昼食時間の間に目をつけていた団員の部屋を検分すると、麻薬が出てきた。



「おまえさんの言うとおりだったわ。」

「やっぱりね。」



 は阿伏兎に呼び出され、麻薬の見つかった団員の部屋の前で数を確認しながらため息をつく。阿伏兎も同じで、出てきた麻薬をしゃがみ込んで眺めながら、はーと大きく息を吐き出した。



「こちとら売る方で使う方じゃねぇって何度言ったらわかんのかね、あいつらぁ。」

「みんな馬鹿なんだから、一時の快楽が大切なんだよ。だから男は浮気するんだって昔馬鹿のお兄が言ってた。」

「おまえのお兄さん浮気したの!?ってか何、そのすれた男性像!!!」



 馬鹿な団員たちは知能とともに自制心も低い。そのためは麻薬が積まれていることを口にしなかったが、どこからか漏れたのだろう。麻薬を積み込んだこと自体、こちらが迂闊だったのだ。ただ備品チェックをきちんとしており、気づいたのが早かったため、それ程使われた形跡はなかった。



「冗談はさておき、」

「冗談なのかよ。」

「いやお兄の話は本当だけど、翠子ね。問題は。」



 は自分で書いたメモを取り出す。

 の記憶は正しく、赤鬼にも確認させたが、麻薬を持っていた団員は、全員翠子とともに入団してきた奴らばかりだった。また、全員同じ星から入団しており、夜兎同士、知り合いでなかったとは思えない。人数は十数人。そのうち今のところ7人の部屋から麻薬が見つかっている。

 残り数人からも事情を聞かなければわからないが、翠子が全く無関係とも思えない。



「そーいや、団長とあいつが別れた理由って知ってるか?」



 阿伏兎がにふと聞いてくる。



「知るわけないじゃない。」



 生憎は神威に、翠子とのつきあいについて聞いたことがない。昔、神威はに夫であった人物について問うたことがあるが、は翠子について彼に聞きたいと思ったことはなかった。



「翠子はなんか言ってなかったのか?」

「夜兎の生態研究に興味はないんだけど、」

「だからそれ間違いだって!」

「何故かはわからないんだけど、真面目に聞いているとこの辺がね、むかむかするから、仕事に没頭して聞かないことにしてたんだ。」



 は胸を押さえて、紙に書かれた翠子の名前を眺める。

 何にむかむかくるのかにはよくわからなかったが、そういう時は無駄なことを考えるのはやめて、仕事に没頭しているのが一番だった。



「なあ、ちゃんよぉ、それだよそれ。それ嫉妬。そのむかむかをおまえさんが持ってるって、団長は知りたいんだよ。翠子を吹っ飛ばしたいとか思わねぇ?」

「んー、思うような気もするけど、女に手を上げる趣味はないんだよ。」

「なんでおまえさんそう男前なの?」




 阿伏兎は目眩がして、額を自分の手で押さえた。



「話戻すけど、翠子の奴、相当びっちらしいぜ?」

「え?別れた理由、神威の浮気じゃないの。」

「それ、相当失礼だぜ。」

「いや、なんとなく年の割に、神威慣れてそうなんだもん。それにあの絶倫だし。」



 はぷいっとそっぽを向いた。

 と神威だと神威の方が年下だが、絶対経験人数は神威の方がの数倍はあると確信している。いや、むしろ両手の数では足りない倍数かも知れない。の経験人数が少ないからでもあるが。

「でも、翠子もすごいね。絶倫の夜兎を複数相手するなんて、夜兎の女って体力あるんだ。」



 あの絶倫の神威の相手をして浮気なんて、は拍手したくなる。は神威が満足するまで相手をすると、翌日にはぐったりで、1週間ぐらいもう情事につきあいたくないと思う。が、神威は全く平気で、翌日にはしたがる。



 翠子は夜兎なので、その神威を相手にした後でも、浮気するだけの体力があるんだろう。

 馬鹿だが、夜兎の基本スペックだけは本当にすばらしいと惜しみない称賛を送りたくなったが、阿伏兎はげんなりした様子で目尻を下げていた。




「なあ、おまえさん、夜兎が全員絶倫みたいな言い方、やめてくんね?そりゃな、地球人に比べりゃ、夜兎の大砲は荷電粒子砲かもしんねぇよ?だけど、装填数はそれほどかわんねぇと思うぜ?そんなぽんぽん打てねぇよ」

