神威がすごい勢いで食事を平らげる。どうやら阿伏兎も徐々に緊張がほぐれたらしく、せっせと胃袋に料理を放り込む。それをはぼんやりと眺めて時間をつぶした。



「僕は侍に興味があるんだ。」



 テーブルの端に座って、ワイングラスを傾けていた元老の終月は、自分の手の中で揺れる赤いワインの水面を眺めたまま、ぽつりと言う。久方ぶりに聞く言葉に、は顔を上げて、彼を見た。



「時鳥、おまえはどこに行きたいんだい?」



 低く、弾んだ声が響く。何よりも早く、ぴくりと神威のアホ毛が動く。はその懐かしい響きの鳥の名に、自然に表情を緩める。

 時鳥、と。のことを最初に呼んだのは、師だった松陽だ。美しい声で泣き、そのくせにどう猛で蜥蜴や毛虫などグロテスクな物を好んで食べる。人は見かけによらないなんて、理由はそんなところなのかも知れない。

 時を告げる、鳥。



「気を悪くしたら悪いね。一応調べさせてもらった、というよりは坂本に聞いたんだけど。」



 終月は宇宙海賊・春雨という非合法を組織で稼いだ金を元手に合法的で、春雨とは敵対する組織にも金や物を流している。そのため、の戦友で、貿易商をしている坂本とは取引もあり、互いに便宜を図っている。坂本が地球人、終月が地球人と夜兎のハーフという共通点もあり、様々なところで手を組んでいた。



「坂本はおまえのことを高く評価している。今のおまえのことを真の侍だと言っていたよ。」



 が時鳥と呼ばれていたことを、坂本から聞いたのだろう。ただし、彼が知る時鳥は攘夷戦争の時ので、魂迎鳥として、もしくは死出田長と呼ばれ、死を連想させるものだ。坂本と出会ったのは攘夷戦争の頃で、は何も見ず死をまき散らしていた。



「今のわたしは侍、ね。」



 は口にマッシュポテトを運んで、終月の言葉の一部を口にし、心の中で反芻した。

 宇宙船が好きだった坂本は、宇宙船にその機械工学の才能でハッキングをかけて片っ端からたたき落とし、『月下に飛ぶるは時鳥のみ』とまで言われたをよく怒っていた。敵を殺すために手段を選ばないのやり方を、侍らしくないと嫌っていたはずだ。

 その彼が今のを高く評価しているとは、一体何事なのだろうか。しかも侍だ、なんて。



「前も話していましたけど、侍にそんなに興味があるんですか?それは何故?」



 終月と初めて会った時も、彼はに侍かと尋ねていた。そもそも終月は、侍という存在に興味があるのだろう。



「弱い奴が、化け物みたいに強くなるからかな。」



 終月は氷色の瞳をゆったりと細める。その目には過去を偲ぶような悲しそうで、懐かしそうな色合いが含まれていた。

 彼の祖父が地球人の侍で、夜兎であった彼の父に殺されたことは初めて会った時に聞いた。ただ、今の彼の台詞と、彼の前話してくれた過去は合致しない。彼の祖父は弱いからこそ殺された。弱い奴が化け物みたいに強くなったわけではない。

 ただ、それに興味を持ったのは、意外なことに神威だった。



「さむらい?それって、強いの?」



 神威が終月の言葉に反応して、皿から顔を上げる。青色の瞳はきらきらと太陽の下にある空のように輝いていて、無邪気だ。強者を探して宇宙を回っているような男にとって、弱い者を強くしてくれる魔法の何かがあるのならば、欲しくてたまらないのだろう。



「あれ、知らないかい?地球人の中で、攘夷戦争に参加した刀っていう剣を持ってる、いや、参加してないのもいるのか。…表現しづらいね。ひとまず戦うとしつこいし、おもくそ強いよ。」



 終月も説明してはみたが、よくはわかっていないため、曖昧な言葉を返した。

 母が死んだ日から、終月は侍を捜し歩いていた。攘夷戦争に侍がたくさんいると聞いて傭兵として参加してみたこともあるし、侍が処刑されると聞いて見に行ったこともある。ただ、今も終月には、侍がなんたるか、よくわからない。

 だからこそ、追い求めるのだ。あの日の決断の意味を知りたいから。



「ま、今わかるのは強いことと、本物はなかなかみつからないってこと。あとは見た目は関係ないってことかな。」



 終月はぽつりと付け足した。

 本当に侍というのがなんたるかはわからないが、本物は確かにいる。ただし侍と名乗るものは、地球に行けば星の数ほどいる。刀を携えていればそれが侍だと考える者もいるが、終月の見解は違う。

