬼兵隊の面々が気になっても仕方がないだろう。ましてや現在第七師団に所属していると言われればなおさらだ。



「うん。元気だよ。おかげさまで楽しくやってる。」



 ちらりとは漆黒の瞳を万斉に向けて、笑った。

 弾むような明るい感情の色ではなく、落ち着いた漆黒は、やはり昔とは全く異なる。もっと感情のわかりやすい、明るい目をしていた。今の彼女の目は静かで、ただ晋助や万斉の動向を窺うだけだった。そこに晋助たちの今を知りたいと願うような感情は一切なさそうだ。

 要するに今の彼女は、あまり鬼兵隊にも、攘夷派にも、そしてかつての夫である晋助にですらも第七師団の、強いては神威の利益以上の興味はない。

 その証拠に彼女は、鬼兵隊のことも、晋助の動向も一切尋ねようとはしなかった。それよりも周りの様子に目を向ける。



「どうしたの?」



 彼女は廊下に座り込んでいた団員に声をかける。



「いや、なんか義足が動かないんっすわ。」

「ちょっと見せてみ?」



 は彼の傍に膝をつき、義足の機械中枢を開き、コードの配線を確認する。




「あ、これこれ、この赤い線は左側につけないと駄目だよ。」

「本当だ。ありがとうございます。」



 団員は深々と頭を下げ、コードを組み替えていく。はそれを確認して、腰を上げてから袴の裾の埃を払った。




「今回は何したの。」

「いやあ、酔って喧嘩したんっすわ。」

「ま、喧嘩もほどほどにね。」

「はーい。」




 団員は明るく手を振って、を見送る。彼女はそれを確認して、廊下を歩き出した。だがすぐに別の団員たち廊下でたむろっていて、それにが声をかける。




「あれ、何してるの?」

「姉御こそ、何やってるんっすか?」

「案内だよ。彼ら今度手を組んだ地球の、鬼兵隊っていう人たちだよ。」

「あー、団長ご執心のサムライっすか。」

「姉御、絶対死なないでくださいね。俺ら団長のお守りとか勘弁ッスわー」

「いや、わたしも侍だけどさ、今回はわたしが相手じゃないから。それにお守りはわたしも勘弁したいんだけど。」

「ははははは、無理っす。団長のお守りできんのは副団長と姉御だけッスよー。」




 からからと団員とは話す。

 も団員に声をかけるが、団員たちもこぞってに声をかける。そうしてあちこちで声をかけるから、そのためちっとも話し合いをするであろう団長の部屋までたどり着かない。いかつい猛者ばかりなので、銀髪の若い女にたかっている様はさながら恐喝かなにかのようだが、皆楽しそうに笑っている。



「姉御、もうそろそろ行かないと。」




 赤鬼がこそっとに言う。



「そうだったそうだった。案内してたんだね。」



 は話していた団員たちに手を振って、また先頭に立つ。



「随分仲がよろしいじゃねぇか。」



 晋助はの小さな背中へと声をかける。彼女の身長は一緒にいた頃と変わっていないけれど、まさか彼女の背中を見ながら着いていく日が来るとは思いもしなかった。

 今の晋助は地球のしがない攘夷志士であり、鬼兵隊の首領、ただそれだけだ。

 それに対して彼女は女伊達らに宇宙海賊春雨の提督直属の参謀兼会計役。鉄砲玉のような神威を御する、ある意味で神威よりも重要で替えのきかない存在となっている。それが団員たちの態度でわかった。

 夜兎とは言えど、怪力だけでは生きていけない。彼らを諫め、環境や周りの状況を整えながら彼らの力が一番価値を持つ、最高の舞台を用意する。それが彼女の仕事であり、彼女が神威に誰よりも必要とされる強さを持っている証だ。



「そりゃ一緒に戦って、生活してるからね。」




 は気のない様子で後ろも振り向かずに言う。だがふと、彼女は自分の右側にあった入り口に目を向けた。

 それは小型船の着陸ポートがある方で、団員たちが集まり騒がしい。



「何事?」



 はくいっと一番手前にいた団員のマントを引っ張る。




「あ、姉御。龍山と新しく入った奴がまた喧嘩して、」




 少し顔色の良くない団員たちは、縋るような目でを見た。晋助がついでにそこを覗いてみると、たくさんの団員たちの向こうに壊れた隔壁が見えた。夜兎は怪力で有名で、宇宙船は彼らにとっては脆いものなのだろう。

 とはいえ、宇宙船とは繊細なもので、あまり暴れれば沈む。



「青鬼、赤鬼、晋助たち案内しといて。」



 はくるりと振り返って、集まっている団員たちの間をすり抜けていく。



「え、姉御、どうする気っすか。」

「喧嘩止めて、ものを壊したお馬鹿ちゃんたち、とっ捕まえてくるわ。」

「えええええ、喧嘩止めるとかそういうの、団長嫌っ…」



 赤鬼はを止めようとするが、団員たちの大きな背中には消えていく。残された青鬼と赤鬼は顔を見合わせてため息をついた。

 が剣を振るう様を見るのが神威は好きだが、それはあくまで自分の目の前限定だ。

 よそで喧嘩や武術を始め、それを自分が見ていなかった場合、結構すねる。彼は基本的にを側に置きたいし、他人のその美しい姿をさらしたくない。要するに比較的わかりやすい嫉妬と独占欲というわけだ。

 とはいえ、それでと神威が喧嘩になるのもご愛敬なので、赤鬼と青鬼は、喧嘩をして団長室にしょっ引かれる馬鹿が犠牲になれば良いと思った。



捕らえられない花