「マジでか。わたし貧乏くじ引いた?」

「いや、宝くじだろ。ついでにおまえよっぽどあいつから気に入られてるんだよ。」



 神威が第七師団に入ってくる前から、阿伏兎と神威は知り合いだったが、そんな女相手に長く楽しむようなタイプではなかったはずだ。は地球人にしては強いし、体力もある方だろう。仕事には律儀で時間通りのが翌日起きられない程度には、神威はお楽しみなのだ。

 気まぐれな彼がそこまでこだわるのはだけ。ただし、それに好んでつきあうのも、彼女だけだろう。

 嫌なことは神威に脅されても絶対にやらない、させないのことだ。逃げようと思えばいくらでも逃げられるし、彼女はそれを出来るだけの能力がある。神威から逃げようとしないのは、も神威の傍を居心地良く思っているからだ。

 そういう点では鍋ぶたに綴じ蓋。まさにお似合いの夫婦だと阿伏兎は心の底から思っている。



「で、びっちと麻薬と何が関係あるの?」

「同じ星にいた、しかも同じ夜兎だろ?なんかつながってんじゃねーの?」



 一緒に入った団員同士に、直接的に繋がりはない。それなのに全員が同じ所から盗まれた、同じ麻薬を持っているというのは、誰かが渡したからだろう。



「ふぅん。じゃあ、翠子は新しく入ったばかりで事情のわからない団員たちに、麻薬を渡す代わりに、なにかして欲しかったのかもね。」



 は冷静に名前を書いたメモを眺めて、肩をすくめる。




「あぁ?例えば?」

「わたしを殺すとか?」

「…あり得るかもなぁ。」




 阿伏兎も翠子がに対する対抗意識を燃やしていたことは知っているし、神威と別れろと詰め寄っているのを見ている。ただは腕っ節も強く、いつも荼吉尼か夜兎の副官を連れているので、ひとりではやれないと考えたのだ。




「馬鹿じゃねぇの、たった十数人の夜兎でおまえさんと、おまえさんの副官をやるって?はー、現状を知らねぇ奴ぁ、恐れ知らずで良いねぇ。おじさん感心するわ。」




 の副官は三人。荼吉尼の赤鬼と青鬼。そして夜兎の龍山だ。

 赤鬼と青鬼はその大きな図体と恐ろしい風体で見た目から恐怖の対象だし、団員の中でも腕利きだ。龍山はまだ若いが、筋は悪くない。そして何より、は強い。阿伏兎もたまに恐ろしくなる。彼女の刀には迷いがなく、どこまでも研ぎ澄まされている。何にも恐怖しない、その目が怖いのだ。

 入ったばかりの団員十数人がまとめてかかったところで、どいつも勝てるような相手ではない。



「面倒くさいなぁ、捕まえる?殺す?下ろす?」



 は麻薬の袋をひらひらさせながら、阿伏兎に尋ねる。



「第七師団からたたき出せば良いんじゃね?殺すと掃除がなぁ。」



 血と言うのは床の継ぎ目などに入り込むので、掃除が面倒なのだ。あまり酷いと業者に頼まなければならない。



「それもそうか…」



 は本日何度目とも知れないため息交じりで、腕組みをする。だが、耳に自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、そちらの方へと目をやる。



「姉御ぉおおおおおおおお!!大変っす!!」



 弁髪、中年の団員が、すごい勢いで廊下を曲がってきて、を見つけると車のような速度で突進してくる。はそれを左側に寄ることによって避けた。団員は後ろにあった角を曲がりきれず、壁に激突する。



「姐さんんんんんん!!」



 ついでに後ろから来た若い団員も同じような経緯を辿って壁に突っ込んでいった。



「何やってるの。貴方たち」



 は血だらけになっている団員の傍にしゃがみ込んで、小さく息を吐く。壁がへこんでしまったので、どのみち業者を呼んで張り替えなければならない。いくら位するだろうかと考えながら、団員の怪我の度合いを確認していたが、団員の言葉を聞いて目を見開いた。



「食堂で、食堂で団長がっ!!」



尋ねるから怖い