結局、戻ってきた神威をはじめとする第七師団の団員と鬼兵隊によって、第八師団の団員は皆殺しという結果に終わった。



「あー、避けるのに失敗した。」



 多勢に無勢だった上、人数が少なかったので、肩を打ち抜かれたのだ。銃弾は幸い抜けているが、左肩が酷く痛むので、は手当を受けることになってしまった。



ちゃんよぉ、普通囮って逆じゃね?」



 阿伏兎はに背を向けて椅子に座っている。同じくの副官の赤鬼と青鬼も完全にに背中を向けていて、立たされている。の目の前での姿を見ているのは神威だけだ。

 全員が後ろを向いているのは、神威がの肌を団員たちに見せることを嫌うからだ。とはいえ上半身だけだし、キャミソールなども着ているので別に良いだろうと思うが、神威の嫉妬は率直かつあからさまだった。



「いろいろ動かなくちゃいけないことがあったから、阿伏兎じゃ駄目だよ。失敗されたら今までの苦労、水の泡だから。」



 は包帯を巻いて、着物の袖に手を通そうとして僅かに表情を歪めた。肩に力を入れると酷く痛む。すると、神威の手がの襟を掴んで手を通してくれた。そのまま緩んだ腰帯を一度解きなおして襟を正してやってから、帯を締めると見せかけてそれを思いっきり引っ張った。



「ふひゃっっ!!!」



 は悲鳴を上げて、自分の腹を押さえる。神威はすぐにぱっと手を離し、にっこりと笑う。



「あ、姉御、大丈夫っすか?!」



 背中を向けているため、わからない赤鬼は慌てたように尋ねる。



「あ、あ、うん。ちょっと油断した。」



 長く一緒にいるだけあって、神威はの袴の帯の結び方を知っている。たまに面倒な時に結んでもらうこともあったので、まさか締め付けられるとは思わなかった。



「振り向いて良いよー」



 が帯を結び、きちんと着物を着たのを確認して、神威は阿伏兎たちに言う。阿伏兎たちは息を吐いて、を見る。神威は笑っているが、超絶に機嫌が悪そうで、いつもの貼り付けた笑顔だというのに、眉間にはしっかり皺が寄っていた。



「なんで俺に言わないかな。」



 神威は目の前にいるに言う。

 今回は第四師団の殲滅に神威を行かせておきながら、第八師団には神威はとどまっていると言い、自分が神威の代わりに留まって襲ってきた第八師団を鬼兵隊とともに皆殺しにした。要するに神威の代わりに自分が囮になったわけだ。

 第八師団は阿呆提督を殺した時、一緒に死んだ勾狼団長の師団であり、表向きには第七師団と新たな提督である神威に従うふりをしていたが、明らかに不満を持ち、機会を狙っていた。

 は第四師団の殲滅前戦に一緒に出てくれるように第八師団に相談し、協定を結んだ。神威を殺す機会がそこにあるよう、見せかけるために。



「まあ鬼兵隊の援助あったしね。」

「とか言いつつ、部下まで遠ざけたのにね。」



 神威の声がいつもよりも低い。はそれに気づいて、少しやばいかなと視線を別の方向へと流すようにそらした。どうやら今回のの勝手な行動は、神威の怒りを買ったようだ。

 赤鬼と青鬼は強いので手元に留めたし、彼らもとともに戦うことを願ったが、部下の何人かは巻き込まないように母艦に戻した。それをどうやら神威は聞いてしまったらしい。一体誰が話したのだろうと眉を寄せる。

 神威はの思案にめざとく気づいたのか、軽くの腕を引っ張り、倒れてきたところ、顎を掴んで自分の方を向かせる。は怒りに揺れる青い瞳を下からのぞき込んで、身を固くした。





「ねえ、」



 視線はに向けたまま、神威は椅子の横に立てかけていた傘を持ち上げ、それを赤鬼たちの方へと放つ。

 ずごっと大きな音がして、壁に傘が突き刺さり、壁に大きな蜘蛛の巣のようなひびが入る。は赤鬼たちの無事を確認したかったが、視線をそらしたその瞬間、本当に彼らが殺されることがわかっているため、何も出来なかった。




「次やったら、可愛い部下、皆殺しにするからね。」

「…め、目が、本気なんですけど。」

「俺はいつも本気だよ。。」




 ふざけたような口調だが、奈落を覗くような底知れない確固とした意志のある神威の笑みに、は気づかないふりをした。間違いなく、神威は次が同じことをしたら、部下を皆殺しにするだろう。彼はそういう男だ。



