と神威は鬼兵隊の船に乗ることになった。
第七師団の船は捕虜とけが人と酷い状態で、神威がうるさい状態を嫌ったのと、地球人であるの怪我の治療を円滑に進めるために、と神威は鬼兵隊側の船に乗ることになった。代わりにの部下である赤鬼と青鬼、副団長の阿伏兎は当然第七師団の母艦に残った。
「の怪我の具合はどうだ?」
晋助は部屋に入ると、ベッドの上に横たわっているではなく、傍の丸いすに座っている神威に尋ねる。彼は退屈をもてあましているのか、の解かれた長い銀色の髪を三つ編みにしていた。
「うん。なんか爆睡してる。怪我はたいしたことなさそう。」
神威は万斉に目を向けることもなく答えた。
の怪我はそれほど酷くはない。ただ今回の任務による肉体労働と最近仕事三昧で寝不足だったことがたたっていたのか、全然起きないのだ。
神威としては退屈なので、早く起きて欲しいのだが、どれほど強くても体力という点では地球人の女だ。そこは多少鍛えたところでフォローできるようなものではない。だからあまり無理はせず、自分の相手だけをしていてくれれば良いのにと思う。
「今回は助かったよ。を止めるのは、骨が折れるんだ。」
神威はくるりと椅子を回して、晋助に目を向けた。
多くの団員はが穏やかで、嘘にも表情を変えないし、彼女の本質を見抜けてはいないが、神威はつきあいも長いし、彼女の動向にはいつも目を光らせているから、感性でがまずいことをしようとしているのはわかる。ただあまり頭のほうが良くない神威はそれが具体的に何なのかがわからない。
今回もなにか神威が嫌うようなことを企んでいるなとは思っていたが、それが具体的になにかわからなかったので、この間手を組んだ晋助に、あらかじめ言っておいた。
第四師団を殲滅するという今回の作戦でも手を組む予定だったし、晋助はの元旦那で頭も切れるし、幼馴染みだったと言うから、わかるかなと思って色々探ってもらったのだ。とはいえ、彼もことが起こってから、早く帰ってこいと連絡してきたのだが。
「本当に良い根性してるヨ。」
神威は笑っての白い頬を撫でる。
もう数年一緒にいるが、彼女の起こす騒動は神威を苛立たせるが、同時に神威を退屈させない。脅してもひっ叩いても裏道を発掘し、神威という枠にはまらない、自由な彼女を神威はきっと、こよなく気に入っているのだ。
「もうちょっと、女らしく、女々しく育てて欲しかったもんだネ。」
女らしく、男に頼ってなんて言葉が、彼女はあまりない。むしろ神威の方が頼っているくらいだ。
神威はただ単に自分と一緒にいてくれれば良いし、人を殺すのを間近に見ることが出来れば良い。第七師団の雑務なんてしなくて良いし、他人を慮っているのなんて見たくもない。なのに、はちっとも枠に収まってくれないし、の行動を制御しようと思うと神威も結構手間がかかる。
「俺が育てたんじゃねぇよ。こいつの馬鹿兄貴が甘やかしたのさ。」
晋助は煙管を持ったまま、医務室へとゆっくりと足を踏み入れる。
「そういえばは妹だったネ。世のお兄ちゃんは妹に甘いって言うけど、どうなんだろうね。」
「知らねぇな。俺は兄貴の気持ちなんざわからねぇよ。」
「あはは、俺もお兄ちゃんだよ。」
神威はけらけらと笑って、足を組み直した。
「仲むつまじいそうじゃねぇか。」
「そうなのかな。」
「おまえの部下たちもみんなそう言ってたぜ。つきあえるのはお互いだけって、化け物同士だってな。」
晋助は今回の共同前戦のついでに、色々な話を聞いた。
副団長の阿伏兎など、第七師団の団員の多くは神威について行っていたため、残っていたのは参謀兼会計役のと、その直属の部下や息のかかった団員だけだった。ただし結構な人数がおり、彼女の人望が確かであると晋助にも見せていた。
『そりゃー、あのふたりは無理っすよ。俺、姉御が嫁だったら、死んでますわ。もちろん団長が旦那でもあんな無茶苦茶死んでます。』
晋助がと神威の様子を尋ねてみると、の副官である赤鬼と青鬼は、楽しいのか薄気味悪いのかわからない醜悪な顔を歪めて笑っていた。
