「はぁ?銀髪天パの侍に、春雨から始末命令が出てる?」
は小首を傾げて、振り返った。
「なに?わたし、とうとう春雨にまで指名手配出されたの?神威、楽しい遊びが始まりそうだよ。」
「えー、本当?」
ソファーの上でごろごろしていた神威が青い瞳を輝かせる。
「違ぇよ!」
阿伏兎が慌てたように叫んで、突っ込んだ。確かに目の前のも見事な銀髪の天然パーマ、侍という地球の蛮族の生き残りらしいが、腕っ節も強い、賢い、しかも神威のあしらいもうまいと言うことで、阿伏兎も一目置いている。
ただ阿伏兎に対する態度が冷たいことだけが、長らくの悩みだ。
「銀髪の侍は男らしいぜ。男。なんでも長髪のなんだったか、なにがしと一緒に地球で春雨に刃向かったらしい。」
「そりゃそりゃ、地球人で銀髪だけでもなかなか珍しいって言うのに、しかも天然パーマですか。すごいね。良く出来るじゃん。もうちょっと天然パーマに対する偏見消えないかな。」
「ちゃん、おまえさん、案外天然パーマがコンプレックスなわけだ。」
「朝になると爆発って言うか、暴発してるからネ」
「うるさいわ。わたしの思い通りにならないのは神威と天パだけなんです。」
は少しむっとした顔をして、書類に視線を戻す。それから少し黙り込んでから、「長髪?」と首を傾げた。
「知り合いなの?」
「いや。気のせいだと思う。」
そういうことにした。
気のせいだと思ってたら、気のせいじゃなかったかも知れないけど、頑なに気のせいと言うことにした
「ヅラがテレビに映ってる…」
滅多に真剣にテレビを見たりしないが、湯飲みを取り落とし、テレビ番組に釘付けになる。
膝にの息子の東を乗せ、同じく隣でテレビを見ていた神威はぎりぎりのところで湯飲みをなんとか受け止め、改めてテレビ画面を見た。
東が見たがったテレビはニュース番組の特集で、しかも特集されているのは攘夷戦争時代の英雄、現在では幕府の要注意指名手配犯らしい。子供とは言え、なんてテレビを見たがっているのだと思ったが、久々に長期休みで帰ってきた息子のわがままを神威は聞いてやることにしたのだ。
それにがまさか目をとめるとは思わなかった。
「知り合い?」
神威はが攘夷戦争に参加した侍の一人で、しかも地球で指名手配されていることを知っている。とはいえ、一般的には死亡したとみられているので、テレビなどで放映されることはない。
「なに?マミーの知り合いなの?」
東もきょとんとした黒い瞳でを見上げる。神威がリモコンを持ったままを見ると、彼女は少しも考えるそぶりなく、はっきりと言った。
「っていうか幼馴染みだよ。あの長髪の馬鹿。」
「馬鹿は指名手配犯らしいヨ。」
「で、マミーの幼馴染みなんだね。ヅラだったの?」
「いんや、わたしとお兄がヅラにしたかっただけ。…いや、みんなヅラって呼んでたっけ?」
テレビの中で、本人はなんと呼ばれても必死で自分は桂だと叫んでいるが、皆があまりにヅラヅラと呼んでいたからかも知れない。どっちが種だったのかは忘れてしまったが、ひとまず全く変わっていない。ぶれないところが、苛々を募らせるところが、やはりかわっていない。そう、その長髪が鬱陶しいのだ。
「どんな人だったの?すごい特集まで組まれてるけど、実際の所は。」
神威は興味もそのままに尋ねる。するとはかつての幼馴染みの所業を思い出したらしく、心底不快そうな顔をした。
「三分と話すのがむかつく奴だったね。」
幼馴染みに対してその言動は酷いんじゃないんだろうか、と思うが、実にはっきりとしすぎているほどにはっきりした答えだった。
「がそういう言い方って珍しいね。団員たちの方が馬鹿でむかつくんじゃないの?」
は団員たちには比較的八方美人で、どんな相談でも乗ってやる。だが総合的に見れば団員は馬鹿ばかりだ。そちらの方がむかつくんじゃないかと思ったが、そういうわけではないらしい。
「いや、ヅラは馬鹿じゃないんだよ。でもね、なんかむかつくんだよ。」
「人をいらつかせるってこと?」
「うん。そういう才能に恵まれてるんだ。なんて言うのかな、考えてそうで、何も考えてなくて、やっぱり考えてるんだなって感心してみたら、それすらも何も考えていないだけだった、みたいな。」
「よくわかんないよそれ。」
のたとえは複雑すぎて、いまいちわからない。神威と東がぴったり同じタイミングで首を傾げると、は考えるように軽く額を押さえた。なにか良い説明を探す予定らしい。
「ここに一箱のどら焼きがあるとする。それをみんなが狙ってるとするでしょ?」
「うん。」
「ヅラはね、みんなで食べれば良いとか言うの。でもなんとなくその場にはいるわけだよ。これはやっぱり欲しいのか?って思って蹴飛ばすでしょ?そしたら欲しくなかったらしくて、怒られるのね。わたしが悪いような気がするじゃない。じゃあおまえこの場にいる必要ないじゃんって思うでしょ?なのにまだそこにいるのよ。」
「え、その人何がしたいの?」
「わからん。でね、争奪戦になったら参加してくるのよ。白熱する争奪戦の過程も結構強くて脱落しない。おまえ結局欲しいんじゃねぇかといらっとする。最終的にひとつくらいどら焼きを獲得するか、もしくはわたしたちが業を煮やして譲り渡してあげるとするでしょ。そしたら、箱の包み紙が欲しかったみたいな。」
「…」
「むかつくでしょ?そういう奴なの。だから三分以上話すのは嫌。」
ははっきりとそう言って、テレビを眺める。
神威はが作ったフライパンサイズのどら焼きを眺めて、彼女の言った光景を想像してみた。それは東も同じだったらしい、じっと神威の持っているどら焼きを眺めてから、二人で顔を見合わせる。
自分の食べたいどら焼きを争奪戦の末手に入れ、可哀想に思ってあげようと思ったらいりませんっていわれたら、神威も殴る自信がある。その意見は神威も東もお互いに一致したらしい。もう一度うざったい長髪の男を眺める。
「マミー、長髪の、あいつの連れてるあのペットは何?」
「え?ペット?…白い悪魔?」
「のこと?」
「違う。確か、あれ?あれって、」
は長髪の男の隣にいる白いなんとも形容しがたい物体を見て、首を傾げる。どうやらはそれの正体を知っているらしかったが、見間違いだと思いたいらしい。何度も漆黒の瞳を瞬いてから、ため息をついた。
「あれこそヅラじゃないのかな」
「あの白いの髪の毛ないけどネ。」
「あれ自体がヅラじゃないかな…なんて、まぁ、わかんないけど。」
は何の興味もないらしいが、珍しくテレビを一緒に見るつもりらしい。たまには家族サービスかなと思いながら、神威は腕の中にいる息子を抱き直した。
知り合いが手配されてると知らない振りをしたくなる