通称:白い悪魔、本名:高杉

 地球でも、そして現在宇宙でもそう言われる女は、万斉の目から見ても小柄な女だった。身長はおそらく155センチ前後、黄色の着物に紫の袴、漆黒のフードのついた羽織を着ており、肌の露出はほとんどないが、首筋は酷く白い。

 目立つのは銀色の癖毛で、高くも低くもない位置で、束ねてある。それが重たそうに振り向くとぶんぶんと揺れていた。

 見た目はちっとも強そうには見えなかったが、先ほど第四師団の屈強な天人たちを切り伏せた動きから、万斉は恐ろしさすら感じていた。涼しげで、弱そうな見た目ながらも、まさに彼女は白い悪魔と呼ばれるにふさわしく、化け物のように強かった。

 少なくとも万斉が、既に絶対に勝てないと恐怖を覚える程度には。

 そして今は瓦礫の上に腰を下ろし、三角座りをしている。後ろに従えるのは屈強で、醜い顔をし、混紡を持った赤と青の鬼だ。彼らはを信頼し、守ろうとしているが、彼女にそんな護衛のような人間は必要ないだろう。

 万斉が思ったよりずっと、高杉晋助の妻であった女は、化け物だった。



、おまえいったい、ここ数年何をしてたんだぁ?」




 晋助は暇つぶしでもするようにあっさりとに尋ねた。

 攘夷戦争の終結の一歩手前で、は忽然と姿を消した。喧嘩友達であった幼馴染みが死んで、今までにないほどふさぎ込んでいたと思ったら、忽然と消えたのだ。晋助がその足取りを辿っていたことを、また子をはじめ、鬼兵隊の面々は知っている。

 彼女が晋助の妻だったことも知っている、鬼兵隊としては彼女が第七師団団長の女になっているとわかった時は、複雑だった。それは当然、晋助も同じだ。



「そうだね。流れ者の町について、子供を産んで、そこで傭兵の神威に出会って、それからは今と同じ感じかな。」



 は隠すこともなく自分のことをあっさりと答えた。

 淡い笑みとともに紡がれる彼女の過去は端的で、けれどそこにはにとっての大切なものがあるようで、後悔はどこにもない。それは彼女が今の自分に満足していることを示していた。



「海賊王になるとか意味のわからないこと言ってる神威の手伝いは結構楽しいよ。」



 はくすくすと神威を思って笑う。

 彼女が元気にしていたことには安堵したが、それでも自分のものがいつの間にか他人のものになっていたのだから、不快感はある。ただ、晋助に諦めがついたのは、の目があまりに神威をまっすぐ見ていたからだ。

 いつも彼女はふわふわしていた。兄と晋助、そして小太郎の間でふらふらふらふら、まるで灯りに迷う、蛾かなにかのようだった。しかも自分で光りながら、光りに寄せられ、止まる場所すらもわからない、そんな彼女が心配で、目が離せなかった。

 だが、今の彼女はまっすぐ神威を見て、隣に並んで、自分もまた灯りとしての役割を果たしている。



「白い悪魔さんよぉ、神威はどこだ。」




 ふと声をかけられて上を見ると、銃を構えている天人たちがいた。犬型の天人で、今回第七師団とともに、第四師団の殲滅に参加している。




「神威は留守だよ。第四師団の殲滅に行っちゃった。」

「はあぁあああ?おまえ、神威はここにいるって。」

「あれ、そんなこと言ったっけ?」




 は漆黒の瞳を丸くして、素知らぬふりで首を傾げて見せる。

 神威がここに残り、城を落としに行くのは阿伏兎をはじめとする部下たちだといったのは、だ。第八師団の団員がもう少し神威の性格を知っていれば、神威が大人しくここで待つような性格ではないとわかっていただろうが、知らないからこんなことを始めたのだろう。

