「あのねぇ、なんぼ神威が軽いって言っても、わたしより重いから!」
神威に腹にダイブされて起こされるという、最悪な目覚めを体験したは、目尻をつり上げて言う。
「ごめんごめん。退屈だったんだ。」
神威は悪気もなくけろりと言って、手をひらひらさせる。
第七師団の中で、170センチ55キロの神威はそれほど重たい方ではない。だが、155センチ前後、体重は50キロを下回るにとっては、神威にのしかかられれば十分に重たい。しかも勢いまでつけられれば死ねる。
「よぉ、元気かぁ?」
晋助が煙管から口を離して、口角をつり上げる。は彼の顔を見て、「ん?」と漆黒の瞳を何度か瞬き、軽く首を傾げた。
「…晋助?」
「そ、お見舞いに来てくれたヨ」
「ふぅん。お見舞いの品は?」
「ねぇよ。バァカ。」
軽く嘲られて、むかっと来たが、今のにとっては現実の処理の方が重要であったため、表情を変えることなく、ベッドの隣の丸いすに座っている神威を見た。
「ここどこ?」
「鬼兵隊の船だよ。面白そうだから、乗せてもらった。」
「…え、わたしの仕事は。」
肉体労働に出ており、その後怪我をして、神威に促されるまま眠ってしまったため、書類仕事の何も終わっていない。
「決まってるヨ。阿伏兎に押しつけてきた。」
神威はにっこりと笑ってに返す。
「無理だよ。あの馬鹿、何にも出来ないって前も言ったでしょ。誤字脱字、計算間違い、神威や赤鬼たちよりも酷いって、」
なにかと自分の部下である阿伏兎に仕事を押しつける神威だが、から見てみれば読み書きという観点からすれば、まだ神威や自分の部下である赤鬼などの方がましだ。
第七師団は、当然だが宇宙海賊なので馬鹿ばかりで、文字の読み書きが出来る天人の方が少ない。
もちろんほど他の星の言語にまで精通しろとは言わないが、最低限の読み書き算術すらも出来ない。阿伏兎は副団長という立場と神威の押しつけから文字を嫌々覚えた程度のため、から見れば何もかもが酷くて、任せられるレベルではなかった。
「そんなの放って置けば良いんだヨ。本当にって細かいよね。」
「いや、7の段のかけ算間違うレベルは、細かいとか言う前に、寺子屋行った方が良いよ。東なんか、4歳から出来てたよ?」
の息子である東は現在、地球の寄宿舎で勉強しているためいないが、既に4歳の時にはかけ算が言えるようになっていた。ちなみにの戦艦プログラムを寄宿舎に行く前には理解していたから、彼もまた半端ない学力というの聡明さを受け継いでいる。
「そりゃ、毎日呪文のように風呂場で繰り返してれば覚えるだろうけどネ」
神威は肩をすくめた。
は勝手に覚えたように思っているが、東が幼くしてかけ算を覚えていた理由は、かけ算と言うよりは九九を毎日風呂で、神威と一緒に繰り返していたからだ。365日毎日言い続ければ、子供とは言え自然に覚えるものだ。
「じゃあ、誰か阿伏兎と一緒に風呂に入れば良いんじゃない?」
「誰が?」
「…大浴場に九九のCD流すことを検討するよ。」
は真剣な顔で言って、自分の着物の袖を探る。いつもならスマートフォンが入っているはずだったが、そこには何もない。
「神威、」
「置いてきたヨ。いらないだろ。」
神威はにっこりと笑って、に抱きつく。
「必要ないし。俺が持ってるからさ。電源切れてるけど。」
戦い以外の仕事なんて言うのは全く解さない。というか、心底どうでも良いのが神威である。ただもうもつきあいが長いため、神威がこういうふうに言う時は何を言っても無駄だと知っている。部下たちは心配だが、神威に殺されることもないだろう。
というかよく考えればむしろ、神威の方が部下たちにとって危険かも知れない。
「なんか今変なこと考えただろ。」
神威はふにっとの頬を引っ張る。
「気のせいじゃないかな。」
は適当に返して、自分のこめかみに手を当てた。
