さらさらの亜麻色の髪のすらりと背の高い女、年の頃は神威と同じくらいだ。実年齢はよりも少し年下のはずだが、美人系の顔立ちのため、かわいい系のよりも年上に見える。夜兎らしい白い肌に明るい色の瞳、一般的に言えば、抱いても良いかな、なんて思ったのは、昔の神威も一緒だ。



「翠子、」



 神威は食堂のテーブルに肘をついて、片手で膝にいる東を抱えた状態で彼女の名前を呼ぶ。目の前に立っていた龍山は翠子が好きではないのか、さっと神威の方まで避けてきた。



「あら、あんた。あの女の所の?」



 翠子は眉を寄せて、龍山を見る。龍山は険しい表情で翠子と神威を見比べたが、一言「仕事に戻る。」と告げてきた。



「あれ、戻るの?赤鬼たちに言われてた俺に話さなきゃならない話は終わったのかな。」



 神威は龍山にその青い瞳を向ける。龍山はまだ話が残っていたのか、むっとした顔をし、一瞬考えたようだが、彼は自分の感情を優先した。



「俺は一ミリたりともこんな女と同席したくないんでねー。」

「大層に懐いてるネ。」



 は副官の基準を字が書けることでも、言語が複数話せることでもなく、『根性』と言っている。

 普通の団員より給料が上がるため、何人もの団員が試験を受けたが、根性がなくて落ちた。字の読めなかった龍山に課せられたのは、一日でアルファベットを含め基本的な文字を覚えること。合格したからこそ、の副官になった。

 確かに馬鹿だったが、龍山には根性がある。それは神威が見てもわかる。

 仕事の傍らが教える算術や文字、言語を、龍山は悪態をつきながらもやる。武術もそうだ。力任せの戦いしか知らなかった龍山に、は技術と合理性、作戦を立てると言うことを教えた。その価値を、今は龍山もよくわかっている。

 力だけでは生きていけない。だからきっと、夜兎は絶滅危惧種なんて言われているのだ。




「懐いてるわけじゃねぇけど、恩はあるんっすわ。神威さん。」



 龍山は冷ややかな薄茶の瞳を神威に向ける。



「俺は香水くせぇ女相手にするほど、困ってないんで。」



 文句を言っても、龍山にとっては、暴力だけではない生き方を教えてくれる存在なのだ。彼女に対して害をなそうとしている人間にしっぽを振るほど、彼は落ちぶれていない。その精神は神威もすばらしいと思うのだが、言葉は選んだ方が良いだろう。



「格好つけるなよ、童貞のくせに。」

「ちょっ、なんで知ってるんすか!?」

「何言ってるの。鈍いの所に恋愛相談に来てただろ。ほどじゃないけど、俺、記憶力は悪くないヨ。」



 神威はくすくすと笑ってやる。龍山の顔を見るとむかむかするので、貼り付けた笑みを浮かべるのさえ面倒だったから、笑みを向けられた龍山は、悔しがるよりもむしろ驚いたような顔をした。





「でもちょっとアズマ抱いててよ。落としたら殺しちゃうぞ。」

「は?」

「ほら。パパお仕事だからさ。アズマ。」



 神威は龍山に東を半ば無理矢理押しつける。東はじぃっと神威をその漆黒の瞳で見たが、神威が頷くと、何も言わずに龍山の方へと手を伸ばした。龍山も慣れているため、少し不思議そうな顔はしたが大人しく東をしっかりと腕で支えた。



「ちょっとぉ、酷くない?それになんなのこのガキんちょ。」



 翠子は龍山を睨んでから、神威の向かい側に勝手に腰を下ろす。神威は先ほどと違っていつもの貼り付けたような笑みを浮かべて、彼女を見た。



「どうだった?。」



 神威は翠子の質問など忘れたように尋ねる。途端に、横で東を抱えて立っている龍山が眉を寄せる。それを横目で捉えた神威はポーカーフェイスにはほど遠い単純な男だなと思いながら、翠子の顔を眺めた。



「あの女、ちっとも反応してくれないのよ。すぐに逃げられちゃうし。早く神威と別れろって言っても、のれんに腕押しだし。」



 唇をとがらせて彼女は言う。神威の腕に触れてこようとする手が嫌で、神威はテーブルに置いていた片方の手を引いた。



 昔は女らしいその仕草に少しはかわいさも感じたのかも知れないが、今の神威はどうしてもそれをわざとらしいと思う。があまり女らしいアプローチの仕方をしないからだろう。は自然だ。それに慣れきってしまったからこそ、翠子の不自然が目につく。




