偶然に気づいた15時









 神威と東が昼寝をしている間に、は動力庫の修理を眺めていた。

 阿伏兎の話では突然電源が落ち、非常用の電源をつけようと思って焦り、動力庫ごと破壊したとのことだった。電源は既に回復しているが、動力庫自体を破壊してしまったため、時間がかかっているというのが実状だ。

 とはいえ、は最初にどうして電源が落ちたのか、疑問だった。




「姉御、なにか気になるんですか?」




 修理屋の様子を見に来ていたの副官赤鬼が、しゃがみ込んでコードを確認しているを見下ろす。




「うん。根本的に何で電源が落ちたのか気になっててね。」



 は迷いなく頷いた。やはり原因というのは根本から解決しなければならないものだ。同じことを繰り返してはいけない。



「誰かが喧嘩とかしたんじゃないっすかね。」



 団員同士の喧嘩は、第七師団ではよくある話だ。

 宇宙に長い間いるというのは退屈なものだし、肉体言語しかしらない団員たちにとって、小競り合いくらいしかすることがないので、もそこは理解している。ただが危惧していたのは、別のことだった。



「…昨日さ、ここで誰が何してたか、知ってる?」



 はコードから顔を上げて、赤鬼を見上げる。




「え、知らないッスけど。」




 この動力庫には防犯カメラがついているが、いつでも確認しているわけではない。のように複数の画面を同時に見るようなことも出来ないので、記憶になかった。



「昨日ね。東と神威がここで、遊んでたんだ。」

「でも何も壊れてませんよ。」

「最近東がビー玉を集めてるんだよね。」



 はそういって、コードの中を探っていく。するといくつかのビー玉がコードとコードの間に挟まっていた。よく赤鬼が見てみれば、床の端にも転がっている。



「ま、まさか、」

「ほらこことか。」




 は動力庫に備え付けられている端末の左側に空いた穴に注目する。どう見ても、ビー玉くらいの大きさで、がねじを外して中を見ると、コードのいくつかが切れてはいないまでも、破損していた。おそらく他にも断線しているところがあるだろう。

 まだ二歳児の東に、ビー玉で鉄板を突き破るようなマネは出来ないから、間違いなく怪力を持つ神威の仕業だ。もちろん東に向けたのではなく、退屈しのぎに力を込めて端末に当ててみたという所だ。

 ビー玉など元が小さいものだから、それで穴を開けても大丈夫だとでも思ったのだろう。

 コードの一部が断線しているため、通信が不安定で、電源がぷつりと落ちたところに、焦った阿伏兎がパニックになって動力庫まで破壊した、筋書きはそんなところだ。




「…半分副団長のせいっすけど、半分団長のせいですね。」

「そうだね。」

「どうするんっすか。副団長。」




 提督に会う予定があったため、この不時着でその予定はキャンセルになってしまった。本来ならそんなことは許されない暴挙だ。何らかの言い訳を考えなければ罰せられるだろう。ただ、阿伏兎のせいと言うのは、あまりに気の毒というか、酷い。

 かといって、阿伏兎以上の犠牲羊なんて存在しない。




「うん。阿伏兎のせいってことにしよう。実際阿伏兎が動力庫まで壊さなけりゃ、こんなことにならなかったんだし。」




 はそう結論づけた。阿伏兎には気の毒だが、提督と争うのも面倒くさいし、神威にこのことをいちいち注意するのも言葉を選ばなければならないので手間だ。黙っているというのが一番良い解決方法だろう。

 そのまま電力が切れたことだけ、知らないということにしておけば良いのだ。




「特定感染症作戦はそのままだけどね。」

「…やっぱりそのままなんすか。」



 赤鬼が阿伏兎に哀れみを感じたのか、目尻を下げて見せる。だが、荼吉尼で鬼らしい強面のため、ちっとも気の毒に思っているようには見えない。ただ、別には元々、阿伏兎を特定感染症にかかってもらおうなんてことは本気では思っていなかった。



「まあ、でも、龍山がうまくやってくれる、かな。」



 はのんびりとそう言う。

 実際的なところ提督の所に派遣した龍山が失敗しないかどうかだけが、最終手段である阿伏兎を使うかどうかは、未確定だった。




君を想う16時









 昼寝から目を覚ますと、はいなかった。



「体痛い。」



 どうやら神威は中枢機関室の椅子に座ったまま、眠ってしまったらしい。ずっとその体勢で一時間も眠っていたので、体が痛いし、しびれていた。体にはの、フード付きの羽織が掛けられていて、それをめくれば東が神威の膝で丸くなって眠っていた。



