21時のバスタイム



 と神威が住んでいるのは元々が団長の私室であるため、お風呂も随分と広い。



「なんで、一緒に入るの…。」



 は広い湯船の端っこに寄って、自分の体を隠しながらため息をついた。



「良いじゃないか。今更だろ。」



 髪の毛を洗っていた神威が振り返る。日頃はくくっている長い髪の毛は泡だらけだ。は顔までお湯につかって、体を洗っている彼を眺める。

 男性にしては肌が白いのは彼が夜兎だからだ。服を着ていると背がそれほど高くないせいか華奢に見えるが、肩幅はそこそこしっかりしているし、腕の筋肉もすごい。は自分の二の腕を眺め、撫でてみて、結構太さが違うなと本気で思った。



「なに?そんなに睨んでも、おまえの胸は増えないヨ。」

「胸見てたんじゃなくて、腕を見てたんだよ、小さくてわるぅございました!」



 は近くにあった風呂桶を神威に投げつける。だが彼は難なくそれを避けて湯船の方へと歩み寄ってきた。腰にタオルも巻いていないので、はすぐに視線を外す。

 確かに、お世辞にもの胸は大きくない。子供が出来たら膨らむと言うが、生憎膨らまなかった。

 幸い着物というのは胸を隠すのでそれほど目立たなかったのだが、天然パーマと同じぐらい、膨らみの少ない胸はコンプレックスだ。



「だからそんなに眺めても膨らまないって。」

「神威ってコンプレックスってないの。」

「なにか俺、足りないものってあったっけ?」



 逆に聞かれてしまって、は一通り考えてみる。

 髪の毛はさらさらのストレート。背はそれほど高くないが、ものすごく低いと言うほどでもない。顔は精悍でなかなかハンサムだし、力も強くて男らしいと言えば男らしい。別に太っているわけでもはげているわけでもない。高学歴ではないが高収入、現在は第七師団の団長だ。



「…ずるい。」



 は湯船の中で三角座りをして、膝頭に額を預ける。その拍子に滑り落ちたの髪は、銀色の天パが水に濡れて少しはましになっているが、やはり重たいし跳ねていた。



「あはは、俺は結構好きだよ。の髪もない胸もね。」



 神威はもう髪の毛も体も洗い終わったのか、軽く笑って、わざわざが入っている湯船の隅っこにいるの傍に入ってきた。



「なんでこっちに来るの?」

「そのために一緒に入ってるんだろ。こっちにおいで。」



 の細い腕を掴んで、自分の方へと引き寄せようとする。だが、は踏ん張って、もう片方の手で湯船の端を掴んだ。



「往生際が悪いと思わない?夜兎の俺に力で敵うと思ってる?」

「…」



 神威の言うとおり、当然が刀のない状態で彼に敵うはずもない。力比べなど一番夜兎相手には無意味だ。

 が仕方なく体の力を抜くと、そのまま神威の腕の中へと閉じ込められることになった。肌と肌が擦れ合う感触は心地良いのか、くすぐったいのか、恥ずかしいのかわからない。ただいたたまれなくて体を硬くしていると、ぐいっと腕を引っ張られ、そのまま湯船から上げられ、床に押さえつけられる。



「そんなに期待されるとやりたくなるんだけど。」

「え?」

「一発いっとこうか。」



 神威はいつもの軽い調子で言って、がつけていたタオルを片手で引きはがそうとする。は慌てて神威の横っ腹を蹴りつけたが、夜兎の神威にとってその程度は別に問題ある攻撃ではなかったらしい。



は本当に勇ましいな。」



 ただ、この状況では無謀だ。神威はの足を挑発するように手のひらで撫でる。



「ね、しよ?」

「せ、せめてベッドで…」



 今更しないなんて選択がないのはわかっているが、風呂の床はタイルで固い。体も痛くなるだろうし、明日辛いだろう。ベッドが良いと訴え、青い瞳を見上げる。だがもうどう猛な情欲の見える瞳は、今を求めていた。



「やだ、無理無理、わかるでしょ?」



 神威はの太ももに自分のものを強く押しつけた。はその高ぶりを感じて、視線をそらす。だが、もう逃れられそうにないのはわかっていたので、体から力を抜いた。






考え事に没頭する22時





 無意識なのか、身を捩って湿ったシーツの上で体を捩るから、神威はその細い腕を掴んで引き寄せる。腕で体を支えることが出来ないせいか、彼女は尻だけを高く上げ、顔は枕に突っ伏していて見えない。汗で長い銀色の髪が張り付く背中は、白くて神威は挑発するように背骨に手を滑らせた。




