正式に元老との会合を終えたことで無事、団長として承認された神威は、食堂に集められた第七師団の団員たちににっこりと笑った。
「俺、神威、強い奴にしか興味ない。まあ、適当に頼むヨ。」
手をひらひらさせ、まさにいい加減な挨拶をする。男性にしては少し高い声は、食堂によく響いた。
神威の強さを知っており、事情を理解している団員はあまりのいい加減さに絶句し、神威の強さも顔も知らない団員は事情がわからず、ぽかんとした顔で一見すると可愛らしい彼の顔を凝視した。団長であった幽玄が殺され、団長が交代したという話は全員が知っている。
ただ次の団長である神威がどんな人物なのかまで通達されるはずもない。基本的に下っ端の団員にとってみれば、団長が誰であっても、彼が団員をまとめるほどに強く、自分たちの待遇が悪くならなければどうでも良いのだ。
「え。あいつ団長?」
「若くね?ありゃまだ10代じゃねぇか?」
「阿伏兎さんじゃねぇのかよ。」
「ってかなんか優男っぽくて弱そうじゃね。」
「ぎゃははは、夜兎とは言え女じゃねぇの?」
げらげらと神威を知らない団員たちは下品に笑う。しかし、神威を知っている団員たちは、同時に神威の気性の荒さも理解しているため、神威を嘗めきって悪口を聞こえるように言う団員たちを横目に俯き、青い顔で黙り込んでいる。
神威の左隣に立っていたは小さく息を吐き、阿伏兎は呆れたように額に自分の手を当てる。二人が団員を止める前に、女じゃねぇのとか言った団員の顔面に、神威が跳び蹴りを食らわせた。そのままの勢いで顔に神威の足をめり込ませたまま、後ろ向きにぶっ倒れる。
「て、てめぇっ!何しやがんだ。」
「やっぱこっちの方が、俺らしい挨拶だと思うんだよ。皆殺しネ。弱い奴はいらないヨ。」
神威は満面の笑みを浮かべて傘を片手に、他の団員たちを次々と容赦なく殴り飛ばしていく。
「ちくしょうふざけんじゃねぇ!」
ここは春雨でも恐れられる、夜兎や荼吉尼を抱える第七師団。
団員たちも強者揃いで、蹴られたり殴られたりと言った理不尽なことをされて黙っているはずもない。手に傘やら棍棒を掴んで、迎え撃つ。神威は実に楽しそうにその無邪気な青い瞳をきらきらさせて、一番近くにいた団員の首を吹っ飛ばした。
ころんと足下に転がってきた首を見て、は重々しいため息をつく。
「ちょっとまてええええええええええ!全員やられちまうじゃねぇか!!」
阿伏兎は慌てて神威に叫ぶが、響き渡るのは悲鳴と轟音のみだ。
弱い奴はいらない、なんて。神威より強い団員を探す方が難しいくらいだ。このままでは団員が全て殺されてしまうだろうが、流石に阿伏兎も神威の喧嘩の中に入って行けば巻き添えで殺される可能性もあるため、怯む。
右往左往する阿伏兎を見てから、は仕方ないので袖の中からスピーカーを取り出し、すうっと深く息を吸い込んだ。
「ちょっと話を聞いてください!!」
耳から揺さぶられるような大音量に、食堂にいた全員の手が止まり、視線がに向けられる。
「…あのさぁ、ちゃんよぉ。叫ぶ前に言えや。」
隣にいた阿伏兎が耳を押さえて蹲って、恨みがましくを見上げる。いつも通りすました顔のは、ぼんやりした漆黒の瞳で阿伏兎を一瞥しただけで、そのまま視線を団員たちに向けた。
「そこにいるのが、団長の神威。副団長の阿伏兎で、わたしは新しく雇われた参謀兼会計役となりましたです。生活や相談、お金問題はわたしに言ってください。以上。」
彼女の声は落ち着いていたが、高く、耳心地が良いし、よく食堂という空間に通った。皆すんなりとの言葉を聞いていたが、我に返ればその声に聞き入ったことも、女であるが偉そうにものを話したことも、苛立ちの対象で、団員の何人かはに詰め寄った。
「おいおい、上から目線で何様だ?あぁ?ここはお嬢ちゃんが来るところじゃねぇんだよ。」
弁髪を揺らして、夜兎の団員のひとりが、へと傘を持って歩み寄る。普通なら屈強な男が凄めば女は一歩後ずさるものだ。男もそれを期待していたが、のぼんやりとした瞳は変わらず、だからといって一歩も退こうとはしない。
