「部屋に書類持ち込むなって言ったでしょ。」
腰に手を当てて、神威はソファーで仕事をしているに言う。
「書類じゃないもん。タブレットですー。」
「やってるのは書類でしょ。いい加減にしろよ。割るよ。そのタブレット。」
神威の実力行使は破壊を伴うため、実力行使を示唆すると、やっとはむっとした不機嫌そうな顔でタブレットをしまった。
「だって、仕事終わってないんだもん。」
「よく言うよ。どうせまた仕事がなくなったら人減らして仕事作るんだろ?」
「だってお金もったいないじゃん。」
仕事が終わるようになり、暇が出来るとまた仕事を増やすか、人を減らすのがだ。そしての無茶を神威が宥め、団長としての権限で無理矢理人を雇わせ、解決したと思ったらまたがお金が気になって人を減らす。
という無限ループに陥っていて、これを年間平均6回から7回繰り返している。
「ほんと、マミーこりないよね。」
の息子、東は心底呆れて母親と神威の顔を見比べる。
神威の言っていることは要するに「ちょっとは家庭のことも考えてよ!」ってやつだ。そしての言っているのは「仕事が忙しいんだよ!」という、一般家庭で行われる夫婦の喧嘩である。
もう東が物心ついた頃からこの馬鹿みたいな戦いは定期的に行われている。
ただ一般的なテレビで見る夫婦は、大抵父親が仕事をしていて、母親がそれを家庭に持ち込むのを拒むものだが、この家は逆で、父親の神威が母親に家庭を顧みるように諭すパターンだ。大抵軍配は父親であるはずの神威に上がって集結する。
とはいえ、神威が家事をするわけではなく、家事全般は。育児だけが神威という分担だった。
第七師団ではは真面目で優しくおおらかで、料理もうまい、しかも腕っ節も強い、と万能人間のように崇められているが、家庭生活は最悪そのものだ。
食事を与えていれば子供は勝手に育つと思っており、それ以外、身の安全しか考えていない。
代わりに腕っ節しかないと思われがちの神威の方が躾けに厳しく、子供と過ごす時間も暇故に多いと、子供にとっては良い父親だった。
「壊されて当然だね。」
東はどちらかというと、神威に同情的だ。
ある程度の年齢になり、自分が夜兎ではなく、同時に神威の子供ではないと気づいた。正直仕事仕事で構ってくれない母親の方と血がつながっており、いつも傍にいた父親の方と血がつながっていないというのは、衝撃的だった。
だが物心ついた時から神威に育てられているようなものなので、どうでも良い。東にとって父親の方が自分に近しく、母親の方が遠かった。躾も神威が行ったに等しいので、意見もどちらかというと神威よりだった。
「今年に入って何回目?いい加減にしろヨ。殺しちゃうぞ。」
「そんなにやったっけ?」
「マミー、今年に入って五回目だよ。」
「なんで言うの?!知ってるけど!」
「知ってるんだったら、行動を改めなよ。口先だけの誤魔化しとかますますむかつくだろ。」
神威がにっこり笑って、の頭をがしりと掴む。
神威は基本的に細かいことを覚えていないが、ははぐらかして適当な雰囲気を醸し出すが、きちんと覚えている。
言い訳を口にしたところで、どちらにしても、神威が怒ることに変わりはない。頭が良いので、小手先だけの誤魔化しで済ませようとするだが、馬鹿の割に勘だけは良い神威は、絶対に本題から話題をずらさない。
「痛い痛い、ドメスティックバイオレンスだよ!」
はそう言っていたが、腰にあった自分の刀を抜いて、切りつけた。それを慣れた様子で神威はさらりとよけた。
「何そのカタカナ語。」
「家庭内暴力です−。」
「頭押さえただけじゃないか。それを言うなら刃物持ち出したのはおまえだろ。」
「身の危険を感じたんだよ!」
「俺の方が身の危険を感じるヨ。」
神威は近くにたてかけてあった傘を、は刀を構える。
「俺はね、おまえのその自分を振り返らない無茶癖をやめろって言ってるんだ。俺の子供を生む前に死なれちゃ困るんだよ。」
数字の問題ではないのだ。結局の所、神威はが仕事のしすぎで不規則な生活をし、そのせいで風邪を引いたりするから、彼は怒るのだ。見慣れてしまった喧嘩をぼんやりと眺めながら、はーとため息をついて東はテレビへと視線を移した。
最近はどろどろの昼ドラも、夜ドラも飽きてきた。
両親の喧嘩というのは一般的に見たくないものだと言うが、痴話喧嘩とわかっているため、東はどうも思っていない。こんな掛け合いは日常茶飯事だ。物心ついた時からこの第七師団で育ってきたし、神威に育てられているため、逆に普通がよくわからない。流血沙汰も死なないならご愛敬だ。
「あ、マミー、パピー、部屋を壊しちゃ駄目だよ。」
東は一応振り返って、二人に言う。
「「はーい。」」
気のない二人の声がそろっていて、やっぱり夫婦って言うのは似てるもんなんだなと再確認して、テレビに視線を戻した。
夫婦喧嘩