「やっ、ひ、」




 くすぐったいのか、それとも敏感になっていて苦しいだけなのか、掠れた高い声が響く。枕に顔を押しつけているためかくぐもっていたけれど、澄んだ声は耳に心地が良かった



「…苦しくない?」



 神威はその細い背中にのしかかるようにして、彼女の耳元に唇を寄せる。枕に顔を押しつけているから、苦しくないかな、なんて思ったけれど、それに体は反応してしっかり神威のものを締め付ける。息は荒くて、肩が揺れていた。




「…っ、良いね、」




 勝手に口角が上がる。ただの膝はがくがくと揺れていて、四つん這いのこの体勢を保つことは神威が彼女の腰を支えているとはいえ、難しそうだった。



、こっち向いて、」




 神威は髪に隠れている彼女の顔が見たくて、長い銀色の癖毛をかき上げ、表情をのぞき込む。



「…うぅ、」



 いつもは白い頬が赤く染まっていて、何度も浅く息を吐く。目は閉じられていて、与えられる快楽を必死でこらえているようで、睫は涙なのかぐっしょりと濡れて艶やかに光っていた。



「限界?」



 神威は一度体を離し、彼女の肩に手をかけて仰向けにする。体には力が入っておらず、神威のなすがままだ。

 いつもはちっとも神威の言うとおりになってくれないし、平気で逆らってくる彼女だが、情事の時は存外しおらしい。というか、多分体力や腕力の差が一番如実に出るのが、情事だからだろう。こればかりは彼女も神威には敵わないし、抵抗する程の経験値もない。もちろん、あってほしいわけでもないが。



「ほら、、頑張ってっ、」

「あ、っ、うぅっ、」




 神威は遠慮もなく彼女の足を開いて己の性器をぐずぐずに濡れた中に沈める。何度もかき回したせいか何の抵抗もなく入るように思えたが、途中異物を追い出すように中が絡みついてきた。は嗚咽なのか、嬌声なのかわからない高い声を上げて、抵抗することも出来ずに受け止める。

 神威は風呂場で1回、ベッドで既に2回。が一体何回イったのかは、知らない。4回超えたあたりで快楽と体力上で限界だったのか、ベッドの上で狂ったように抵抗してきていたが、今はその体力もなくなったのだろう。されるがままだ。

 夜兎の神威と地球人のでは、体力や腕力に大きな差がある。情事の時間は長いし、遅漏だし、そのくせ回数も出来るという、彼女にとっては最悪のコンボだ。

 神威は傭兵をやっていたため、同僚に言われて商売女を抱いたことは何度もあるし、欲に忠実なため、女を抱きつぶすことも多々あった。情事の最中に首を絞めて殺したこともある。多分経験は豊富な方だ。ただその頃は1,2回で飽きて殺していたし、こんなに長時間抱こうという気にはなれなかった。

 それに対して子持ちのくせに相手は元旦那だけ、は明らかに経験不足でそういう行為には疎い。

 色々教えてやりたいところだが、若くてたまっているし、彼女が隣にいるようになってから他の女に対する性欲が失せてしまったし、何かと彼女の仕草に煽られる。そのため彼女に向ける性欲は完全に凝縮されているおかげで、彼女に教えることより、彼女を抱くことの方に夢中になった。

 情事の最中にちょっと神威が力を入れすぎて青あざが出来るなんてしょっちゅうだし、骨に罅までは入れたことがある。大抵、終わりはの気絶だ。可哀想にとは思うと、いつもはすました顔が歪むのを見るとぞくぞくしてたまらなくなり、優しくしようだなんて忘れてしまう。




「あ、ぅ、う、っか、かむ、いっ」



 高い悲鳴が、部屋に響く。彼女は加速していく動きと、無理矢理押し上げられる快楽に耐えられないのか、怯えるように首をゆるりと横に振る。



「ん、うっ、あはは、」



 気持ち良いなぁ、なんてそれだけを頭の中に思い描いて、行為に没頭する。ついでに細くて白い首に痕を刻む。これを見て団員の中で彼女に横恋慕する奴が減れば良いな、なんて、考えた。








23時、ゆっくりと酒でも飲もう






 の副官である青鬼が阿伏兎の部屋に来て、傷だらけで簀巻きにされ、床に転がされていた阿伏兎の手当てをしてくれたのは、23時を過ぎた頃だった。





「ちくしょー。団長の奴やってくれやがった」





 阿伏兎は痛む体を引きずりながら、ソファーの上に座る。

 早朝から、本当に災難だった。確かに阿伏兎も電源が落ちたことに焦って、発電装置を起動させようと思って焦り、動力庫まで破壊してしまったのは悪かった。だが、いつもはそう言った対応をするのはいつもだというのに、今日に限って神威が来てつるし上げられるし、東にDSをさせていたのもバレてしまった。

