ごくごくたまに、の書類仕事を手伝っており、の執務室で夕飯を食べる時のみ、阿伏兎はの手料理を食べる時があった。

 神威は書類仕事は基本的にしないため、だいたい神威は執務室のソファーで寝そべっている。書類仕事はが請け負っているため、団長の執務室はどちらかというとの仕事部屋と団員たちに認識されていた。神威がたまにが尋ねることに答える形で、団長としての判断を下す感じだ。

 執務室とそれにつながる第七師団団長の私室は、と神威の部屋と呼ぶに等しい。

 は個人で部屋を持っていないし、執務室は団長の私室につながっている。当然団員たちの部屋より遥かに大きいプライベート空間があるわけで、と神威、そしての子供である東が一緒に住むに十分な広さがある。

 当然キッチンもついていて、だいたい神威とは食堂に行かず、自室で食事をとることが多かった。



「ごはんーーーー!」




 ばたばたと隣の私室側から東が出てきて、執務室を駆け回る。




「こらこら、アズマ、走るなよ。」




 今日は豚汁なんていうしゃれたものがあるため、机の鍋をひっくり返せば大やけどをする。神威は片手で子供を捕まえて、抱き上げた。荒い動きだったが、もう既に神威に慣れている東は自分の視界が高くなったことに嬉しそうな声を上げ、神威の首に小さな手を回す。



「うまそうじゃねーか。良いもん食ってんなぁ、うらやましい。」



 阿伏兎はしみじみと言ってしまった。

 食堂のご飯はお世辞にも美味しいとは言えないし、脂っこい。白米くらいしかまともに食べられる食事がないほどだ。たまにから離れて任務に出る時、神威も食堂の料理を食べるが、それでも文句たらたらだった。

 当初別に不満のなかった阿伏兎だったが、の料理を食べてからは、神威が食堂で食事をしない理由が痛い程わかった。



「やっぱりね。夜兎とは言え、白米だけは良くないと思うの。ご飯は栄養バランス。」



 は本日阿伏兎もいるため、大きな鍋をもう一つ持ってきて、自分の椀に少しだけ豚汁をとると、鍋をお玉ごと阿伏兎の前に置いた。夜兎の食欲は彼女も承知している。



「アズマ、一緒に食べよう。」



 神威は幼子を膝の上に座らせ、鍋と米の入った桶を目の前に並べる。



「ごーはんー」



 まだスプーンをうまく使えないが、ひとまずスプーンを掴んで東は片手を上げて応じた。



「はーい。食べて良いよ。」



 はあっさりと言って、神威の隣に腰を下ろして自分の箸に手を伸ばす。ただその頭を神威が軽く叩いた。



「痛っ、何するの、神威。」

「箸置いて。ほら、アズマもスプーン置いて。いただきますは?」



 神威は東の手を掴んで、諭す。東はじっと神威をその丸い眼で見ていたが、大人しく机の上にスプーンを置いた。



「いただきます。」

「あい、いただきます。」



 神威のまねをして東は手をそろえる。はじっと神威の行動を見ていたが、ひとまず手をそろえて、「いただきます」と言ってから、箸をとった。



「団長、おまえさん厳しいのな。子供には。」



 阿伏兎は鍋に入った豚汁をお玉ですくいながら、思わずそう呟く。

 東は神威の息子ではなく、の連れ子らしい。存外神威が面倒を見ていることも意外だったが、もっとしつけなどせず、適当だと思っていたので、正直阿伏兎は驚いた。

 神威というと小さな椀に鍋から少しだけ自分の豚汁を入れ、東の側に置いた。東は最近二歳になってスプーンが持てるようになってきたらしい。とはいえやけどしては困るため、彼は東から目を離さない。対しては書類片手に食べている。



「そうだね。しつけは小さな頃からしないとあぁなるんだよ。、食べる時は書類を置けよ。」



 神威はを一瞥して、ぴしゃりと言う。



「え、良いじゃない。」

「教育に悪い。置けヨ。」

「…はーい、」



 は少し唇をとがらせて不満そうにそう言って、書類を置いた。



ちゃんよぉ。おまえの方が教育ママだと思ってたぜ。」



 阿伏兎は綺麗な動作で食事をしているを眺める。

 箸を使って食べる彼女は一見育ちが良さそうだ。芸事、学問という点でも、彼女はありったけの教育を受けてきている。半端なく賢い彼女だが、他人の行儀作法や学問には全くといって良いほど興味がないらしい。それが自分の子供だったとしても。




「わたし元々孤児だし、養父は優しかったけど、放置プレイだったから、どうして良いかわかんないんだよね。まあ、勝手に覚えるでしょーとか思ってたんだけど…。」

「しつけは小さい頃から徹底した方が良いに決まってるでしょ。」

「っていわれてもわたしされたことないからわかんないし。」




 は神威に言われても実の両親がおらず、本当に行儀作法を含めて言われたこともない。やりたいと言ったことはありったけやらせてもらったが、それはの意志に委ねられていた。旧家の高杉家に嫁ぐにあたり行儀作法が必要になれば、適当に他人をまねしてすませた。

 東が歩けるようになってくると当然様々なしつけが必要になるはずだったが、は完全に自分の経験から放置プレイを決め込み、細かいことが存外我慢できない神威が躾に乗り出すことになった。

 が書類仕事で忙しく、神威が任務外では暇であることも相まって、結果的に幼い東の世話の全てを神威がするような状態になっていた。そんなことをしているうちに今となっては東もなにかと母親であるではなく、神威の方に懐くようになっている。




「この間もごねられてお菓子渡そうとしたら、怒られちゃった。」

「そりゃ駄目じゃね?俺でもわかるぜ。」

「当たり前でしょ。安易な解決は子供が図に乗るでしょ。」

「そうなの?…まあらしいんだよね。だから怒られてばっかり。」




 は小さく肩をすくめた。

 それでも神威の方針に従うあたり、彼女自身も多少自分に問題があることを理解しており、実際本当にしつけの仕方や接し方がわからないのだろう。



「ま、良いよ。も文句は言わないし、素直になおしてくれるからね。」



 自分の息子に対する教育の仕方がわからないは、神威が東に対して厳しいしつけをするのを嫌がらない。子供のしつけと同時に、子供がやってはいけないことをにも注意するのだが、それもまた拒んだりしない。



「ほぉ、まぁうまくやってんのね。おまえさんたち。」



 地球人の子供を神威が育てているというのは、阿伏兎の目にはとても不釣り合いに映ったが、少しだけ、賢いの子供が、肉体的に強い神威の元で育つとどうなるのか、知りたいと思った。




教育って重要かも知れないけどよくわからない