鬼兵隊と第七師団が手を組んでから最初の共同前線は、当然参謀であるが、兵員が足りないからと組んだものだった。



「うわー緑。」



 は自分の着物の袖についてしまった液体を見て、眉を寄せる。

 どうしてもは女であるため、腕力で劣る。刀はその点では腕によって切れ味が変わってくるだけなので、女の細腕でも扱える良い獲物だ。一方で直接手を下すため、相手の返り血を浴びることになる。素手の感触よりはましだろうが、何度味わってもその肉を断つ感触は心地の良いものではない。

 間接的に手をかけるよりは、直接の方が殺した人数がわかるので、自分にとっては良い戒めだと思っている。

 ただ、袖に血がつくのはあまり良い気分ではない。地球の外に出たとしても一応一度は結婚した身であるため、若い頃のように長い袖の着物を着る気にはなれないが、短い袖でも着物の袖は邪魔だ。いい加減袖のない服を戦うときだけは考えたほうが良いのかも知れない。



「壮観だな。腕上げたんじゃねぇのか。」



 上から見ていた晋助が、気のない感想を漏らす。



「ま、ね。殺してきた数が違うから。」



 は素っ気なく返した。

 確かに元々師範代級の腕を持っていたが、それはあくまで道場剣術で、は大抵兄たちの後ろで後方支援や、策を練り、時には生命工学を使ったプログラムやからくりを使って天人を殺していた。要するに間接的な大量殺人を行っていただけで、手を下したことは少なかった。

 倫理観も矜持もなかったは、晋助たちがどれほど言っても、自分の力を試し、どこまで出来るかという探究心しか持ち合わせていなかった。悪魔と呼ばれようと、自分の研究し、生み出したものが一体何なのか、理解していなかった。

 攘夷戦争が終わり、神威と一緒になってから、は自分の刀の届く以上のことは、よほどの必要性がない限りしなくなった。もちろん第七師団があまりにも危なくなって、相手の宇宙船にハッキングをかけたと言うことはあるが、わざわざ落として全員殺すようなことはしない。

 神威は夜兎で、白兵戦を好むこともあり、戦場に無理矢理連れ回されるも自然と戦場での戦い方や戦略の立て方に慣れたし、超えてきた戦場の数だけ、スキルも上がった。

 今なら昔、一度も勝てなかった兄にすらも、負ける気がしない。



「姉御!おけがは!!」



 走ってきた天人が敬礼して、に尋ねる。

 角の生えたおどろおどろしい醜悪な顔と、赤い肌。彼は赤鬼という傭兵部族、荼吉尼出身の男で、随分と前から弟と出稼ぎに第七師団に来ていた。が第七師団に入った最初からずっと、の副官をしている。



「何度も言っているけど、その姉御ってやめようよ。」

「いや、一応団長の嫁っすから。」

「いつからわたしは奴の嫁になったんだろうか。」



 敬礼をして答える赤鬼にため息を返して、軽く刃についた血を払った。

 なぜだかにはよくわからないが、赤鬼と彼の弟の青鬼は昔から、を信奉している。確かに彼の恋人が麻薬中毒になった時、助けたのはだったが、それ以降、彼ら兄弟はなにかとの傍で、身の安全を心配していた。



「戦線はどう?」

「こちらには第八師団が協力として出向いておりますので、大丈夫かと。」

「ふぅん、第八師団ねぇ。」



 ふくみのある返事をして、はちらりと瓦礫の上に座っている鬼兵隊の面々を見る。それにつられるように赤鬼も彼らを見すえた。



「信用出来るんっすか?やつら鬼兵隊って。」

「さぁ、少なくとも、他よりはね。」



 赤鬼は警戒しているようだが、そんなのはどこでも一緒だ。元々宇宙海賊・春雨なんて言うのは社会のゴミ屑揃いで、裏切りなど常のこと、師団内でも本来なら争いは絶えない。実際に華陀も第4師団の団長だったが、内部争いに敗北して組織の金を持ち逃げしていた。

