「本当に疲れた。」



 は船室から廊下へ出て、窓から宇宙の暗い闇を眺める。一応寄ると言うことになっているため、廊下の明かりはまばらだ。

 鬼兵隊の母艦は、のいつも乗っている第七師団の母艦とは異なる。

 任務に協力してもらってから、の怪我と捕虜の収容の関係で鬼兵隊の母艦に乗ったと神威は、そのまま宇宙海賊・春雨の母艦につくまで滞在することになっていた。第七師団の母艦は先に、次の任務地へと出発している。と神威は春雨の母艦で元老の終月に合う予定だった。



「噛まれた、な。」



 は窓に自分を映しながら、首元の痛みに襟元から手を入れ、そこを確認するように撫でる。引き連れた痛みと、少し凹凸のある感触。手にはざらりと乾いた血がついた。

 戦いのせいか、それともが怪我をしたせいか、神威は興奮していたらしく、食事をした後散々に構い倒し、夜になるとを求めてきた。正直肩の傷が痛むので早く眠りたかったが、神威は一度始めると激しいし長い。

 挙げ句たまにの肌に噛みつくこともあった。血が出るほど噛むことは滅多にないが、それでも首には赤紫色の歯形が残ることもあるし、今日も襦袢にはどうやら血がついてしまっているようで、は眉を寄せた。

 とはいえ、今日は彼も手加減してくれたのだ。もしも彼が本気でを貪る気だったのなら、は明日の昼まで起きられないほどに疲労困憊していただろう。



「まったく、どうしてくれるんだか。」



 は袖を探る。そこから取り出したのは予備の小さなスマートフォンだ。

 神威に携帯電話を壊されたり、とられたりするため、予備はいつも持っているし、データは共有されている。が怪我で眠っている間に鬼兵隊の船に乗せられたため、まだは仕事の処理など指示を部下に出していない。

 来ているメールを確認し、返信していく。そして部下にメールで指示を出してから、それを袖の中にしまった。

 宇宙は案外寒い。暖房は入っているようだが、窓際は冷えていて、寝起きでほてった体には心地良く、は思わず目を細めた。油断すると疲れもあって、このまま眠ってしまいそうだ。




「疲れた…」




 神威はいくつかより年下で、いつもはしっかりしているが、子供のような無邪気さもあるし、若い。セックスも荒々しく、頻繁にしたがるし、それが常人の比ではない。夜兎なのだからなおさらだ。ただ、体力が有り余っているのを自分には向けないで欲しいといつも思う。

 まだ子供を作る気はないので避妊はしてくれているが、いつか失敗するのではないかと本気で心配だ。



「…戻らないと。」



 彼はを傍から離すのを嫌っている。あまり戻ってこないと気づいて迎えに来るだろう。

 彼は人を抱きしめて眠るのが癖で、酷い時は内臓が出そうな勢いで抱きしめられるので、が夜中におこされることはよくあった。神威も無意識下で自覚があるのか、が目を覚ましてごそごそすると腕を緩める。

 ただ、抜け出すと、もってだいたい10分ほどで気づくのでもうそろそろ戻らなくてはならない。自分自身も疲れているので、ここで眠ってしまう前に、戻ろうと思っていると、後ろから声をかけられた。



「夜の散歩とは粋なことをしてるじゃねぇか。」




 ゆっくりと振り向くと、晋助が煙管を持ってを見下ろしている。



「あぁ、晋助も眠れないの?」

「宇宙は好きじゃなくてな。それに気になることがある。」

「ふぅん。相変わらず繊細だね。わたしは神威がいればどこでも寝れる。」




 は寝付きも寝起きも比較的良いほうだ。そう、思っていたけれど、子供を一人で抱えていた時、二時間以上続けて眠ったことはなかった。だが、神威の傍だと安心できるのか、何があろうと目を覚ますことがなく、神威からは殺しても起きないだろうと揶揄されていた。



「そりゃそりゃ結構なこった。俺はこんなに悩んでるってのにな、子供がいるらしいじゃねぇか、誰の子供だ。」



 晋助は少し複雑そうに笑いながら、そう言った。ぼんやりと緑がかった漆黒の瞳を久々に見上げて、は「うん。」と笑った。



「知ってどうするの?」



 いたずらっぽく、軽く笑って言うのは、昔とそれほど変わらない。

 晋助とが最後に会ったのは、もう随分と前のことだ。妊娠すらも知らせず、ひとりで産み、神威とともに育てた。息子も既に父が神威でないことも、理解できる年齢になっているため、そのことについても、同時にと神威の仕事の危険性もきちんと説明してあった。

 今、東は地球で公家やら武家のぼんぼんばかりが通う寄宿舎で、天人と地球人のハーフと言うことになっている。第七師団に戻ってくるのは、長期休みだけ。面談や手続きなどに出向くのは大抵神威だ。

 指名手配されているが生憎地球に行くのは危険すぎるため、吉原が神威の支配下に入るまで、一度も地球に戻ったことがなかった。

 現在はと神威の収入は莫大で、生命保険や財産があるため、彼が一生贅沢して暮らせる程度のお金は貯めてある。神威とに何かあったとしても、東はひとりで生きていける。親としての最低限の義務は、果たしたつもりだ。

 どうせ晋助も、子供に与えられる物は同じ、お金だけだろう。ならば、彼の気持ちの問題だけだ。




「どうもしないが、一応知っておきたいと思うんじゃねぇか?」

「そう?」



 は適当に素っ気なく返した。晋助はその答えに一つ頷いて、紫煙をはき出す。




「そりゃそりゃ苦労しただろうな。」

「そうだね。」





 は大きめの窓から宇宙を眺める。地球では、心安まることなんてなかった。

 自分が指名手配をされていることも、捕まれば女とは言えただではすまないことも理解していた。そうなれば犯罪者の幼い赤子なんて殺されてしまう。それだけたくさんの命を奪ったことも、ちゃんと理解していた。

 自分勝手かも知れない。それでも、子供を守りたかった。



「だから、神威には感謝してるんだ。」



 神威がの手を掴み、宇宙へとつれて行ってくれた。だから、今がある。は心の底から神威に感謝していたし、彼の手を取ったことを後悔していなかった。





今のわたし