神威はがどこに行くのも何をやるのも規制しないが、自分もついて行くと言うらしい。そして自分がどこかに行くときもをつれて行く。それが例え戦場のまっただ中であっても、だ。それにつきあわされていたら、普通の団員は死んでいると言っていた。
「あはは、そりゃ違いない。」
神威は他人を慮らない。団員も気に入らなければ平気で殺せるし、女子供も関係ない、とびきりの、力だけを求める化け物だ。しかも化け物のように強いため、誰も逆らわない。逆らえない。その圧倒的な力があるからこそ、荒くれ者ばかりの第七師団の上に立っている。
はその頭脳と人望で人の上に立っている。できすぎたその頭脳はうん万の人を殺せる。それと同時に神威が拾い上げないものを拾い上げ、神威が考えないことを考える。無駄な殺しは絶対しないし、線が一本通っている。
やりたいことは自分の倫理に反さない程度に、神威に反対されても裏をかいてやる。
二人は根本的に違うため、ぶつかり合うと痴話喧嘩も強烈で、殺し合いを演じることもある。だが、常日頃はお互いに若いので普通のカップルと変わらずやることもやり、いちゃいちゃもし、折り合いをつけ、仲良くやっている。
団員たちにとってはそれが日常茶飯事で、例え元旦那が現れようが、ふたりの絆にひびなんて入りっこないし、たいしたことではないといった認識だった。
「俺は俺とは違うこれの強さに惚れてるんだよ。」
単純な怪力では、は夜兎である神威に及ばない。だがその刀と頭の良さで神威にも勝る力を見せる。彼女が危険な天才であると言うことはわかるが、神威にとって、神威の抜け道を探す彼女の賢さもまた、彼女の魅力の一つだ。
「そりゃそりゃ、恥ずかしげもなくはっきり言うもんだな。」
「そうしておかないと、俺のだってみんな理解してくれないだろ。」
神威は団員たちの噂も、に対する見解も重々承知だった。
団員の前であっても、神威はに触りたい時は触るし、人前だからと怯まない。もちろんそれは神威が我慢が嫌いで、臆さないというのもあるが、はそういうことにすこぶる疎いので、団員たちに対する牽制でもある。
が考えている以上に、神威はを気に入っているのだ。
「気に入らない?元旦那さん。」
神威はにっこりとわざとらしく晋助に笑いかける。煙管をくわえている彼の仏頂面からは何もうかがえない。
「勝手に消えた奴なんて知らねぇよ。」
「あぁ、そういえば黙って出てきたっても言ってたっけ。」
「…しっかり聞いてんじゃねぇか。」
晋助はふーっと煙を吐き出し、近くにあった椅子に座った。
「俺は気になることは本人に聞くことにしてるんだ。わかんないことは聞くのが一番だよ。も嘘はだいたいつかないしネ。」
性格的に神威はに気になることは直接聞くことにしている。彼女も言わないことはあるが、嘘はつかない。彼女は考えていることは莫大にあるだろうが、口にすることが少なすぎる。だからしつこくしつこく聞くことにしている。大切なことも、ちゃんと聞けば、話してくれるから。
「聞けば、な…。」
晋助の瞼の裏にはまだ、彼女が消える前、最後に悲しそうに笑った顔が、刻まれたように残っている。
彼女が酷く傷ついて、ぼろぼろになっていたのはわかっていたけれど、聞けなかった。聞いてしまえば、彼女が崩れてしまいそうだったし、傷ついているとわかっているから、良いと思っていた。何も言えず、ただ抱きしめてやれば、いつも通りいられる。それで、守った気になっていたのだ。
いつも、彼女を対等には見ていなかった。きちんと理由を聞こうなんて、思わなかった。
「そ。聞けばネ。だから毎日たくさん話すようにしてるんだ。起こそうかな。俺、退屈してきた。」
神威は晋助との話に飽きてきたのか、ちょんちょんとの肩をつつく。わざわざ肩をつついてみたのは、彼女の肩が銃弾に打ち抜かれているからだろう。
「〜、起きてヨ。起きないと殺しちゃうぞ。」
神威は少し考えて、思い切りの腹の上にダイブする。
「ふげっ!」
潰れた蛙のような声を絞り出して目を覚ましたかつての妻に、哀れみを覚えてしまった。
起こす暴君