 前から扱いは荒かったが、おかげで暴行される羽目になった。



「だめっすよ。団長、存外躾に厳しいんですから。」




 青鬼は大きな体を揺らして笑う。

 彼もの副官であるため、当然よく息子の東の面倒も見ることがあるし、神威がどういう躾をしているのかは知っている。DSなどのゲーム機は一切与えない方針なので、それを東にさせていれば、当然怒られる。



「ってか、おまえさん、なんでここにいんの?」




 神威は誰も助けに来ない、目にとまらないようにおそらくあえて阿伏兎を簀巻きにして阿伏兎の部屋に放り込んだのだ。それなのに、青鬼は何故こんなところにやってきたのだろう。阿伏兎が首を傾げると、人差し指を自分の口元に持ってきて、秘密の話をするように口を開く。



「姉御が、助けてやれって。ついでに酒ももらってきたんで、一緒に飲みましょうよ。」

「え?がぁ?」




 阿伏兎は意外な人物に眼を丸くする。とはいえ、確かに青鬼は団員と言ってもの副官だ、用事で阿伏兎の部屋に来るなら間違いなくの命令だろう。ただ、日頃彼女は阿伏兎に心底冷たいため、助けてくれるなんて意外だった。

 しかも酒まで差し入れてくれるとは、一体何が起こったのか。




「はい。あと、今回の阿伏兎さんの暴挙で提督との会談に遅れる話ですが、」




 赤鬼はそこで言葉を切り、阿伏兎の部屋のテレビをリモコンでつけ、チャンネルを合わせる。そこに映し出されたのは裏情報などが流れる海賊御用達のチャンネルで、そこには見慣れた提督の顔があった。




『宇宙海賊春雨の母艦では、特定感染症であるハンタウィルスの羅漢者が発見され、第一区から第4区までの業務区域が閉鎖、春雨母艦への乗り入れは禁止されています。居住区には羅漢者は現在発見されております。』





 アナウンサーの無機質な声が原稿を繰り返し、読み上げる。緊急性があるからだろう。



「俺がかかるんじゃねぇのか。」




 阿伏兎は安堵に思わず息を吐き出す。

 今回春雨の母艦にて、阿呆提督と第七師団との会談が行われる予定だった。だが阿伏兎が動力庫を破壊したせいで、延期せざる得なくなったのだ。提督のメンツのため、阿伏兎の首を差し出して言い訳するのが一番だったが、は阿伏兎に感染症になれと言い放っていた。

 特定感染症は発病した場合の死亡率も高い。そのため基本的に師団ごと離発着が禁止、終息宣言がなされるまで隔離される。それを理由に今回提督との会談は出来ないと言い訳にするつもりだと、阿伏兎は恐れていた。



「大丈夫っすよ。最初から、春雨の母艦には龍山が派遣されてましたから。」



 動力庫が停止した時点で、第七師団が春雨の母艦に戻るのは不可能だとは考えていた。そのため龍山に超小型宇宙船で戻ってもらい、細菌をまき散らし、それが検出されるように仕向けた、というわけだ。



「…じゃあ、なにか。もともと俺はびびる必要なかったのか。」

「まぁ姉御も最終手段くらいにしか、考えてなかったと思いますよ。団長もわかってたみたいですし。」




 があまりにも特定感染症の話をするので、自分の身を案じてびびりまくっていた阿伏兎だが、自身にもともとそんな気はなかったらしい。




「ちくしょー!あいつら馬鹿にしやがって!!」




 要するに阿伏兎の反応で遊んでいただけだ。二人そろって相当性格が悪いし、人使いも荒い。




「仕方ないですよ。姉御は自分の部下には優しいですけど、阿伏兎さんは団長の部下だから、第七師団に大きな問題がない限り、団長がどうにかするだろっていつも言ってます。」




 青鬼は肩を落とす阿伏兎を慰めるように言う。だがそれは慰めになっていない。

 は存外決められたことに従順で、神威に従っている。阿伏兎が神威の部下である限り、その処遇は第七師団の動きに問題がない限り神威に委ねられるべきだと考えており、だからフォローもしなければ助けもしない。




「…俺、の副官に転職したほうが良いのか?」

「そりゃ無理っすわ。姉御、阿伏兎さんみたいなごつくてハイエナみたいな感じは嫌いらしいんで。」

「結局好みの問題かよ!」




 どちらに転んでもは阿伏兎が好きではないらしい。阿伏兎は青鬼が持ってきた酒を眺めながら、息を吐く。ただその酒は、阿伏兎でも知っているほど有名な罰霞酒という希少なものだ。



「ま、姉御も人間ってことっすわ。」



 青鬼は苦笑して、ぽんぽんと阿伏兎の背中を撫でた。