「無期限減俸で、」




 は竹刀をぶんっと振って、目の前に正座している団員三人に淡々と言った。



「あ、姉御、そりゃ酷です、俺たちにゃ子供だって!」

「そうっすよ!」

「酒がねぇとやってられねぇんですよ。」



 団員たちは口々に必死で言いつのる。

 顔はぼろぼろ、後ろの壁を背にしなければ正座も出来ないような状態の三人だが、流石に夜兎だけあって、殴られても口だけは元気だ。

 ただ、それこそ今は災いのものとでしかない。

 の持っていた悲痛なほどの音を立てて竹刀が壁を叩き、その衝撃に耐えきれなかったのか割れた先端たちが、団員たちを狙って飛んでくる。それを紙一重で避けて九死に一生を得た団員たちは真っ青の顔でを見た。



「貴方たちは飲んでないのに酔ってるの?子供って妄想?貴方たちには病院の方が必要かな?」




 にっこり笑うの口調はゆったりとして穏やかそうだったが、目は笑っていない。

 第七師団の手続き関係が整備されたと同時に、家族関係にかんする書類も提出されている。当然は団員に子供がいるのかも把握している。

 団員たちは「何でもありません」と答えるしかなかった。




「またやってんのかよ。」




 阿伏兎は呆れた調子で言って、の方へと歩み寄る。は割れた竹刀の破片を拾いながら、阿伏兎の方を振り返った。



「危ない危ない。怪我させないようにと思って竹刀にしたのに、こんなに簡単に割れるなんて、危うく怪我させちゃうところだったよ。」

「いや、団員たちの見た目どう考えても既に満身創痍なんだけど?」



 団員は三人。年齢は10代後半から30代と幅広い。全員夜兎。屈強な男たちがのような小柄な女に正座をさせられている様はなかなか滑稽なものだ。は怪我をさせないようにと言っているが、見た目の上では顔もぼこぼこ、正座と言っても壁を背になんとか体を支えているような状態だ。



「骨は折ってないし、怪我もせいぜい罅と打ち身までなんだから、大丈夫でしょ。」



 はすました顔で言って、壊れた竹刀と竹刀の破片を近くのゴミ箱に突っ込んだ。

 彼女の腰には真剣が携えられているわけだが、それを団員に対して抜く時は、本気で殺す時だけだ。竹刀であるだけ、彼女の思いやりだろう。



「今度はなぁにやらかしたんだいおまえさんたちは。」



 阿伏兎はがりがりと面倒くさそうに言って、正座させられている団員たちの前にしゃがみ込む。



「こいつが睨んできたから、殴り飛ばしたんですよ。」

「で、熱中して喧嘩してたらポート近くの端末思いっきり壊したんっす。」

「酔ってたんっすよぉ。自分に酔ってたんっす。」

「自業自得じゃねぇか。」




 どうせくだらない理由だと思っていたが、チンピラ並のくだらない喧嘩の始まりに、阿伏兎もげんなりだ。とはいえ所詮宇宙海賊なんてものは、チンピラ以下の馬鹿の塊だ。喧嘩の理由なんて実につまらないもので、紙切れ一枚、髪の毛一本で喧嘩できる。

 も細かいことにとやかくは言わないが、今回はポート近くの離発着用の端末を壊されたたために止めたのだろう。



「最低限を守れば喧嘩しても文句は言わないんだよ。」



 は淡々とそう言って、自分の手持ちの端末で減俸の手続きを済ませる。廊下にはいつの間にか興味津々の野次馬が集まっていて、人だかりを作っていた。

 それを壁に叩きつけることで道を作って、一人の青年が歩いてくる。



「邪魔だよ。」



 涼やかな笑みを浮かべてやってきた神威は、と目の前に正座させられている団員を見ると、わざとらしく首を傾げた。



、阿伏兎、どうしたの?」

「…」

「…」



 彼はにこやかに言ってみせるが、と阿伏兎の内心は同じだっただろう。おそらく、団員たちも同じだったはずで、正座をしている足が見てわかるほどに震えている。



「なに、また喧嘩?」

「うーん、まあ、ね。」



 は曖昧な答えを返したが、が無用な暴力を振るうタイプでも、船に関係のない喧嘩を止めるほど暇ではないことも、神威は承知している。第七師団において、喧嘩は日常茶飯事のことで、それは長い宇宙船の中では退屈しのぎだ。