 の漆黒の瞳を見た時、終月は確かに、侍を見た。



「どうやったらわかるの?」

「…目かな。」



 神威の疑問に全て答えることは、終月にも出来ない。

 ただ、目が違うのだ。馬鹿も、弱い人間もいる。でも、侍は目が違う。常はぼうっとしている人間もいるけれど、何かを決めた時、侍という生き物は武士道を持ち、自分の信念を持ってして、無理矢理自分の強さを埋めてくるのだ。

 見ればわかる。どこまでも強い、まっすぐな目をしている。



「ふぅん、その本物がって訳か。ますますを殺したくなったヨ。」



 にぃっと神威は唇の両端をつり上げ、青い瞳を愛おしそうに、そして殺意でいっぱいにして、ゆるゆるとに向ける。



「殺される可能性高くなるんで、その話持ち出すのやめてくれます?」

「悪い悪い。でも僕がおまえたちを飼う気になった理由がそれだから、許して。」



 終月はの抗議にもなつっこい笑みで手をひらひらして返す。

 師団の団長になるためには元老の承認と、師団の掌握の二つが必要だ。が終月を選んだのは彼を坂本の船で見たからだったが、あちらにもあちらの理由があるのだとしても、別にそれは当然。第七師団という武力が理由でなくても、には後援さえ得られ、神威が団長になってくれればそれで良い。

 先に終月がにそれを言うのは、興味を満たして欲しいという意志表示だ。



「…」



 神威は心底不快そうに珍しく真顔で眉を顰め、食事をとる手を止めている。ただ、があらかじめ絶対に終月には手を出すなと言ってあるため、動きはしない。



「宇宙に出てきた侍が、何を打ち落とすのか。楽しみだ。」



 終月はただ、侍であるの末路を見たいのだ。



「坂本見て満足してくれませんか。きっとあいつも素敵な侍ですよ。」

「馬鹿だけどネ。」



 坂本のことは神威も知っているため、付け足す。



「いやあ、侍だけでも希少価値なのに、それが女なんてなおさらだよ。どこに行き着くか見てみたいから、飼って上げようと思ってね。」

「あんまり上から目線でぼけっとしてると、女に寝首かかれますよ。」



 は終月の軽口にあっさりと返す。挑戦的な口調に終月の護衛の寛保と阿伏兎は顔色を変えたが、終月は手を叩いた。



「知ってるさ。実に勇ましくて好ましい。それを僕は誰よりもよく知っている。」



 終月の口調はしみじみとしていて、本当にその存在をの他にも知っているような口ぶりだった。

 地球ですらも、女で正式に帯刀する侍なんて存在しない。侍だと自分で名乗る者もいないだろう。実際自身、そんな人物と出会ったこともない。の周りにいた侍たちもほぼ全て男だった。彼は元々女の侍自体に興味があるのだ。

 のぼんやりとしていた漆黒の瞳に、僅かに相手の表情を窺うような鋭い光が宿る。



「侍だった、僕の祖父を殺したのは、夜兎だった父親だと言ったね。」



 元老の終月が夜兎と地球人のハーフだというのはよく知られた話で、母が地球人、父が夜兎だったはずだ。侍だったというのは母方の祖父だろう。夜兎だった彼の父親は、祖父を殺して、地球人だった母を奪った。

 夜兎の怪力は恐ろしいもので、地球人が簡単に抵抗できるものではない。



「その父親を殺したのは、弱いはずの母親だよ。」



 にっこりと、あまりに満足げに終月は言った。神威が青色の瞳を丸くして、口元だけで小さな笑みを浮かべる。



「夜兎は同族同士でも殺し合うような野蛮な種族だ。それを殺したのは、眼中にもない弱い生き物だった。」



 氷色の冷たい瞳に、ぞくりとするような高揚が浮かぶ。

 彼がその光景を目の当たりにし、何を思ったか、それは神威とそれほど変わりはしない。夜兎だった父親を殺すほど強い者に対する、憧れ、殺意、そして、高揚感。忘れられないからこそ、終月は今もそれを探している。




「夜兎の末路には興味がない。ただ夜兎と生きる道を選んだ侍のおまえには興味がある。」




 の何が欠けていてもいけない。どれかを諦めた途端、終月は彼女に対して刃をむく。一方でがそれを持ち続ける限り、彼はに協力するだろう。



、おまえがどこまで行けるのか、見せてくれ。」



 終月は氷色の瞳でを眺める。過去の憧憬、後悔、憧れ、殺意、その対象によく似た存在として、彼はを見定めている。

 何故これほど、殺意ばかり向けられるのだろうなと、は隣にいるアホ毛を揺らす男を眺めながら思った。



侍であれ