「良いじゃない。第四師団を殲滅するって言う楽しみを、用意したんだから。」 



 は小手先だけの言い訳を口にした。当然それが通じるとは思っていないが、神威の口元から笑みが消えて、選択を間違ったことに気づいた。



「いっ、」



 神威の手がの肩を掴む。



「ふざけたこと言うんじゃないよ。おまえは俺のだって言ったでしょ。勝手に怪我なんてしてるんじゃないよ。」



 表情を痛みで歪めると、神威は至極楽しそうに僅かに口角をつり上げた。



「傷、開いたよ、」



 は痛みに脂汗が吹き出すのを感じ、奥歯を噛んで言葉を無理矢理押し出す。

 じわりと着物に広がっている赤い花は、相変わらず消えることなく浮かび上がっているし、乾いてはいない。一応包帯はしたが、血がまだ止まっていなかったようだ。



「元々ふさがってないだろ。地球人なんて弱いんだから、弱いなりに無茶はやめなよ。囮とかそういう、攻撃を受けそうな役目で生き残れるのは夜兎だけだよ。」



 神威はの肩から手を離し、壊れ物でも扱うように打って変わって優しく、の頬を撫でる。

 確かに彼の言うことは正しい。神威の方が囮になっても生き残れる確率は高いし、恐らく怪我だってしなかっただろう。ただ万が一という可能性があるため、が囮になったのだ。ただしそれは彼に納得できる理論ではない。

 彼ならば恐らく、死を目前としたとしてもその戦いを楽しむだろうから。



「俺と地獄までランデブーしてくれるんだろ?それに海賊王になる俺を手伝ってくれるって言ったじゃないか。」

「手伝ってるじゃない。」

「途中で死んだら手伝ってることにならないだろ。それに前から言っているとおり、おまえは俺のだ。」

「俺の、って。」



 恋愛なんてそんな生やさしいものではない。そんなものを認めるほど神威は優しくないしそんな感情求めてもいない、愛情深くもない。ただわかっているのは、を奪われたり、他人に傷つけられたりするのがむかつくという、自己中心的な嫉妬と独占欲を、惜しみなく表現する神威に、は目眩がした。

 それはあまり自分を大事にしようとしないを確かに生かす。 



は、おれのだ。」



 神威はその唇で、噛みつくようにに口づける。

 乱暴で荒々しく、性急で、いつもは可愛らしい笑みを浮かべているというのに残酷で、恐ろしく男らしい。潔い。いつも残酷で、そのくせたまに優しい。気まぐれで、それでいて誰よりも強い、の大切な男だ。



「その身体に傷をつけて良いのも、殺して良いのも俺だけ。」



 念を押すように、神威はぷにっとの唇を人差し指で押す。



「…わかった。」



 は頷いて、目の前にいる神威の肩に自分の額を預ける。背中をぽんぽんと自分より大きな手が軽く叩いて、その振動が傷に響いたが、目を閉じて彼に身を預けた。なんだか酷く疲れている気がして、眠気がやってくる。

 温かいな、なんて安心できるのは、きっと疲れているからだ。



「なぁ、…目の前でいちゃつくのマジでやめてくれね?」



 阿伏兎が恐る恐るといった様子で、抱き合っている若い二人に、遠慮がちに言う。神威はいつの間にか青鬼と赤鬼は最初と同じようにと神威に背を向けていて、げんなりとした顔の阿伏兎がこちらを見ていた。

 だが次の瞬間、阿伏兎の顔めがけて消毒薬の瓶が直撃した。



「本当におまえってデリカシーがないよね。の部下を見習いなよ。」



 神威はを片手で抱きしめたまま、にっこりといつもの貼り付けたような笑顔を阿伏兎に向ける。そして手元にあった包帯を切るためのハサミを掴んで、ふと自分の肩に額を預けているを見下ろした。



「姉御、やっぱり疲れてたんっすね。」



 赤鬼が目尻を下げて哀れむように言うが、あまりに顔が鬼らしくいかつくて、ちっとも優しそうに見えない。



「だろうね。」



 神威は完全に力が抜けてしまっているの体を抱えなおし、膝裏に腕を入れて持ち上げる。やはりその体は出会った頃から変わらず、軽い。

 神威は柄にもなくなんとなく優しくしたくて、そっと彼女の髪をといてから、ベッドに寝かせてやった。











眠る傾城の暴女