 第七師団は首領として、白兵戦では最強と言われる夜兎の神威、参謀として白い悪魔と恐れられ、頭が切れる、実働部隊として夜兎の古強者の阿伏兎を中心として落ち着いているが、そんな師団はほとんどない。

 まだ利害が一致している鬼兵隊の方が他の師団より百倍ましだ。はその程度でしか、今の晋助を信頼していない。



「刀がさびる。」



 その辺に落ちていた布きれを拾い上げて、刃を拭う。

 腰には二本の刀があるが、一本しか使う必要はなかった。居残った第七師団の何人かも手助けをしてくれ、反乱分子の排除はあっさりと終わった。後は第四師団の中心となっていた城に行った神威と大半の第七師団の団員が、うまくやってくれることを願うだけだ。

 今回城に特攻していった神威についていったのは阿伏兎だ。

 当然をつれていきたい神威はごねにごねたし、を探し回っていたそうだが、鬼兵隊とのことや、後ろの指示にはが一番適任だったので、何とか逃げおおせてここに残った。


 提督の地位に就いたとは言え、神威の後ろは盤石というわけではない。

 元々彼は戦いにしか興味がないし、作戦というものには無縁の人間だ。それに頭をとられれば負けだという性質上、神威がどう思うかはともかく、囮などの危険な役目はが担うべきだろう。ただし、前戦で戦うのが好きな神威はそれを納得するような人間ではない。

 神威が戻ってくるかも知れないので、早く相手がことを起こしてくれて、早く始末したいので、は正直心穏やかに待つことが出来なかった。

 袖に入っているスマートフォンのバイブがずっと鳴っているのもの焦りを助長する。一応のプライベートの携帯電話番号を知っているのは神威と阿伏兎をはじめとする何人かのみなので、このタイミングからして阿伏兎だろう。

 スマートフォンを取り出して一応誰が電話してきたのかを確認すると、驚いたことに神威の携帯電話からだった。



「おや珍しい。滅多にかけてこないのに。」



 は素直に驚きの言葉を漏らす。



「行かせちまって良かったのか?」




 晋助は戦場の状況を眺めながら、煙管をくわえてみせる。彼の隣には万斉やまた子もいて、上への報告では神威がこの場所にいることになっているが、報告もしていないが、鬼兵隊との手勢のみがここにいる。



「良いの、面倒だから。」



 は苛立ちを示すようにかちゃかちゃと刀の鐔を親指で押したり戻したりを繰り返す。元々あまり落ち着きのある方ではないので、待つのは好きではない。



「落ち着いたと思ったら、ちっとも変わってねぇじゃねぇか。」

「人間の本質なんてそれほどすぐに変わるもんじゃないと思うよ。



 確かに目立ってわめき散らすこともなくなったし、昔のように泣くこともなくなった。なにかをする時は行動に移す前にぐっと考えるようになったし、個人的な興味を追い求めるよりも周りとの調和を考えるようになった。




「姉御、向こうから連絡が。頭はとったらしいんです。」




 部下の赤鬼は心配そうにの顔を見て、端末から顔を上げる。後ろには青鬼もいて、鬼らしく金棒を持ち上げていた。




「え、ちょっと予想より早いなぁ。」

「団長、切れてるらしいッス。」

「こわぁ、ばれたかな。ご苦労様。母艦に戻っても良いよ。」




 は後ろも振り向かず、小さく息を吐く。手は相変わらず刀に置いたままだ。


「早く行きなよ、」



 せかしても、彼は命令の意味がわかったようで、動かない。



「姉御、俺たちは最後まで姉御について行きます。」

「そのためにここにいるんですから。」



 赤鬼と青鬼はに赤く不気味に光る目をに向ける。はくるりと振り向いて、小さな笑みを浮かべた。



「物好きだなぁ。」



 そう言って、倒れ伏した天人たちに目を戻す。

 今も昔も、は屍の上に立っている。でも、なにかを背負う強さもなく、ただ興味と兄たちから離れたくないという金魚の糞のような感性でついていっていた昔のと今のとは違う。背負う強さが、そして切り捨てる覚悟が、そこにある。

 は穏やかな笑みを浮かべ、時を待った。




二本の盾