「ちくしょー。お昼寝たぁ優雅だね。まったく。」



 阿伏兎はに言われて、小さな端末で仕事をしていたらしい。悪態をついた。



「今回の件はおまえのせいだよね。俺はおまえの首を持って行く方が面倒がなくて賛成なんだけど。」

「…俺は仕事に励みますわ。」

「最初からそのくらい素直なら良いのにね。」



 神威はさらりと言って、膝の上の東に視線を落とす。神威が動いたので、東も起きたらしい。眠たそうに小さな手で目元をこすり、神威を見る。大きめのくるりとした漆黒の瞳は、によく似ていると思う。



「おあよーございます、」



 神威が挨拶などを厳しく教えるせいか、しがみついているのか、頭を下げているのかはわからないが、甘えるように神威の胸に額を押しつけて、つたない高い声音で言うから、神威は笑って東の頭を撫でた。



「あ、団長起きたんっすか?姉御修理室に行きましたよ。」



 の副官の青鬼が神威をみて報告する。



「ふぅん。なおりそうなの?」

「動力庫は無理そうです。」




 電源は早々に回復したが、やはり動力庫自体は交換などが必要であるため、時間がかかるようだ。全く余計なことをしてくれたものだと、原因を作った阿伏兎を殺したくなったが、に止められているため、我慢することにした。




、なにか言ってた?」




 神威が青鬼を見上げると、彼は少し考えるように視線をさまよわせる。



「特には。ただ提督への説明のため、龍山に説明に小型宇宙船で行かせたご様子です。」

「ふぅん。行動早いね。さすが心配性なだけはある。」




 落ち着いていて、あまり焦らないように見える彼女だが、実際にはかなり心配性だ。しかもかなり臆病で、おろおろしたりはしないが、心中修羅場なんだろうなと思うことが傍にいると多々ある。彼女が周囲のことを細かく把握しているのも、心配性だからだ。

 阿伏兎に特定感染症にかかってもらい、それを提督との会談が出来ない理由にしてしまおうというのは、最終手段か、今回の一件を引き起こした阿伏兎への嫌がらせと冗談だろう。

 視野に入れているのは本当だろうが、羅漢率が100%ではない、要するに阿伏兎にどれだけ病原体をふきかけてもかからない可能性がある病を、が切り札として持ち出すとは思えない。もっと安全性の高い策を考えるはずだ。

 そのあたりはに任せてあるので、どうでも良い。



は、機嫌良く仕事してる?」




 神威が尋ねると、青鬼は「はい」と笑った。

 元々彼女は仕事のしすぎの気がある。そのため、第七師団団長に神威がなった頃、の副官である赤鬼と青鬼が神威に直談判に来たことがあった。

 彼らはに相談に乗ってもらい、妻を助けてもらったことがある。恩義を感じているのか、団長の神威によりもに忠実で、彼女の身をいつも案じているし、副官としては荼吉尼で腕っ節もあるため、問題はなかった。

 たまにを思って神威にたてつくので不快だが、そういう人間が裏切りやだましの多い海賊の中で彼女の傍にいるのは良いことだ。

 神威にとって団員なんてどうでも良い。生き死に興味はないし、強い弱い以外の基準も持ち合わせていない。ただ、に関してだけは特別な感情があるし、自分のものなので、行動や感情の変化についてもよく見ていた。

 はあまり自分の考えを口に出さないことが多いから、気をつけている。



「今日のことでお疲れかも知れないんで、坊ちゃんは俺たちが預かりましょうか?」



 赤鬼は神威の腕の中にいる東に目を向ける。東は言っている意味がわかったのか、楽しそうに笑って赤鬼に笑って見せた。



「…じゃあ、お願いしようかな。」



 の副官である二人がこれ以上ないほどにを敬慕し、同時にの子供である東を大切に思っていることは知っている。命に代えても東を守るだろう。だから、心配していなかった。



「んー、」



 東は退屈してきたのか、神威の腕から離れて床におり、走り出す。中枢機関室は、大きな画面が割れていたりして段差が多く、危ないのだが、危なげない足取りで走り、阿伏兎の方へと寄っていった。



