第七師団の食堂には料理人が雇われているわけだが、料理は超絶不評だった。



「なんでこんなに人気があるのかな。」



 は列をなしている団員たちを見て、哀れみしか覚えなかった。

 厨房でが料理を作るのは、週に一度出張や仕事のない日だけだ。しかも正直第七師団は男所帯、夜兎もたくさんいるので、質より量を重視して作っている。そのため大量生産が出来るカレーか、もしくはハヤシライス、シチューなど、一品料理、しかも鍋一つで出来るもののみだが、それが大人気だった。



「いや、姉御の飯が一番うまいっす。」

「そうっすよー、姉御はここの飯食わないからわからないんっすよ。」



 の副官をしている青鬼と赤鬼が、あっさりと列の中から顔を出して言った。しかしながらそれはひいき目でも何でもなく、列をなしている団員の全てが大きく頷いてみせる。



「ま、脂っこすぎるんだよ。」



 食堂で出される食事は肉体労働をする人に合わせているのか、油ものばかりで、地球で粗食を食べてきたの口には全く合わない。その上、食堂まで行くのも面倒くさいから、自分で作ったおにぎりや弁当を食べることが多かった。

 ただ一度赤鬼と青鬼に、地球のご飯の話をし、作って欲しいと言われたため厨房を借り切って団員たちに作ってみた結果、大好評だったのだ。



「まじうまいわー。」



 阿伏兎も恐ろしい速度で食べている。夜兎たちもご満悦で、すごい勢いでおかわりを競い合っている。



「神威さんは良いっすよね。毎日これで。」



 日頃はをあまり好いてはいない夜兎族の龍山も、流石に神威に羨望の眼差しを向ける。

 神威は基本的に食堂で提供される食事をとることはない。が忙しい時はの息子、東と一緒に昼ご飯をとることが多く、部屋に戻るか弁当を食堂で食べるかのどちらかであるため、比較的豊かな食生活をしていた。

 だがその一因は、当然食堂の食事がまずいことにある。



、うざいよ。これ。」



 ご満悦の団員たちと違い、神威は心底嫌そうな顔でカレーを食べている。いつものようながっつく勢いもない。

 基本的に神威としてはのご飯を他人に食べられるのが嫌なんだろう。

 もともとカレーのようにべたつく一品料理が神威は別に好きではない。むしろ彼はどちらかというと、が漬ける沢庵やぬか漬けなど、米に合う漬け物類を好んでいた。



「我慢してよ。料理人いじめの会なんだから。」



 は穏やかに言って、給仕役をしている第七師団の料理人たちを見つめる。

 顔が引きつり、じっとカレーの鍋を見つめているが、作った本人であり、第七師団の参謀兼会計役のの前では流石に鍋をひっくり返すなんて暴挙を働くことも出来ないし、命令であるため逃げ出すことも出来ないんだろう。

 作りはするが、は一切給仕はしない。が作った料理を団員からのへの賞賛と自分たちへの批判を聞きながら、給仕するのが、ある意味でまずい料理を作り続けている料理人たちへの罰そのものだ。つるし上げの会である。

 料理人たちは一食が作るため、肉体的には楽が出来るが、精神的には相当応えるはずだ。



「おかわりー。」



 神威の膝の上で一緒に食べさせてもらっていた東が、ぶんぶんとスプーンを振る。神威が一杯目を食べ終わったため、おかわりをするという行動自体が楽しいのだろう。



「おかわりは良いけど、並んでおいでヨ。」



 神威はスプーンを机に置かせ、皿だけ持たせて椅子から床に下ろす。



「ならぶ?」



 東はきょとんとした顔で首を傾げた。まだ2,3歳では並ぶという行動がよくわからないのだろう。



「団長、先に入れますか?」



 先頭にいて給仕をしてもらっていた赤鬼がひらひらと手を振って尋ねる。

 誰もが東が神威の息子だと思っており、神威も否定しないし、子供をかわいがっているため、東は団員たちからそれなりに敬われている。



「駄目。並ばせて」



 神威は首を横に振って、東を送り出す。



「ご飯くらい、良いんじゃない?」

は甘い。駄目だよ。社会のルールは小さいときから学ばないと。」

「宇宙海賊に社会のルールとか言われてもね。」



 は思わず言ってしまったが、神威の教育方針に逆らう気はない。まだ2歳過ぎの東を一人で長時間部屋に残すことが出来ないから、どちらかが見ておかねばならない。書類仕事で忙しいため、は子供を神威に任せがちだ。

 しかもの教育方針は適当であるため、厳しい神威に従うことが多かった。



「おらおら、おじちゃんと一緒に並ぼうぜ。」




 阿伏兎が東を手招きして呼ぶ。東は漆黒の大きな瞳でじっと阿伏兎を見たが、ふいっと首を横に振った。



「いやー!」

「あははっは、阿伏兎さん嫌われてるっすね〜」



 赤鬼が拒否された阿伏兎を笑う。

 なぜだかわからないが、東はあまり阿伏兎が好きではない。最近では周りの人間を比較的見分けるようになってきていて、阿伏兎のこともしっかり認識しているし、近しい人間であることもしっかりわかっているようだが、それでも好ましいとは思っていないようだった。

 母親であるが阿伏兎を好んでいないことが、伝わっているのかも知れない。ただ多分阿伏兎はそれに気づいておらず、東が何となく神威に似ているため、育てている神威のせいだと思っている。



「ちくしょー団長に似て小生意気じゃねーか。コノヤロー」

「誰に似てるって?阿伏兎?」



 神威がにっこりと笑って、立てかけてあった傘を持って立ち上がる。それを眺めながら、団員たちは恒例行事だとケラケラと笑った。




食堂事情