団長室と元々は書かれていたであろう扉の表示には『さんぼうけん会計役』と馬鹿っぽい字で付け足されていた。
青鬼が扉を開き、中に晋助と武市、そして万斉を通す。
中は結構広々としていた。窓際には書類が大量に並べられた木目の綺麗な大きなL字の机が一つ置かれ、椅子が二つある。窓際に置いてある方の椅子には誰もいなかったが、多分の席だろう。もう一つには阿伏兎が座って、書類をしていた。
机の前には少し低めのテーブルが置かれており、濃い緑色の、3人は余裕で座れるソファーが向かい合って置かれていた。
その片方に、神威が寝そべって足をぱたぱたさせながら、フライパンサイズの円盤形のなにかを食べていた。
「おいおい団長、鬼兵隊の奴らが来たんだ。せめて立てよ、」
阿伏兎が神威を見て諫める。神威は口をもこもこさせていたが、晋助を振り返ると、「やぁ、いらっしゃい」とひらひら手を振って見せた。
「大層な歓迎じゃねぇか。」
晋助は唇をつり上げ、煙管を持ったまま彼に笑う。
「良いじゃないか。気楽だろ。」
「気楽ってか、おまえが自分の家のようにくつろいでるだけじゃねぇか。」
「うん。だってもともとここ、俺の部屋だし。」
神威は一応身を起こして、ソファーの上で胡座をかく。だがソファーを明け渡す気はないらしい。晋助は何も聞くことなく、彼の占領しているソファーの向かい側のソファーに座った。
緑色の質の良いソファーは、恐らくの趣味だろう。
万斉は晋助の隣に腰を下ろしたが、晋助と同じソファーに座る気にはなれなかったのか、武市は立ったままだ。
「団長もお茶いりますか?」
赤鬼が晋助と万斉に地球産の緑茶を出しながら、神威にも尋ねる。
「いらない。おまえらのお茶、まずいヨ」
「まずいってわかってる茶を俺たちには出させんのか、」
晋助は湯飲みを手に持ち、失礼な態度とはわかっているが、中身を確認する。ただ見た目は普通の緑茶と大差がない。においの方もそれほど問題はなさそうだった。
「飲めないことはないよ。の入れたお茶の方が美味しいだけで。」
神威は臆面もなくそう言って、自分の湯飲みのお茶を飲むと、また皿に置いてあったフライパンサイズのこんがり焼けたなにかを口に突っ込んだ。
「ついでにそりゃなんだ。」
晋助たちの茶菓子はによって作られたのか、小さなまんじゅうだ。それに対して神威が食べているのは茶菓子と言うにはあまりに大きなサイズの、こんがりと焼けた分厚いなにかだった。
「がどらやきって言ってたっけ。」
「俺の知ってるどら焼きはせいぜい手のひらサイズだったんだがな。」
「そんなの食べた気がしないじゃないか。」
神威はフライパンサイズのどら焼きが満足のようだ。
改めて見てみても、彼は華奢な体躯の男だった。せいぜいまだ十代後半から20代前半だろう。青い瞳と明るい髪の色が目立つ、抜けるような白い肌の男。
「なに?」
自分を見ているのに気づいたらしい、神威は青色の瞳を開いて首を傾げる。
「いや、の男の趣味を疑っただけだ。」
晋助は笑って、茶菓子であるまんじゅうを口に入れた。どうやら黒糖饅頭らしい。相変わらず料理の腕は確からしい。
「酷いな−。お互い様だろ?こうやってこんなところで顔を合わしてるんだから。」
神威は自分の胡座をかいた膝に肘をついて、楽しそうに笑う。
「なんだぁ、の元彼かなんかか?」
阿伏兎はお茶を飲みながら、げんなりした顔で書類処理をしていたが、顔を上げて神威と晋助の顔を見比べた。
「うん。の元旦那。」
「ぶっはっ!」
あっさりとした神威の答えに、阿伏兎がお茶を吹く。
「副団長、また姉御にどやされますよ。」
べっしょりとお茶が書類にかかったのを見て、青鬼が阿伏兎に冷たい視線を向ける。
「おまえらなんでそんな冷静なの!?普通驚かね?!」
「そんなのもうとっくにに聞いたもん。は俺に嘘つかないしネ。」
「「姉御に聞きました。」」
「聞いてねぇのは俺だけかよ…。なんでこんなに俺、嫌われてんだよ。こんなに書類手伝ってんのに!!」