 元々第八師団の勾狼団長自体も阿呆提督に荷担していたので、も疑っていた。なかなか残党どもが本性を出さないので、第4師団殲滅に誘ってみたのだ。馬鹿だから、それで信用を得たと思い、神威を殺しにやってきたと言うことだ。



「ぽちはもうちょっと鼻がきかないと困ると思うけどな。」

「貴様っ!」

「あれ?はちだっけ、ぽちだっけ?」

「もう良い!おまえを殺してやる!!」



 はカチリと親指で刀の鐔を持ち上げる。それを合図としたように、わめいていた犬の頭がまたこの銃弾によって打ち抜かれていた。


「なっ!」



 犬型の天人の後ろから、ぞくぞくと鬼兵隊の人間が出て、銃やら刀を天人たちに向ける。

 鬼兵隊を呼んでおいたのは、彼らが春雨の闘争の中においては、絶対に神威を裏切らないとわかっているからだ。そして第七師団の団員を神威と一緒に第4師団の殲滅に向かわせたのもまた、自分を囮として使うためだ。

 の後ろに控えていた赤鬼と青鬼も、自分のそれぞれ持っていた重たそうな棍棒を持ち上げる。



「また、肉体労働だね。」



 は軽い足取りで一番先頭にいた犬の所までやってきて、刀を振るう。一瞬にして天人の頭は血とともに地に落ちた。



「まずはそいつからやれ!!」



 男たちは目の前にいて、簡単に殺せそうな見た目をしているをまず殺そうと銃を向ける。彼女の漆黒の瞳にはそれを恐れる感情はどこにもない。すっと全ての感情がなくなり、漆黒の瞳にただ人を殺すというよりは、ただ効率的に目の前の人間を始末するための鋭さが宿る。

 それはまさに刀そのものだ。ためらいなどというもの自体が、そもそも存在しない。

 天人たちの元に、何の躊躇もなく飛び込んでいったは、彼らが唯一持っていた大砲を真っ二つに分断する。



「早く殺せ!その女だっ!」



 犬型の天人が叫んで、に銃を向ける。だがの動きがあまりにも速くて、照準を定めることが出来ない。それよりも先に、その身体を別の刀が貫いた。



「女一人に多勢に無勢たぁ、無粋だぜ。」



 クツクツと晋助が笑って、刀の血を払う。

 鬼兵隊の面々が応戦するのを確認しながらを見やると、彼女は目の前の天人たちを容赦なく斬り殺している。人数は結構多いが、それほどの手練れではなく、ただの烏合の衆のようだった。彼女の腕は間違いなく上がったようで、傭兵部族で荼吉尼の赤鬼、青鬼に全く劣らぬ動きをする。

 道理で力だけの鉄砲玉・神威と頭でっかちの天才・のようなふたりが組んで、団長やら提督だなんだと若いのにぽっぽと昇進できるわけだと晋助は納得してしまった。



「まったく、赤い着物なんて今時はやらない。」



 周りに血が飛び散る。それが自分の着物に飛んでくるのが不快なのか、はぼやいて見せた。着物をきにするなんて女らしくなったものだと晋助は思う。乱戦の中、彼女は肩に銃弾があたったというのに、それを気にもしない。

 手を滴ってきた血を気にすることもなく、顔を上げると、漆黒の瞳を瞬いた。



「まぁったく、なんで黙ってるのかな。こんな面白そうなイベント。」



 第八師団の犬たちの後ろに、人影がある。

 傘を持った男たちを連れた、オレンジ色の髪の、青年。がこの場から遠ざけたはずの男を見て、彼女は困ったような、だがはにかむような淡い笑みを浮かべる。



は往生際が悪いよ。おまえは俺と一緒に地獄までランデブーだって、言っただろ。」




「あはは、くどいな、しつこい男は嫌われるよ。」

「約束を守らない女はもっと嫌われるよ。」



 神威はにやりと笑って、傘を振り上げた。







貴方と踊る