頭痛はしない、肩の痛みも眠れる程度なのでそれほど酷くはないだろうし、傷もふさがってはいないまでも血は止まったようだ。帯に刀が挟まっていないことに気づいて不安になったが、神威が手に持って放り投げ、遊んでいた。
「っていうか、なんで鬼兵隊の船なの?」
「疲れてそうだったから、鬼兵隊の船の方が良いだろ。今、俺たちの船は捕虜とかでいっぱいでさ。鬼兵隊なら、いざとなったら俺とで皆殺しに出来るよ。」
「言ってくれるじゃねぇか。」
「え、本気だよ。」
晋助に神威は笑って肩をすくめてみせる。
要するに神威としては、捕虜やら後処理でばたばたしている自分の船にいるのが嫌だったのだろう。ただもちろんの体を労ってと言うのも、一面では嘘ではない。ただ恐らくそれだけではないだろうと言うことも、経験から知っている。
「ねえ、シンスケ。船を案内してよ。」
神威は椅子から立ち上がる。
「んな面倒くせぇことしてられるかよ、」
「どうせ暇なんだろ?退屈なんだよ。宇宙って、広いから面白いけど、宇宙船は嫌いだネ」
神威はじっとしているのが基本的に嫌いだ。宇宙船なんて狭い箱に閉じ込められるのは、神威にとって見れば退屈そのものなのだ。その退屈のせいで、何人の団員が殺されたかわからない。
が第七師団の参謀兼会計役になってから、季節ごとのイベントなども宇宙船でするようになったが、それは団員たちの退屈を紛らわせるためでもあった。団員たちが小競り合いを起こすのも、肉体言語しか知らない彼らには、喧嘩以外にすることがないのだ。
「いってらっしゃい。晋助の言うことをよく聞いて、くれぐれも人の船は壊さないでね。」
は苦笑して、神威に手を振る。だがその白い手を神威が掴んだ。
「何言ってんの?も来るに決まってるじゃないか。」
「いや、わたしけが人なんですけど。」
「そうやって起き上がってるってことは、立てるんだろ。行こうよ。」
「わたしは死ぬまで動いてる犬か。」
彼は軽い調子で言って、近くにあった羽織をの肩にかけた。つれて行くというのは既に決定事項らしく、譲る気はないらしい。彼は横暴だが、結局の所、はいつも彼に抵抗するのを諦める。
は仕方なくフード付きの羽織に袖を通した。宇宙空間は存外寒い
「増血剤飲んでるけど貧血気味だから、倒れたら運んでね。」
「わかってるよー。流石に置いていかないって。でもこの間みたいに俺を置いていったら許さないヨ。」
「くどいな。わかったって。」
「くどいっておまえも何回目だよ。懲りなよ。」
神威は低い声で言う。
神威の意に沿わない勝手なことをがしでかすのはこれが初めてではない。というか大抵いつもこんな感じだ。それでも、神威はの細い手を離さない。何度が勝手に無茶をしても、ちゃんと拾いに行く。それはきっと神威に対するも同じだ。
悪態をつきながら、そうしてお互いにお互いを背負い合う強さが、ある。
「さて、行こうヨ。晋助が案内してくれるんだし、迷子にならないだろうしね。」
神威も丸いすから立ち上がる。はベッドの下にある下駄に足袋をはいた足を入れて、立ち上がった。肩は痛むが貧血と言うほど頭がふらふらすることもない。最後に神威が持っていた刀を腰に差して、準備完了だ。
「まぁ、飯くらいは食わせてやらぁ。」
晋助はふーっと入り口の柱を背もたれにして煙をくゆらせていたが、くるりと踵を返す。
「やったーーー、地球のご飯は美味しいよネ」
「晋助、その言葉、絶対に後悔するよ。」
安請け合いをした晋助と単純に喜んでみせる神威を見ながら、は哀れみの目を、昔見た時よりずっと小さな気のする背中に向けた。
「あれ?…晋助って背、縮んだ?」
「失礼にも程があるぞ。一応言っておくがおまえの背も一センチも伸びてねぇよ。」
が幼かったとはいえ、と晋助が離れたのはお互いに子供が出来るような年齢だ。身長なんて変わりはしない。大人びたとしても、背格好まで変わらない。
「そうかな。」
は訝しげに眉を寄せて、少し考える。理由はわからなかったけれど、今のには彼が酷く小さく見えた。
小さな背