「ねえ、神威。あんな女の何が良いのよ。ねえ、あの女を追い出しちゃいましょ?」



 翠子は甘えるような声で、神威に強請る。周りにいた団員がざわりと騒いだのがわかった。翠子は気づいていない。

 もちろん団員の中には女のを認めていない者もいるが、大半はを慕っている。また、少なくともが段取りを全てつけているそのおかげで第七師団の事務や、作戦、任務がうまく運んでいるとわかっているため、認めてはいる。

 を追い出すなど聞き捨てならない。それでもこの場で手を出さないのは、翠子の前に団長である神威がいるからだ。



「翠子はさぁ、なんで俺が良いの?」



 神威は素朴な疑問をぶつける。一瞬翠子は迷うように視線を上げたが、首を下げ、上目遣いで神威を見上げた。



「だって神威優しいし、ハンサムだし、団長でしょ?あんな地球人の女より、夜兎のわたしなら、強い子供を産んであげられるわ。」



 自信たっぷりに彼女が言えるのは何故なのだろう。

 優しいなんて、に言われたことがない。顔、もはわかっていなさそうだ。団長なんて神威個人に関係ないだろう。夜兎だから、なんて言っても、翠子はに絶対勝てない。きっと傘を振るう前に刀で首を切られて終わりだ。なのにどうして、より強い子供が産めるなんて言えるんだろうか。

 なんだか納得できなかったが、胃袋にたまる不快感に、神威はぱっと反論が出てこない。



「神威、だめよぉ。あの女に誑かされてるのよ。あんな女、ただの地球人…」



 翠子は神威が黙り込んだのを肯定と受け取ったのか、楽しそうに笑って見せる。

 誑かされてる、なんて神威はそんな安易な人間に見えているんだろうか。あんな女、なんて翠子が言うほど、は価値の低い女なのだろうか。頭の中で考え出すと、段々とむかむかしてくる。あんな女を選んだのは神威だし、誑かされているのも、多分神威だ。

 自分の選択を罵られているようで、苛立ちが増す。



「あの女、実力行使に出なくちゃ駄目よぉ。」



 なんで俺に言うんだ、自分でやれよ、と。他力本願より自力本願を好みながら、自分も他力本願だなと気づいた。



「そうだよね。自力本願が一番だよ。」



 神威が青い目を丸くして突然言ったため、翠子が首を傾げる。龍山は東がぎゅうっと自分の腕に張り付いてきたため、一歩、神威から後ずさった。本当に神威の機嫌に聡い、将来の楽しみな子だ。神威は先ほど龍山から渡された紙を取り出し、眺めた。

 何人かの名前に蛍光ペンで下線が引っ張ってある。それがこの船が持っていた麻薬を盗み出したかも知れない、怪しい団員だ。神威の知らない名前もたくさんあったが、ひとまずわかる人間から始めよう。



「ねえ、俺はさ、弱い奴には興味がないんだ。」




 神威は立ち上がり、椅子に立てかけてあった傘をとり、切っ先を翠子に向ける。翠子は予想もしていなかったのか、信じられないと言った呆然とした眼差しで神威を見ていた。




「そもそもさぁ、おまえが来なければ、俺の苛々は二つに倍増しなかったわけだよ。」




 今までも神威は、が自分を一番に考えてくれなかったり、他の団員と話してるのに、苛々していた。それに翠子が来ることによって、彼女はどうして自分と同じことを同じように思ってくれないだろうと、苛立ちが二つに増えた。

 原因の一つは、翠子だ。



よりも強い子供が産めるんだろ?まあ、頭は絶対勝てないと思うけど、夜兎なんだし、その強さくらいは見せてくれよ。」



 ゆったりと貼り付けたような笑みを向ける。神威が本気だと言うことは伝わったのか、彼女は唇を真っ青にして、一歩後ずさる。神威はその姿を見て一瞬で萎えた。



「うじうじ悩むのは性に合わない。」



 が自分の気持ちを理解してくれないのならそれで良い。ただ、なんで自分と一緒にいるのか、素直に聞いて、自分の嫌なことを言って、改善してもらった方が早い。



の仕事を早く終わらせて、素直ににして欲しいことを言って、喧嘩することにするよ。」



 神威は震える女に向けて、傘の引き金を引いた。




知りたいから、尋ねる