は地球人の平均身長で、155センチ前後だという。体重も、平均的だ。対して神威は地球人の平均身長より、少し低い。




「身長って遺伝なのかなぁ。」




 はぼんやりと自分の息子を眺めながら、しみじみと言ってしまった。



「すぺーすまん!」



 と同じ漆黒の瞳でテレビに釘付けの東は、母親の話など聞いていない。代わりにそれに答えたのは、東の隣に座り、テレビを見ていた神威だった。くるりと振り返り、ソファーの背もたれに肘をついているを見やる。



「何突然。」

「だってさぁ、男の子で身長低いって致命的じゃない?」

「それは俺に対するあてつけ?」



 神威はにっこりと笑っての頬を引っ張ってくる。男のわりに目が大きく可愛らしい彼の顔を眺めながら、は頬を引っ張る彼の指を軽く払った。



「違うよ、ただ背は大きい方が良いでしょ?」



 一般論だ。別に他意はない。




「そう?」




 神威は珍しく不機嫌そうな顔をして、ぴんっとの額に軽くデコピンをする。ただそのデコピンがあまりにも痛くて、は背もたれに額を押しつけた。




「いたいいいい、何すんの!」

「むかついたから。」




 神威は悪びれる様子もなくすました顔でそう言うと、またテレビに視線を戻す。神威の隣にいる東はテレビの中のスペースマンに夢中で、ひょこひょことソファーの上で跳ねていた。それにあわせてぽよぽよとソファーが断続的に揺れる。




「アズマ、暴れないの。」




 神威が注意すると、東はぴたりと動きを止め、代わりに神威の腕にしがみついた。神威は慣れた動作で東を自分の膝の上に抱き上げる。



「…」



 はまだ2歳の息子をぼんやりと眺める。

 子供は一人しかいないのでわからないが、東は成長の遅い方ではない、と思う。いや、わからない。最近は書類仕事ばかりで、東を育てているのは今となっては神威だと言っても間違いない。近くに子供はいないし、彼の成長が遅いのか早いのか、忙しくてそんなことを考える余裕もなかった。

 幼い頃の自分はどうだろうか、身長が伸び始めたのは10歳を超してからだったかも知れない。



「おまえの旦那はどうだったんだよ。」



 神威がに視線を向けずに問いかける。彼が尋ねているのは、東の父親がどうだったか、ということだろう。



「…神威ぐらいだったと思う。」

「ふぅん。おまえのお兄さんは?」

「お兄は177センチだったから、そこそこだよ。」

「まあ、おまえのお兄様に似ることを願っておきなよ。」



 気のない答えだったが、確かにその通りだ。東の父親である晋助は神威と同じく170センチ程度で、それほど高くはない。兄は177だからそこそこ、両親がどうだったか、孤児だったは知らない。




「背が高いメリットって何だろ。」



 ふとは考える。




「高い場所のものがとれるとか?」

「それだけ?じゃああんまりメリットないね。」

が高身長の方が良いって言い出したんでしょ?何、根本疑ってるの。」

「だって、よく考えれば、別にメリットってないかなって思いなおしたんだよ。」




 確かに高い場所のものが梯子なしにとれるなら便利だが、神威は面倒だからとジャンプしてとっているし、もそれほど生活の中で困ったことがない。よく考えれば高身長のメリットなんて、たかが知れている。



「身長低いのは致命的とか言ってたけど、俺もそんなに高くないけど?」

「でも、別に神威の身長が低いからって、わたしより高いから困ったことないもんね。」



 はソファーの背もたれの方から、座っている彼の首元に手を伸ばす。神威は後ろから抱きついているの頭を片手で撫でて、自分の方へと引き寄せた。

身長体重











 は総じて達筆である。対して神威はそれほどうまくない。ただ、阿伏兎はまさに悪筆という奴だった。



「何これ、暗号?」




 は阿伏兎の手書きの書類を見て、真剣な顔でそう言った。




「いや、提出しろって言ってた、ほら、あれだ。この間壊したやつの始末書…」

「始末書って言う題名で書いてって言わなかった?わざわざ暗号にしなくても。」



 阿伏兎が説明すると、ますますは首を傾げる。二人のやりとりをソファーの上で寝そべりながら見ていた神威は、「あははは」と乾いた笑い声を上げて、ふたりの視線を集めた。



、それが阿伏兎の精一杯だよ。」

「は?」



 はよくわからないらしく、神威を見て漆黒の瞳を瞬く。



「だから、それが阿伏兎の字なんだよ。」



 神威が言うと、はまじまじと書類の字をもう一度眺めて、それでもわからなかったのだろう、阿伏兎の顔と文字とを二、三度見比べた。




「暗号じゃなくて?」

「…おじさん、泣いて良い?」




 阿伏兎は目尻を下げてげんなりした顔でに言う。はというとじっともう一度書類を眺めてから、容赦もなくそれを丸めてゴミ箱に放り投げた。綺麗な放物線を描いて紙の塊はゴミ箱へとダイブする。



