時鳥というのは、小型の鳥で、背面は暗灰色、光に当たると独特の青緑色の光沢が見られる。5,6月頃に渡り、ウグイスなどに卵を託す習性がある。要するに自分で自分の子供を自分で育てない。ちなみに食べ物は毛虫が好きだ。



「時鳥。不如帰とも書いてね、帰り去くに如かず…帰りたいって意味もあるんだよ。」



 は小さく笑って、息を吐いた。



「何それ?」



 黙って聞いていた神威が、意味のわからない言葉に首を傾げる。




「古い伝説でね。時鳥は皇帝…まぁ、王様?の魂を宿しててね、その国が滅びたことを悲しんで血を吐くまで鳴くんだって。てっぺんかけたか、ってね。」

「弟子をそれに例えるって、縁起悪くない?」



 神威は微妙な顔をして、の髪を引っ張った。意味を聞いた本人である信女も時鳥のことを何も知らなかったらしく複雑そうな顔をしている。



「あの声で蜥蜴食らうか時鳥、って感じで、綺麗な声で鳴くけど、醜い毛虫とか蜥蜴とか食べるから、人は見かけによらないって意味の時も…」

「それだったら納得だよね。、見た目の割にぐろいし強いしえげつい、」

「納得。」

「納得しないでよ!?二人とも酷くない!?」




 は少しむっとして、わからない語句講義と化してしまった再会にため息をついた。



「もう一つ松陽が言ってたけど、貴方すごく鈍いから、男関係が本当に不安だって。そいつ、何。」



 信女はの後ろから手を伸ばし、首元にへばりついている神威を指で示す。




「え?流れ者の村で怪我してるの拾った。」

「松陽は妙なものは拾っちゃいけないって教えなかったの?」

「むしろ積極的に拾ってきてたような。」



 孤児やどこの馬の骨ともわからない子供、家で阻害され、行き場のなくなった子供。松陽の元にはたくさんそんな子供たちが集まっていた。彼は大なり小なり動物なり人間なり、山のようなものを拾っていたような気がする。

 や、兄の銀時も含めて。



「みんな鈍い鈍いって言うんだけど、結婚も出来たし、そんなに困ってないと思うんだけどな。」



 は小首を傾げて、信女を見る。

 そんなに松陽や兄たちが言っていたほど、は困っていない。それは今も阿伏兎や副官の赤鬼、青鬼、神威にまで言われているが、問題になったことはない。にとって「問題にならない」=「鈍くない」という結果論のみの認識だった。



「代わりに俺が困ってるからネ」




 神威はにっこりと笑ってのポニーテールを引っ張る。



「神威が困ることなんてあったの?」

「あるよー。いっぱい。」

「見たことがないけど。」



 はよくわからない。神威が暴力事件を起こしたり、団員が神威の喧嘩に巻き込まれて死んだり殺されたりするのはよくある話だ。いちいちその事情など把握していないし、放ってある。ただ彼が団員との関係を気にするようなタイプだとは思えない。





「そういう所が鈍いんだって。」



 神威はむかつきを示すように後ろから回している腕で、の首を絞める。




「っ、ちょ、苦し、」

「日頃の苛立ちの仕返しさ。はやく帰るか、こいつ殺して良い?こいつも人殺しだろ。」



 もうひとまず退屈が限界なのだろう。今回彼は来ること自体に賛成ではなかったので、苛々するのも当然だ。




「あの時は確かにわたしが負けたけれど、松陽の教え子の貴方と元奈落三羽のわたし、どちらが今は強いかしら。」




 信女はをその独特の色合いの瞳でじっと見つめる。





「やってみる?また絶対にわたしだよ。」




 は帯に挟んだ刀の鐔を親指で押しかけ、軽やかに、鈴を鳴らすように笑う。

 その漆黒の瞳の鋼のような鋭さは、全く変わっていない。恐怖もない。澄み切った、無感動で、鍛え抜かれた刀そのもの。




「…やめておく、わたしも死にたくはない。」




 信女はあっさりと退いた。

 彼女の強さは昔と全く変わっていない。いや、また強くなった気がする。最後に刀をあわせた時、彼女は松陽を斬るために、そこにいた。自分の命も彼の命も奪う覚悟の元に刀を握っていた。でも、今の彼女は自分の守りたいものを守るために、刀を握っている。

 だからこそ、迷いは欠片もない。どこまでも前だけを見て、信女を切り捨てるだろう。




「もう行くよ。」




 神威が重い口を開いて不機嫌そうに言い、の右手を引っ張る。



「うん。ごめんね。でもやっぱり来て良かったよ。信女に会えたしね。」

「勝手だね。」

「うん。」





 は先ほどの暗い表情とは打って変わって明るく笑って、神威に頷いた。








時鳥