白銀の癖毛は少し乱れていて、爆発に巻き込まれたのか、着物の袖が彼女の肌は最近宇宙ばかりを行き来しているため、夜兎に負けないくらい白いが、その白い頬には傷がついている。



「本当にね、社会人になったら自分のやることの責任は自分でとるべきだと思うんだよね。」



 は片手に夜兎の傘を二本と竹刀、そしてもう片方の手で引きずっているのは、二人の夜兎の団員だった。

 にこってりやられたのか、まさにぼこぼこで、特に顔あたりの原型がわからず、知り合いか知り合いでないのかもいまいち判別がつかなくなっていた。の手には竹刀が握られており、それを使ったのだろう。



「あ、姉御…」



 赤鬼と青鬼はぽかんとした顔で団長兼参謀の執務室に入ってきたを見ている。



「ごめんね。待たせちゃって。ちょっと待ってね。」



 はソファーにいる晋助と万斉、立っている武市を順番に見てにっこりと笑ってから、右手に引きずっていた夜兎の団員を壁に思い切り放り出した。

 団員二人はうめき声を上げて壁にぶつかったが、地球人のの力などたかが知れている。

 ついでには彼ら二人の傘と、竹刀も放り出した。傘はどさりと大きな音を立てて床へと転がる。銃までついており、武器にもなるため、夜兎の傘はが振るにしてはあまりに重すぎる。



「何それ、。殺して良いの?」



 神威は能面のような笑顔でに尋ねる。



「違うよ。ただ単に、ポート壊した馬鹿。刀抜かなかっただけでも感謝して欲しいわ。」



 はぱんぱんと手の埃を払ってから、つかつかと阿伏兎が座っている執務机の方へと歩み寄ると、棚から原稿用紙とひらがな練習帳を取り出して、転がっている団員二人の前に置いた。



に負けたんだろ?死ねヨ。」

「いや、団長。それ言い出したら、うちの団員、団長以外ほぼ残らねぇぞ。」




 一体何人残るんだろうね、と阿伏兎はため息をついて視線をそらした。

 夜兎であればの竹刀でやられたくらい、例え急所であってもしばらくすれば治る。しかしながら、真剣で斬り合えば話は別だ。居合が得意な彼女に切りつけられれば、一閃で腕どころか首ぐらい簡単に飛ぶ。

 流石の夜兎と言えど、首一つで動けはしない。

 神威がその強さを見込む程度には、彼女の腕っ節は半端なく強いし、その剣術も一流だ。ついでに頭も良いので、アホな夜兎は腕っ節ではなくその頭の良さで一掃されてしまう。

 に負けた奴を殺していれば、団員の中では数人しか残らない。



「すんません…」



 ぼこぼこの顔をした夜兎の団員二人は、壁を背に正座をし、床に置かれた原稿用紙とひらがな練習帳に向き合う。



「保証は入ってるけど、反省してもらわないと困るから、龍山は字が読めるんで、2000文字、反省文書いてね。」

「そいつ、龍山かぁ?」



 阿伏兎は片方の男の顔を真剣に見つめるが、面影が全くわからない。



「大丈夫。夜兎でしょ。明日には顔も治ってるよ。頑張って、反省文。間違ったら書き直しね。」




 はわかっててやったのか、しゃがみ込んでぽんぽんっと原稿用紙を示す。




「あ、あね、ご、俺、字書けないんですけど。」



 引っ立てられてきた夜兎の片方は苦しそうに主張した。



「うん。知ってる。だから貴方は、ほらほらこれの書き取りね。」



 小学生がやるようなひらがな練習帳をはにっこり笑って彼に渡す。団員二人は何か言おうと唇を震わせたが、言葉が見つからなかったのか、もしくは痛かったのか、何も口にすることが出来ない。



「やらなかったら修理費請求するから、廊下で正座して頑張って。」



 は穏やかでさわやかな笑みを浮かべ、ふたりを廊下に放り出した。容赦という言葉は全く存在しない、滑らかな動きだった。



「ごめんね。ポートが完全に破壊されてて、あ、青鬼、業者呼んで請求書とってきて。」



 は謝りながら、部下に指示を出す。彼は「はい」と元気な返事とともにすぐに外に出ていった。

 宇宙船の離発着するポートは広い上、隔壁があるため、団員はよく喧嘩に使うが、夜兎ならば隔壁の強度によっては簡単に穴が空く。穴が空けば小型の宇宙船の全てが離発着できなくなるので、は止めに行ったのだ。