「あ、言い忘れてた。」
は僅かに眼を丸くして、ぽんっと手を叩く。
「おいっ、人の話聞けや!!」
団員がの胸ぐらを掴もうとした途端、は持っていたスピーカーを放り投げた。一瞬団員の意識がそちらに向いた途端、団員の弁髪が床に落ちる。それに団員が気づいた時には、既には刀を抜き、切っ先を後ろにして団員をいつでも斬りつけられる構えに入っていた。
団員は傘でを叩きつぶそうとしたが、傘が既に手元しかないことに気づいて、呆然とする。
「先に警告しておきますけど、許可なく触ろうとしたら、迷いなく首落とすので、ご容赦くださいね。」
の漆黒の瞳が鋭い色合いを見せる。その躊躇いのない刀のような鋼の鋭さと、刃の冷たさ。その気迫に、団員はぞくりと足下から浸食するように、恐怖が這い上ってくる。
目の前にいるのは銀髪の、華奢な体躯の女だ。しかしだからこそ、得体が知れず、恐ろしい。純粋な恐怖が目の前にいる時、人間がとる行動は三種類、硬直するか、逃げるか、相手へと向かうかだ。
修羅場をくぐってきた団員は、相手へと向かうという選択をした。夜兎の怪力を生かし、素手でへと掴みかかる。常であればそれは最良の選択であったかも知れない。だがに対しては今、一番とってはならない行動だった。
「言ったでしょ?」
涼しい声音とともに空気を斬る音がして、首と胴体が離れる。どさりと落ちた身体、切り口からざっと広がる血が現実感を奪う。団員たちも無言で、ことの成り行きを見つめることしか出来ない。
「わかった?」
がまた、先ほどと同じ落ち着いた表情で、ぼんやりした漆黒の瞳のまま尋ねる。口には穏やかで柔らかい笑みが浮かんでいる。
足下には一人の団員の事切れた遺体。刀の血を払って静かに鞘へとしまう姿は洗練されて美しいが、全ての光景が現実離れしている。なんてことはない華奢な体躯の女だと思っていた存在が、既に団員たちの目には化け物にしか見えない。
「…なーんか、興が冷めちゃったネ。」
神威は呆然としている団員たちに戦意が失せたのか、近くにいた団員を蹴り上げ、軽やかな足取りでの隣に戻る。その過程で事切れた団員の首を蹴ったがそんなことは気にしない。
「あ、ちなみにこれ、俺のだから、手を出したら殺しちゃうぞ。」
神威はに横から抱きついて言う。
「いや、わたしはわたしのだからどいて、」
は眉を寄せて、ぐいっと神威の腕を押しのけようとする。だが、夜兎の怪力を持つ神威の腕は地球人のの腕力ごときではびくともしない。ただ、はだからといって大人しく言うことを聞くような女ではない。
は手で今度は神威の顔を素手で押す。流石に頬を素手で押されれば神威も無視出来ず、眉間に皺が寄った。
「おいおいおい、ちゃんよぉ、そのくらいにしてくれ…お願いだから我慢してくれ。じゃねぇとまた団長が…」
隣ではらはらしているのは阿伏兎だ。
の抵抗はなかなかに遠慮がない。刀を抜く時もあるし、神威相手に容赦や恐怖と言った怯む感情は全くないので、大事になることも多々あった。ただし、大けがをしたことがないのは、彼女の実力と神威の躊躇だろう。
「阿伏兎、神威に言葉が通じないからってわたしを犠牲羊にするのはやめて、」
「酷いヨ、。俺はには優しいよ。」
「どこが優しいの。いい加減にしてくれる?」
が左手の親指で鍔を上げ、刀の柄に手を当てる。神威はに斬りつけられる前にぱっと飛び退いた。
「せめて団員の前でくらい取り繕いなよ。」
「取り繕う必要性がわからない。これから一緒に過ごすなら、現状は知っておいたほうが良いだろう?それよりも、おイタが過ぎるよ。」
神威は左手に持っていた傘の引き金を引く。刀の一閃で飛んでくる弾を打ち落として、は神威に肉薄する。阿伏兎は二人を横目にが落としていたスピーカーを拾い上げ、慎重に音量を絞ってから、「あー」と試した。
「まあ、こんな感じんなったから、おまえらぜってーふたりの話はよく聞けよぉ、わかったな。」
年寄り臭い、疲れ切った声音が、食堂に響く。その言葉はや神威の声よりも団員の心に刻まれることとなった。
肉体言語でご挨拶