「おいいいいいいいいいいいいいいい!!なにやってんのぉおおおおお!」

「だって、読めない書類に意味ないでしょ。」



 叫ぶ阿伏兎にはさらりと言って、すました顔で阿伏兎に向き直る。



「これから貴方の書類はパソコン内以外認めないから。」

「…マジかよ。俺ぁ嫌いなんだよ。からくりはさ。」

「読める字の書けない人間に、拒否権はない。」



 暗号化された文字など、書類として何ら意味はない。

 二人のやりとりを眺めていた神威はふと立ち上がり、机の上に座るとが処理していた書類の一枚を手に取った。



「達筆だね。」



 神威も字はうまい方ではない。だが、そんな神威でもわかるほどに彼女の字は、そのあたりに置いてある手本のように美しかった。これだけ綺麗な字を書くならば、阿伏兎の悪筆への文句も十分に理解できる。



「そう?まあ、読みやすいと思うけどね。」



 自身は別に達筆だという自覚はないようで、読めれば良いと考えているようだ。とはいえ、この第七師団は武闘派ばかり、馬鹿ばかり。文字が書ける人間は愚か、読める人間も少なく、団員の多くには文字という概念がすっぽ抜けているものがたくさんいる。

 だからとて、別に読めれば良いと考えているのだろうが、阿伏兎の字は相当酷かったらしい。



「…ちゃん、今回は許してくれよ、な?マジで。」



 阿伏兎はに必死で頼み込む。だが阿伏兎に対しては日頃の慈愛に満ちた所などまるでない彼女は、冷たい目で阿伏兎を眺め、最近購入した新しい端末を阿伏兎にそっと渡していた。

 結局阿伏兎は書き直すことになりそうだった。







字の綺麗さ

「…なにこれ。」





 神威は書類の書き損じの裏に書かれた、○にいくつかの線が書かれただけの物体を眺める。よく見ていれば○の中に点がふたつかいてある。ただあまりに歪すぎてそれが生物なのか、それとも違うなにかなのかすらわからない。

 一瞬彼女の息子である東の落書きかと思ったが、その割には○の円が綺麗だ。二歳児にこれほど綺麗な円はかけない。だが全体としては、東の落書きの方がましだ。二枚目の紙には、歪だがちゃんと金魚が書かれている。そちらは神威にとっては見慣れた、東の落書きだった。



「いや、東が一緒に絵を描こうって言うから。」

が描いたの?」

「うん。」



 はけろっとした顔で言う。どうやら彼女はあまり絵の方はうまくないらしい。

 構造や道順について描くのは得意なはずだが、普通の絵にかんしての才能は、二歳児の東以下だろう。おそらくが飼っている金魚のぽち君を描いたものなのだろうが、が描いているものは金魚かどうかすらもわからない。

 ○に線が放射線状に広がっているなにか、と言わざるを得ない。



「小さい頃にお絵かきとかしなかったの?」




 幼い頃、お絵かきの一つ親とするものだ。神威も妹と一緒に壁に落書きをして親に怒られたことがある。に両親がいなかったと聞いているが、義父と兄がいたはずだ。



「んー、物心ついたら本を読むのに忙しかったからなぁ。」



 は少し考えて、そう答えた。気づいたら落書きをするよりも、本を読む方に忙しかった。



も練習したら?アズマと一緒に。」



 神威はそう言って、落書きをに押しつける。

 今日、神威は任務のために外に少し出かけていたわけだけれど、は書類が忙しいとか何とか理由をつけて、行かなかった。そのため東の面倒を見ていたのはだ。とはいえ、落書きが書類の書き損じの裏と言うことは、書類処理をしながら東の相手をしていたのだろう。

 言外に神威の言いたいことを理解したは、少し困ったような顔をした。



「ごめんね。」

「そう思うなら、もっと構うようにしなよ。」



 神威は適当にの銀髪の天然パーマに指を絡める。は視線をそらし、目を伏せた。

 実質的に東はの息子だというのに、今となっては神威が東の面倒を見ていることの方が多い。時間があるというのも大きな理由だが、いつしかは東とどう接して良いかがわからなくなってしまっていた。

 もともとあまり子供は好きではないのかも知れない。特に言葉が通じない時、どうして良いかわからなかった。



「ま、まず明日一緒にお絵かきしようか。」



 神威は気を取り直すようにに笑う。はやはり戸惑った表情で、「仕方ないなぁ」と笑った。





絵のうまさ