 はそのまま自分の机の椅子に戻ろうとしたが、手を掴まれた。見ると神威の手がの手首を掴んでいる。



「何?」

「ちょっと隣おいでヨ。」



 神威はそう言って、自分の隣にを座らせると、の白い頬に触れた。そこには擦ったのか擦り傷がある。



「俺のものなんだから、傷はつけるなって言っただろ。」




 珍しい、低い声に殺意が垣間見えて、は僅かに眼を見開く。青色の瞳は酷く冷えていて、神威の恐ろしさを知る阿伏兎や赤鬼だけでなく、万斉や武市も顔色を変えた。だが、晋助だけが落ち着いた様子で煙管のくわえてことの顛末を見守っている。

 はその静かな漆黒の瞳で神威を見上げていたが、一度二度、瞳を瞬くと、「そうだっけ?」とわざとらしく首を傾げて見せた。



、いつもそればっかりだよね。俺の言うことちっとも聞いてないヨ」




 神威は心底不快そうに言ったが、はけろりとしている。



「今日はふたりとも苛立ってたからね。わたしも手加減できなかったし。」

ちゃんよぉ、言ってくれるが、手加減できなかったって、顔だけじゃなかった?ぼこぼこだったの。」



 阿伏兎は少し青い顔で言う。

 がもしも手加減していなかったら、竹刀だったとしても打ち所が悪くて死んでいるだろう。特に突きに関しては目つぶしでものど元を突き破るでも何でも出来る。真剣でなくともいくらでも危なくなればそれを避ける方法はあるだろうし、手加減できなかったら顔だけぼこぼこになっているはずもない。

 手加減どころか、竹刀で撃つ場所を選べる程度には、団員たちとの実力差は歴然だったと言うことだ。



「見張ってないとすぐどっか行っちゃうんだから。」



 神威は不満そうにの薄い肩に頭をのっけ、そのままを見上げる。猫がすり寄るような無邪気さと向けられる殺意に、既には慣れていて、別に驚く様子もない。だが、突然宇宙船自体が揺れたことに、僅かに目を見開いた。



「…爆発、しなかったか?」



 全員が黙り込んでいる中、晋助が一番に口を開く。



「なに、今の。」



 神威も流石に顔を上げる。は袖からスマートフォンを出して、船の状況を確認した。神威もそれをの肩に顎を乗っけたまま覗く。




「よくわかんないけど、なんか真っ赤じゃない?」

「…」

「あ、大乱闘してんじゃん。」




 の携帯電話からは、ポートの監視カメラの映像も見ることが出来る。先ほど怒られていた団員たちがによって引きずられて行ってから、また小競り合いを起こし、今度は大人数の大乱闘に発展する様が、早送りされた映像でもよくわかった。

 そしてポートとその近くにあった補給用の動力庫をぶち抜いたのだ。



「わたし、ちょっと行ってくるわ。」



 の表情は全く変わらなかったが、纏う雰囲気が変わったのだけはわかる。誰もが声をかけるのを躊躇うほどの威圧感と、後ろに背負った夜叉をそのままに、は立ち上がった。



「…いってらっしゃいませ。」



 止める気力も何もなく、阿伏兎と赤鬼が静かにに手を振る。だが、神威は近くにあった傘を手に取り、の手を掴んだ。



「俺も行くヨ、」

「止めに行くんだよ。乱闘を広げに行くんじゃないよ。」

「わかってるってー皆殺しだぁ。」



 は釘を刺したが、神威はわかっているのかわかっていないのか、ぶんっと掴んだの手を振って、楽しそうに言う。



「もうこれ以上壊れないなら、何でも良いわ。」



 恐ろしいことを言って、出て行く二人を見送ると、開かれた扉の向こうの廊下には、先ほどに殴られ、正座をしながら書き取りをしている団員二人が見えた。



「…奴らは不幸中の幸いって訳か。」



 晋助は煙を吐き出しながら、自分たちの船は大丈夫だろうかと一抹の不安を覚えた。






恐ろしいふたり