どうやら神威と赤鬼、青鬼はすでにから聞いていたらしい。それに対して阿伏兎は一言たりともそんなこと聞いたことがなかった。
副団長という役職柄と言うよりは、体の良い押しつけ役として、が休んだり神威につれて行かれるとすぐに書類を押しつけられるのが阿伏兎だ。なのに、神威からの、そしてからの阿伏兎への態度は常に絶対零度だった。
「ってこたぁ、なんだぁ。アズマの奴はこいつの子かぁ?」
阿伏兎はまじまじと晋助の顔を眺める。
東というのはの息子だ。昨年から地球の寄宿舎の初等部で勉強をしているが、長期休みになると帰ってくる。漆黒の髪に丸い大きな瞳をした、比較的可愛らしい容姿をしており、天真爛漫かつ賢いので、神威が期待している。
「全然似てなくね?目つき悪かったっけ?あいつ、団長にまん丸い目はそっくりだぜ?」
阿伏兎はまだよたよた歩いていた頃から東を知っているが、どうにも目の前の男と似ても似つかない。東の感情豊かな丸い眼は、どちらかというと神威によく似ていて、静かな感情の見えないの漆黒の瞳とも、色は同じだが全く違う。
確かに晋助と頭の形と髪質は似ているかも知れないが、人間目つきがかなり人の印象に結びつくのかも知れないと阿伏兎は思った。
「子供?」
晋助はぽかんっとした顔で言って、煙管を取り落としかける。武市などは元が丸い眼のため、目がこぼれてしまいそうだ。万斉も流石の事実にヘッドフォンがとれた。
「子供に子供たぁ、想像が出来ねぇな。」
晋助の知るは、どうしても攘夷戦争で最後に見た、泣き虫で感情的な少女だ。なにかを守るために戦うなんて、弱くて出来ないような、甘ったれな泣き虫。そんな子供がいつの間にか、子供を産んだと言われても、ぴんとこない。
「うん。俺が地球でを拾った時から、赤ん坊がいたヨ。ま、強くなりそうだったから、育ててるんだ。」
神威はにこっと笑って、通信機を取り出してそれを晋助につきだした。
そこには着物ばかりの地球人たちの真ん中で、チャイナ服を着て楽しそうに笑っている子供がいた。溌剌とした人の良さそうな笑みが、晋助の目には心底誰にも似ていないように見えた。ただ、もしも言うならばきっと、幼い頃のだ。
顔立ちなどはちっとも似ていないが、表情は銀時に守られながら、まだ何も知らなかった、楽しそうに笑っていた彼女によく似ている。
「あ、写真送ってきたんっすか?本当に仲良いっすよね。団長と坊ちゃん」
「ってば、ちっとも構わないからね。なんてご飯作ってただけで、育てたのは俺だよ。」
神威はにっこりと笑って、通信機をしまうと、今度は万斉のために出されていたはずの黒糖饅頭を口の中に放り込む。ただそんな小さな饅頭など、彼にとって腹の足しにもならなかっただろう。
「ほんと、団長に似て生意気なのな。賢いけどちっとも可愛くねぇ。」
阿伏兎は机に肘をついて、ため息をつく。
「何言ってるんっすか?副団長。坊ちゃんは可愛いっすよ。礼儀正しく、躾け行き届いてますし、ちゃんと帰ってくる度にお土産買ってきてくれるじゃないですか。」
「そうですよ。この間も地球産ビックメロンパン買ってきてくれましたよ。」
赤鬼と青鬼がそろって擁護する。
「俺、もらったことねぇんだけど。それ。」
「あははは、阿伏兎、嫌われてるんだヨ」
神威は軽い調子で笑いながら、阿伏兎に悪気もなく冷たく言い捨てた。
夜兎が多い第七師団の中で、食料争奪戦というのは重要で、しかも質より量が求められている傾向にある。幼いながらも東はそれをよく知っているため、長期休暇のために帰ってきた時、ビックメロンパンなる、フライパンサイズのパンを大量に持って帰ってきてくれたのだ。
それを団員にばらまいていた。
「ところでは?」
神威は手についたあんこを子供のようになめながら、赤鬼に尋ねる。彼女が来ないことには、鬼兵隊との話し合いはいつまでたっても始まらない。
「あ、えっと、また…」
赤鬼と青鬼は顔を見合わせてお互いに困ったような顔をする。だが彼らが口を開くより前に、扉が開いた。
近況報告井戸端会議