「なんだよ。坊ちゃんが使うには早ぇぞ。…っておいおいおい、何やってんだよ!」



 阿伏兎の使っている端末をのぞき込んで、東は手を伸ばす。面白いのだろう。



「あははは、データ消しちゃえ、消しちゃえ。」

「あーい。」



 神威がはやし立てると、東は元気に返事をした。



「ぼっちゃんなんで消し方知ってんの!?やめてっ!!お願いだから!!」



 阿伏兎が叫ぶが、小さな手は阿伏兎より遥かに的確に画面の文書を消す。それが終わると、呆然としている阿伏兎を放置して、ぽてぽてと神威の方へと走り寄ってきた。



「俺、転職して良い?」

「何言ってるの?おまえなんか雇ってくれるとこ、他にないよ。」




 神威は褒めるように東の頭をよしよしと撫でて、さわやかに笑っておいた。









17時は慌ただしい

 皆が色々な食事を持ち寄ったため、夕食は外で大々的に食べることになった。

 イノシシや魚、鹿などとってきた動物は様々だったが、指揮の下に団員たちが皆で料理をしたし、が動物の解体の方法を教えたため、比較的料理のバリエーションは広がって、日頃よりも遥かに贅沢だった。




「何これ、ものすごく美味しいよ。」




 味見という名のつまみ食いをどんぶりでしていた神威は、顔を上げてに言う。



「地球でぼたん鍋っていわれるものだよ。まあちょっと変なイノシシだから、不安だったんだけど。」



 ぼたん鍋は地球ではよく食べられている鍋で、根菜や野菜、こんにゃく、豆腐などひとまず何でも一緒にいれてイノシシ肉と一緒に煮る。味噌仕立てだが、元々脂がのっているイノシシ肉は、まろやかで美味しい。

 ただ、これは地球産のイノシシではなく、宇宙生物だ。似ているといっても味は違うかも知れないと思ったし、作っているのがまた強大なうん十人分の食事となるような鍋だ。調整も難しいので期待していなかったが、なかなかの出来だ。




「アズマも食べてごらんよ。」



 神威は膝をついて、少し冷ましてから、匙を口元に持って行く。少し不思議そうな顔をしたが、東はそれに口をつけて、大きく頷いた。



「おいしー、まみー、おいしい。」 



 いくつかの鍋で、の指示の元同じぼたん鍋が作られている。神威と東の反応を見て、団員たちは期待の眼差しを向けた。



「まあ、じゃあこんなものかな、食べても良いよー」



 が声をかけると、我先にと団員たちがこぞって鍋に詰め寄る。が作った鍋に近づかないのは、それをすると神威が恐ろしいと知っているからだ。それでも何人かの団員が意を決して手を出そうとし、神威に蹴り飛ばされて吹っ飛んでいった。

 東もこう言った争奪戦には慣れているため、手を叩いて歓声を上げている。



「…まぁ、良いか。」



 育て方を間違ったかも知れないなと思いつつ、神威の言うとおり、強さは必要なのかも知れないと納得していた。

 こんな生活なのだから、自身天寿を全うできるなんてことは、考えていない。別に息子をお坊ちゃんに育てたいわけではないし、母親であるが地球で指名手配をされていることを考えれば、強く生きてもらわなければならない。

 神威が鍋を占領しているその隣で、小さな茶碗で東がボタン汁をすすっていた。



「うるさいなぁ。」



 火を囲んで、皆が争奪戦を繰り広げているのをは神威の隣に腰を下ろして眺める。



「だって、これ、美味しいヨ。食堂の飯、まずいし。」




 要するに争奪戦をするだけの価値はあるというわけだ。そんなにこだわることだろうかとが思うのは多分、自身がちゃんと自分でこれらの美味しい食事を作ることが出来るからだ。



「でも、毎日食べてる神威は他の人に譲ってあげても良いんじゃないの?」




 が尋ねると、神威がきょとんとして青色の瞳を丸くした。




「なんで?俺のものが作った飯を、なんで譲ってやらなくちゃいけないの?」

「…わたしは神威のものなんですか。」



 あまりとはっきり、不思議そうに問われてしまえば、なんと答えて良いかもわからない。



「今更でしょ。自覚してよ。」




 神威はそう言って軽くに口づける。軽いリップ音がして、いたたまれなくなっては自分の頬を着物の袖で押さえた。彼は団員たちの前でも平気でそういう行動をする。

 元々は恋愛に関して疎い方だ。

 夫とも幼馴染み同士で元々親愛の情はあったが、戦争などもあって恋をはぐくむような時間はなかった。だから、にはあまり恋愛というのはわからない。晋助は年上だったためか淡泊で、あまりべたべたしなかった。

 だからどうして良いかわからない。



「顔赤いヨ」



 神威が楽しそうに笑って、こちらをのぞき込んでくる。は眉を寄せて、「薪のせいでそう見えるだけだよ。」と反論した。