 問題は彼が、の目が団員の元に行くのが心から嫌いで、相当嫉妬深い性格だということだ。



「そうかそうか。そんなに喧嘩がしたいんなら、俺が相手になってあげようか。」



 神威は手をひらひらさせて、笑って見せる。は少し考え込んでから、ぽんっと手を叩く。



「はい。神威から5分逃げ切れば、減俸やめる。20秒数えるから全速力。」




 団員がの言葉に、先ほどに殴られたことなど忘れたように、ぴっと規則的な動きで三人一緒に立ち上がった。



「えー。20秒は多いよ。せめて10秒だよ。」

「じゃあ折半で15秒、」

「やだ「行きまーす。15秒、14秒…」




 の有無を言わさぬ声が響き渡り、男たちが脱兎の如く走り出す。はできる限りゆっくりと数字を数えながら、眉を寄せている。阿伏兎はそんなやりとりを見ながら、一人ぐらい残れば良いな、なんてのんびりと考えた。







死亡フラグを回避せよ
 阿伏兎から見ても、一見すればと神威は実にまともに見える。



「腹に一物ある奴ぁ、面が綺麗なもんなんだな。」



 阿伏兎はと神威をまじまじと眺めながら、言ってしまった。

 は女として大人しそうでそこそこ可愛いし、神威は顔立ちも精悍で、その辺にいればどちらも持てそうなタイプだ。実際にに横恋慕する奴は後を絶たないし、神威目当てに女の団員が来たことはある。どちらも神威に殺される傾向があるので見事な命知らずだ。

 第七師団の中で誰よりも普通に見える二人が、一番第七師団の鬼門なのだから、世の中というのは不思議というか、うまく出来ていると思う。だがそれを口に出したのは間違いそのものだ。



「それって褒めてるの?けなしてるの?ご飯いらないの?」



 は阿伏兎の目の前に置いている米桶をじっと見つめる。

 本日の書類仕事を手伝い、遅くなった阿伏兎は、食堂ではなくと神威の部屋でご飯を食べさせてもらっている。の隣には神威が座っており、その隣には小さな東がもう食事を終え、神威の食事を膝の上に頭を預けてじっと見ていた。どうやらもう眠たいらしい。



「ちげぇよ!人間見た目じゃわからねぇって話だ!!」

「そう?殺しちゃうぞ。」



 神威は米桶から顔を上げて、にっこりと阿伏兎に笑う。には阿伏兎の意図はよく伝わらなかったらしいが、神威はその優れた勘で理解したらしい。



「誰もさぁ、やばい人たちがやばいって顔に書いてないよ。顔に書いてばかりいるから、夜兎は絶滅危惧種なんじゃないの?」



 はもう食事を終えているため、のんびりと夜兎二人が食事を終えるのを待ちながら、落ち着いた声音で言った。あまりに的を射ていて、阿伏兎が返す言葉もない。明らかに目立ってやばそうだからこそ警戒され、殺されるのだ。

 そういう点で、弱そうな擬態と思えば、の容姿はまさに理想的で、女、しかも華奢な体躯の彼女が腕っ節まで強いとは誰も予想しない。



「ふぅん。なら、俺の顔も自然淘汰の結果かな。」

「おいおいおい、それっていかつい俺は死んじゃうって話になんじゃねぇか。」




 阿伏兎はあっさりと納得する神威に抗議する。神威は笑っているだけだったが、は漆黒の瞳を阿伏兎に向けて、少し考えると、にこりと笑う。



「確かに、わたし、阿伏兎の顔見てるとむかむかするんだよね。むさい男って、好みじゃないんだ。」

「あはは、ってことは女の好みに合わないって訳だ。残念だったね。潔く古い兎は死ねってさ。」

「そこまで言ってねぇだろ!」



 阿伏兎はげんなりした顔で笑っている二人を睨む。だがふと、最初の言葉が勘に障ったんだと思い立つ。二人の青と漆黒の瞳が、笑っているようで笑っていない。気づくと背中をぞくりとした悪寒が走り抜けていった。




「おまえさんたち、結構怒ってる?」




 一見すると柔らかい笑顔で、こちらを見てくる二人が怖い。



死亡フラグを回避せよ