第七師団の後援者となった元老の終月は精悍な顔立ちにずっと輝く鮮やかな銀色の髪と鋭い氷色の瞳、夜兎と地球人のハーフだけに白い肌、華奢な体躯でも背も高い、なかなかの美形だった。年の頃は30過ぎで、やってきた神威たちを見ると、にっこりと笑って席を勧めた。



「ご飯、おごったげる。食べて良いよ。」



 開口一番がそれだった。



「ほんと?やったネ」



 神威は何の遠慮もなく傘を椅子の後ろに置き、席について肉に手を伸ばそうとする。その首根っこを掴んだのは阿伏兎だった。



「おいおいおいおい、一応挨拶とかしろよ!このスットコドッコイ!!もなんか言…」

「阿伏兎も座りなよ。立ち話も疲れるしね。」

「…おまえ、礼儀とか言ってその服着てきたんじゃねぇのかい…。」



 礼儀がなんだとかいって、はいつもの袴ではなく、色留め袖を着てきたのだ。薦められたとは言えあっさりと挨拶もせず、ご飯に最初に手を出す方が、礼儀知らずじゃないのか。阿伏兎の言いたいことは、にもわかっていたが、は神威の隣に腰を下ろした。




「うん。ここに来るまでに格好は周りに見られるからね。」

「なんでぇ、行動は良いのか。」

「ここではね。人払いがされてるから。」




 部屋に入る時、警戒して気配を探るのは当然のことだ。この部屋には終月と、彼の部下でたちを案内してくれた寛保以外誰もいない。



「いや、そうだけどさぁ。それが、なんなんだよ?」



 阿伏兎の方が戦場で生きてきた年月は長いし、当然この部屋に何人いるかはわかっている。だがそれの指し示すところがわからない。



「形式上会談はしておかないといけないけど、建前だけだから、時間を過ごせば良いだけ。勝手にどうぞって話だよ。」



 終月は阿伏兎にもにっこり笑って、席を勧めるように手を振った。

 要するに後援するという建前上、仲良くしているという雰囲気だけは周りに示しておかなければ第七師団にとっても、元老である終月にとってもだ。そのためこの場で一緒の時間を過ごすと言うことが大事なのであって、内容はどうでも良い。

 が服装にこだわったのも、ただ単に元老を侮っているという風を見せてはいけない。それだけだ。

 神威はというと、阿伏兎が手を離したことで何の遠慮もなく肉をひっつかみ、近くにあった皿のマッシュポテトをスプーンですくった。



「…遠慮、なさすぎじゃね?」



 阿伏兎も夜兎で大食いだが、流石に神威のように元老の前で恥も外聞も投げ捨てたような勢いで食事をむさぼり食う気にはなれない。終月の後ろに控えた彼の部下の寛保は冷ややかな眼差しで神威を睨んでいる。それが普通の反応だろう。



も食べなよ。ここのご飯、ちょっと変わってるけど美味しいよ。」



 神威は皿から顔を上げ、の方を向く。



「まあ、だったとしても、神威みたいには食べられないけど。」



 はテーブルに所狭しと並べられた皿を眺める。

 馬鈴薯とソーセージ。豚肉、だいたいそれを料理した物ばかりだ。もちろんバリエーションはあるのだが、素材はだいたいこの三つ。生憎山のように盛られている全てを食べられるとは思わないが、第七師団の食堂よりは遥かに良い食事だ。

 神威は基本的に米が好きだが、馬鈴薯も気に入ったようで、恐ろしい勢いで皿を平らげていく彼を眺めながら、米より馬鈴薯の方が安いのなら、たまには食卓に出しても良いかなとは控えめに自分の皿にマッシュポテトをのせながら、考えた。



「なぁんかさ、真面目に考えてんのっておじさんだけな気がしてきたぜ。」



 阿伏兎は疲れたように額を押さえ、とは反対側の神威の隣に腰を下ろす。



「大丈夫。殺しはしないよ。興味もあるしね。」



 長いテーブル、神威の反対側の端に座っている終月は阿伏兎を安心させるように言ってから、頬杖をついて、視線をに向けた。



「ただ単に、彼女の選んだ男が、見てみたかっただけだし。」



 ぴくりと、大きく神威のアホ毛が動く。



「駄目だよ。これは俺のだ。」



 神威はいつもの笑顔が嘘のように無表情で鋭利な青い瞳を終月に向け、地を這うような、ゆったりとした低い声で言った。底冷えするような冷たさを含んだ声と殺気に、阿伏兎がぎょっとした顔で神威を見る。終月は涼しい顔で頬杖をついたまま、笑顔を崩さない。

 絶対零度に冷え切り、唾を飲み込む音すらも聞こえそうな、重苦しい静寂。それを平気な顔をして打ち破ったのは、だった。



「わたしはわたしのものだよ。何を言ってるの。」



 当たり前のことを淡々と言う時のように、落ち着いた声音で言う。神威が僅かに眉を顰め、表情に苛立ちが浮かぶ。



「言っただろ、おまえは俺のだって。」



 終月を脅すように言った先ほどとは違って、神威は苛立ちが垣間見えるほど早口で言って、を睨んだ。



「だから、わたしも言ったでしょう。そう思うなら、わたしにそうさせることだって。」




 は相変わらず、感情の読めないぼんやりとした漆黒の瞳を神威に向け、平坦な声音でそう言った。神威の眉間に皺が寄る。が戯れるように細い手で自分の刀の柄に触れ、神威の手が椅子の後ろに置かれた傘へとゆっくりと伸びる。



「勘弁しろや!こんなところでおまえさんたち痴話喧嘩でも繰り広げる気か?!」



 阿伏兎は慌てて二人を怒鳴りつけた。

 流石に元老の前で痴話喧嘩を始めるわけにはいかない。阿伏兎は目の当たりにしたことはないが、の腕前は相当だと団員たちは話していた。ましてや神威が認めるほどだ。彼女の腕っ節は恐ろしく強いのだろう。夜兎の神威と喧嘩など始まれば、宇宙船が沈みかねない。

 だが、阿伏兎は飛んできた傘の切っ先を全力で避けることになった。どこっと轟音が響き渡り、傘が壁を刺し貫く。空いた穴と衝撃に耐えきれなかったのか、阿伏兎の後ろにあった壁はそのまま音を立てて崩れ落ちた。



「おいいいいいいいいいいい!壁崩れちゃったじゃねぇか!!」

「阿伏兎ってほんとに空気読めないよね、殺しちゃうぞ。」

「なんで!?なんで俺になんの!?」



 阿伏兎の叫びが響き渡る中、はため息をついて神威を見た。



「ちょっと、神威。よそに来てまで破壊とかやめてよ…」

「もうやっちゃったんだから、仕方ないじゃん。どうにかしてよ。」

「あとで弁償について話し合うよ。」



 神威が様々な物を破壊するのはいつものことだ。処理ももう慣れてしまっているし、それの値下げ交渉もお手の物。は先ほどのにらみ合いなどなかったかのように、スプーンでマッシュポテトをすくって口に入れた。

 ケチャップと溶け合う柔らかなバターの味が、絶妙だ。



「素敵な大将だね。乗り換える気ないの。」



 終月は相変わらず笑って、に尋ねる。彼の部下の寛保も、今のやりとりに全力で引いたのか、げんなりした顔でを見ていた。


「ないですね。」




 は迷いなく即答した。



「今のところは大した問題じゃないんで。」



 神威が持ち込む問題や、にして欲しいと望むことは、にとっては別に難しいことではない。

 だいたい物の弁償と、強い人間と戦いたい、もしくは殺しちゃった程度のことだ。値下げ交渉など簡単だし、神威がに給料管理を任せており、それをうまく運用しているため、弁償の代金を捻出することは難しくない。宇宙海賊であるため殺しの言い訳探しも、頭の良いにとっては簡単だった。



「…これが、大した問題じゃないのか。」



 終月の部下の寛保が、ぼそりと呟いて崩れ落ちた壁を見つめる。先ほどの痴話喧嘩の折の神威の殺気は、本気だった。それに平気な顔で答えたを、寛保は理解できない。いや、誰も理解できないだろう。

 その点、阿伏兎も同意見だったが、それを口に出せば殺されそうだったので黙り込んだ。


鍋ぶたに綴じ蓋